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五日間の休養の後、基地からの呼び出しを受けた私達を待っていたのは、……担当のキホではなく、その上司であるアキラ司令。
基地の責任者が直々に話そうとするなんて、今回の依頼は余程に事が大きいのか、それともあまり大っぴらにはできない何かがあるのか。
「さて、楽にして欲しい。前回の君達の働きで、マシンナーズとエイリアンの戦いも今は膠着状態になっている。何時までそれが続くかはわからんが、幾らかの時間は稼げた。正しい判断に感謝する」
アキラ司令が最初に口にしたのは、感謝か、或いは褒めの言葉。
どうやら前回、砲撃をしていた機械兵を排除をしようと、また排除できると判断して動いた事は、……少なくとも彼からは高い評価を得たらしい。
或いは、エイリアンとウッドをぶつけて戦わせた件も、その評価に含まれてるんだろうか。
だがアキラ司令に褒められても、嬉しいよりも怖いという気持ちが先に立つ。
何故なら、彼からの評価を得るという事は、より重要で厄介な依頼を任されるって意味だから。
……いや、まぁ、エイリアンのマザーの捕獲に加わった時点で、既に手遅れになってた気がしなくもないけれども。
「しかし、だ。未だにコミュニティは今回の件に対してどう動くべきかの結論を出せておらず、君達の稼いだ時間を浪費している状態だ。非常に申し訳のない事にね……」
そう言ってアキラ司令は、一つ大きな溜息を吐く。
あぁ、やはりコミュニティに指導層は、未だに意見を戦わせているらしい。
けれどもそりゃあそうだろう。
簡単に結論が出る話じゃないのは、事の大きさからして当然だ。
ただ、それでも判断を下し、コミュニティとしての方針を定めるのが、指導層の役割である。
仮にこのまま指導層が判断を下せなければ、彼等に存在価値はない。
コミュニティを人に例えるならば、指導層が頭で、私達は手足だろう。
頭である指導層からの命令で、手足である私達は動く。
けれども彼らがコミュニティの支配者であるかと言えば、それは否だ。
頭も手足も役割の違いに過ぎず、全てのサイキックはコミュニティに奉仕する者、共同体を維持し、より良くする為に働く者だった。
冒険者がミスをすれば戦いの最中に死ぬように、判断能力を失った指導層は席を失う。
逆に言えば、彼らは優れた判断能力があると認められて今の席に留まっているのだから、遠からずに方針を定める筈だ。
その方針がいかなるものになるのかは、手足である私にはまだわからないけれども。
となると、この呼び出しは、その判断に関わる物になるのだろう。
「私は冒険者を統括する者として、最も厄介な相手はマシンナーズだと考えている。機械兵を生み出し数を揃えるだけでなく、前回の砲撃型のような特殊な機械兵も用意する。更にそれを戦術的に使用する知能がある」
アキラ司令が語るのは、マシンナーズの脅威。
そう、彼はマシンナーズを脅威だと認識するからこそ、その勢力の拡大を防ぎたいと考えている。
或いは、今こそがマシンナーズの勢力を逆に小さくしてしまえるチャンスだとも。
その意見は、一介の冒険者である私から見れば正しく思う。
単純な強さだけで話すなら、エイリアンやウッドも引けを取らないどころか、上回るかもしれない。
しぶとさ、面倒臭さで言うなら、グールが確実に勝る。
だが勢力の拡大を許すのが怖いのは、それは間違いなくマシンナーズだった。
「君達が破壊した砲撃型の機械兵も、いずれはずらりと一面に並べられる程に量産されるかもしれん」
私も危惧したそれを、アキラ司令は口にする。
基地の責任者となる前は、彼自身も冒険者だった。
それも単なる冒険者じゃなくて、危険に身を晒しながらも長く生き残り、多大な成果を挙げた冒険者だ。
ただ強い超能力を持ってるだけじゃ、死線を潜り抜ける事は難しい。
もちろん強さは必須なんだけれど、同じくらいに運と判断力も要求される。
私も、……自分で言うのもなんだが、ベテランと呼ばれる程度には冒険者をしながら生き残っていた。
だから一般のサイキックに比べれば、敵対種族や、コミュニティの外の事に関しては、色々と見えてると思う。
そしてアキラ司令にも同じ物が、いや、それ以上に多くの何かが見えている。
「マシンナーズに対して、確実に勝てる保証がないとの意見もあったが、今勝てなければ未来では余計に勝てないだろう。連中はそう言う相手だ」
あぁ、それは確かにそうだ。
今勝てないなら、未来では余計に勝てない。
これはマシンナーズが機械兵の生産により戦力を増加させるのが得意である事以上に、サイキック側の問題だった。
サイキックは、戦力を増やすのに時間が掛かってしまうから。
マシンナーズが生み出す機械兵は、最初から戦える状態で生産される。
エイリアンは卵から孵ると、急速に成長して、成体になるらしい。
まぁ、流石にエイリアンの成長を見守った事なんてないそれが真実なのかは知らないが、一年もあれば成体になるそうだ。
ウッドは謎が多過ぎてわからないが、グールの成長も早いという。
それらに引き換え、サイキックはまともに戦えるようになるのは、訓練施設を卒業する15歳だった。
いや、無理をすればそれを二年くらいは早められるかもしれないが、恐らく碌な結果にならない。
なので単純に時間を掛けて戦力を増やす争いとなると、サイキックはマシンナーズに勝ち目がないのだ。
「故に私は、コミュニティの指導層にマシンナーズとの戦いを認めさせる。……だがそれには、今少しの時間が必要だ。君達にそれを頼むのは実に申し訳ないのだが、その為の時間を稼いできてもらいたい」
私はアキラ司令の言葉に、内心で安堵の息を吐く。
ここまでの話から、強引に戦いの理由を作って来てくれって言われるんじゃないかと、少し警戒してたから。
サイキックの仕業とわかる形でエイリアンとマシンナーズの戦いに介入すれば、マシンナーズはこちらにも矛を向けるだろう。
そうなればなし崩しで、サイキックとマシンナーズの戦いは始まる。
やむにやまれぬ風を装ってそうする事は、恐らく不可能じゃなかった。
依頼の最中に、やむにやまれぬ状況で戦いの引き金を引いてしまえば、そりゃあ多少は咎められるが、ペナルティは決して重くない。
貴重な戦力にペナルティを課すくらいなら、前線に出して戦わせた方が有意義だと、コミュニティは判断する。
しかし、万一それがわざとだとバレてしまったら?
……その場合は、非常に重いペナルティが課せられるだろう。
指し手を裏切って勝手に動く駒は、信頼して使える戦力にはなり得ないから。
ペナルティは処刑かもしれないし、コミュニティからの追放かもしれない。
この世界でサイキックがコミュニティに所属せずに生きていく事は不可能なので、追放は単なる処刑よりもずっと重くて不名誉なペナルティだ。
方法は自己判断で時間を稼いで来いって依頼も、そりゃあ中々に困難だが、ペナルティを受けるかもしれない工作を命じられるよりは、ずっとマシである。
だが、私の安堵はアキラ司令にはバレたらしく、彼は唇を歪めて、少し笑う。
「指導層の意見にも一理はある。マシンナーズには利用価値がある。連中の拠点の向こう側には、また別の敵対種族が存在していて、それらの防波堤として機能している筈だ」
だがアキラ司令は、私を咎める事はなく、そのまま話を続けた。
あぁ、確かにその可能性は高いというか、ほぼ確実だ。
今回の件は、コミュニティの周辺の、それも北と西側だけの話だが、そこ以外にだって敵対種族の拠点は数多く存在してるだろう。
例えばこのコミュニティの東には、別のサイキックのコミュニティがあって、更に北東にはもう一つコミュニティがある。
そしてそこでも、サイキックは敵対種族と戦っていた。
マシンナーズの拠点の向こう側がどうなっているのか。
それは昔の地図に乗ってる地形くらいしかわからないが、何れかの敵対種族は存在している筈。
少なくともグールだけは絶対に湧いてる。
だからマシンナーズが、比較的だが話の通じる連中が、それらの防波堤になってると言われれば、それは紛れもない事実だ。
「しかしそれでも、我々がこの地の勝者となって生存するには、マシンナーズは排除せねばならない。勝者の席は一つしかなく、共存は不可能なのだから。……勝利の為に、君達の力を貸して欲しい」
そう。
だがマシンナーズは、どこまで行っても敵対種族に過ぎない。
サイキックがこの地で生存する為には、他の敵対種族を全て排除しなければならないのだ。
……アキラ司令が私達を呼び出した理由は、後ろ暗い事をさせる為じゃなくて、本格的に取り込みたいからか。
使い捨てじゃなくて、長く使える信頼できる駒として、私達を懐に入れておきたい。
それ故に、こうして自分の考えを滔々と述べてくれたのだろう。
コミュニティの外に出て、敵対種族と戦って生き残ってきた冒険者なら、共感が得られる筈だと考えて。
まぁ、アキラ司令に取り込まれるかどうかはさておき、時間稼ぎはしてこよう。
決して簡単な依頼じゃないけれど、基地の責任者から直々に頼まれて断れる筈もないし、私とキサラギならば不可能という程じゃない。
その稼いだ時間で、アキラ司令が自分の意見を指導層に認めさせられるかどうか。
結果次第で、コミュニティの状況は大きく動く。




