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熱い湯で満たされた浴槽に、深々と肩まで浸かって、足を伸ばす。
動作的にはちょっと深めに座って足を伸ばしてるだけなのに、不思議なくらいに開放感があった。
コミュニティの外で感じる自由とはまた違う、コミュニティの中でしか得られない感覚だ。
サイキックの中には、湯はぬるめ、少な目で半身が浸かる程度にし、ゆっくりと長い時間風呂に入りながら本を読むのが好きって者もいる。
本は貴重品だけれど、個人で購入した品なら扱い方をとやかくは言われない。
またサイコキネシスが使えるならば、浮かして読めば本を濡らす事もなかった。
もちろん、サイコキネシスが使えようと使えまいと、図書館の本をそういった風に扱うのは論外だが、本自体は複製可能な代物だ。
それが自分にとってより文化的な精神活動になるのであれば、自分で購入した本を損耗する事は、構わないだろうとされている。
尤も私は、風呂は風呂、読書は読書で分けたい方なので、湯に浸かりながら本のページをめくるような真似はしない。
湯はなるべく熱いに肩まで浸かるのが好きで、共用タンクから浴槽に引いた湯を、パイロキネシスで軽く温度を上げてから入ってた。
熱い湯に浸かりながら天井を見上げてると、疲労が身体から溶け出して行くような心地がする。
当然ながらそれは錯覚なんだけれど、張り詰めていた何かは確実に緩む。
安全な場所での休息というのは、外で隠れ潜んで休むのとは全く違う、安らぎがあると、私は思う。
あれから、基地で色々と質問攻めにはあったけれど、その代わりといっては何だが、少しばかり今の状況を教えて貰った。
誰が教えてくれたかって言うと、アキラ司令だ。
つまり、休息が終わった後は再び基地からの依頼が待ってるって意味なんだろうけれども、それは今考えても仕方ない。
アキラ司令は、マシンナーズとは敵対する方向で考えているそうだ。
敵対種族の中でも知性があり、合理的な行動をとるマシンナーズの勢力が拡大すると、非常に深刻な事態を招くとアキラ司令は言う。
但しコミュニティの指導層の中には、マシンナーズとの交易によって出ている利益は決して無視できない物だから、安易な敵対は避けたいとの意見もあるのだとか。
……これは実に難しいところだろう。
利益を求める指導層の考え方を、甘いと切って捨てるのも難しい。
何故なら、マシンナーズがどこまで行っても敵対種族でしかない事は、指導層だって十分に理解しているからだ。
では何故、指導層がマシンナーズとの敵対を躊躇うのか。
それは連中との交易によって利を溜め込んでおけば、それを使って他のサイキックのコミュニティから大規模な応援が見込めると考えているからだろう。
マシンナーズの勢力が拡大しても、他のコミュニティからの応援があれば十分に対抗ができる。
援軍の存在によってマシンナーズがサイキックと争う事を選ばなければ、交易は続けられるし、それどころかマシンナーズが勢力を拡大した事で交易の規模も拡大し、より大きな利がコミュニティに齎されると、そういう考え方なのだ。
或いはそちらの方が、このコミュニティだけを見れば近隣に大きな敵対勢力という脅威を抱えるが、サイキック全体としては、マシンナーズから得た品が流通するという意味で、益があると計算しているのかもしれない。
ちなみに交易によって齎される品は、資源の加工品だ。
資源の加工はサイキックでも行っているが、その質はマシンナーズには及ばない。
例えば、私の所有する双眼鏡は発見した遺物を手入れして使えるようにした物だが、これを今のサイキックが作る事は不可能だった。
しかしマシンナーズなら、恐らくほぼ同等の品を、それも幾つも作れるだろう。
それくらいに、サイキックとマシンナーズの間には技術の差がある。
尤も、サイキックの資源加工は全てが超能力によるものなので、マシンナーズには欠片も理解できないだろうけれども。
そして逆に、サイキック側が対価として渡しているのは、マシンナーズが持ってくるバッテリーとやらに、エレクトロキネシスの使い手が電気を込めた物だった。
当然ながらマシンナーズの目の前で電気を籠めると、エレクトロキネシスの使い手が拉致されてしまうかもしれないので、電気を籠める作業はコミュニティで行われる。
私もエレクトロキネシスが使えるようになったので、それが露見していたら、或いはそちらの作業に回されていた可能性も、少しばかりはあったかもしれない。
流石にベテランにまで育った冒険者を、そう簡単に内側の仕事に就かせはしないと思うけれど、状況次第ではわからなかった。
つまりサイキック側が対価として渡しているのは、形のない、時間さえかければ幾らでも生産のできるエネルギーだ。
相手が敵対種族とはいえ、その利が大きいのは当然だろう。
だからアキラ司令か、マシンナーズとの交戦を避けようとする指導層の一部か、どちらの意見が採用されるかはわからない。
しかし仮にマシンナーズとの交戦を避ける道が選ばれたとしても、サイキックが座したままに動かないって事はない筈だ。
少しでもウッドの力がそがれてる間にその勢力圏を削りに行くか、西の巣のエイリアンのマザーをマシンナーズに渡さぬよう、暗殺、或いは拉致を目論む場合もあり得る。
どちらであっても、私も、それからキサラギも、一緒に駆り出されるだろう。
事態は大きく動いてて、もう簡単には止まらない。
私はサイキックの、コミュニティの一員として、または冒険者として、与えられた依頼をこなす。
一つの駒として動く。
風呂で考え事をしていると茹だってきたので、ざばりと立ち上がって湯から出た。
さて次は、涼みながら本を読もうか。
涼み終わったら、少し昼寝をしてもいい。
いずれ来るその時に備えて、今は少しでも体の疲労を抜いておこう。
それもサイキックの冒険者の役割だ。