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ドォーンという重い音が、一定間隔で鳴り響く。
背の高い廃墟に陣取り、キサラギのESP能力を使って、エイリアンとマシンナーズの戦場を見下ろしているが、その音の発生源は見当たらない。
ただ、音が鳴って少しすると、空から何かが降って来て、地表に大きな穴を開ける。
恐らく、山なりの軌道を描く砲撃を、遠距離から放っているのだろう。
だがその攻撃は、多くのエイリアンを吹き飛ばしてるが、しかし機械兵をも平気で巻き込んでいた。
射程と威力に優れる分、精度に難があるのか。
いやそもそも、どうやってそんなに遠くから、狙いを定めているのだろう?
キサラギのESP能力で捉えれる範囲よりも遠くから攻撃をしてるって事は、彼女よりも優れた目をマシンナーズが持ってるって意味になる。
でも、それは、……あまり考えたくない話だ。
今のキサラギよりも広い範囲を単独で捉えられるサイキックは、コミュニティでも数える程しかいない。
基地から支援を行うESP能力者は、複数人で協力する事によって超遠距離の探査も可能にするが、それも長時間は行えない為、把握する地点の大まかな座標が必要だった。
話が逸れたけれど、もし仮にマシンナーズがキサラギを上回る目を持っていたなら、それはサイキックにとって深刻な脅威だ。
私達だって、まだ戦場には踏み込んでないけれど、既に見付かってしまっているかもしれない。
『サイリさん、音の発生源は、南西におよそ10kmの地点です。目は届きませんが、あんなに大きな音なら、測るのに時間は掛かりましたが、位置の特定くらいはできますから』
すると、それまでジッと黙ってたキサラギが、テレパシーでそう言って来た。
ちょっと憮然と、プライドを傷つけられたと言わんばかりの表情で、軽く私を睨みながら。
……どうやら、私の考えてる事も彼女にはお見通しで、それがプライドを傷付けたらしい。
正直、マシンナーズの勢力を目の当たりにしたキサラギが平静でいられるか、かなり心配していたのだけれど、この様子なら大丈夫か。
もちろん、何も思ってない訳じゃなくて、色々と我慢はしてるんだろう。
ただ、それでも冗談めかした真似ができるなら、今のところは安心できた。
或いは、戦場の規模の大きさに、個人的な恨みが飲まれてるのかもしれないが。
位置の特定ができれば、視覚でそれを捉える事もできるみたいで、私の脳裏に砲撃を行う機械兵の姿が映る。
どうやら山なりの軌道を描く砲撃を行う為の専用の機械兵らしく、並の機械兵よりも随分と大きい。
姿は蜘蛛に似ていて、八本の脚が上下に沈む事で発射の衝撃を吸収していた。
しかし普段、キサラギが共有してくれるような詳細な情報は入って来ないから、それ以上は不明である。
やはり距離があると、幾らキサラギのESP能力でも、得られる情報に限界はあるのだろう。
『それから、どうやら砲撃地点から見てる訳じゃなくて、観測用の機械兵が近くにいて、それが信号を出してるみたいです。ほら、あの、大きな廃墟の壁面に張り付いてるあれです』
そして続いた言葉は、実に喜ばしいものだった。
あぁ、観測手がいたのか。
考えてみれば当たり前だ。
砲を放つのと、攻撃地点を見定めるのが、必ずしも同じであるとは限らない。
実際に、私達だって、攻撃を担当するのは私だが、敵を見付けたり周辺の情報を把握するのはキサラギである。
彼女からの情報を共有されているから、私は正確な攻撃が行えるのだ。
私達の場合は一緒にいて、この砲撃を行う機械兵はバラバラにいるみたいだが、やってる事は変わらなかった。
つまり観測手である機械兵を潰せば、この砲撃は止められるという訳だ。
……止めるべきかどうかは、少し考える余地があるが。
戦場を外から眺めてわかったのは、マシンナーズはかなり力を入れてエイリアンを攻めているって事くらいだ。
エイリアンも奮戦しているが、あの遠距離からの砲撃には対処する術がなく、少しずつ押し込まれてる。
まだエイリアンにも大型や、特殊タイプといった切り札はあるだろうが、場合によってはあの遠距離攻撃だけで勝敗が決するかもしれない。
サイキックが、介入する余地もなく。
前線付近には、マシンナーズは出て来ていないだろう。
もしもマシンナーズが出て来ていたら、あんなに雑に味方を吹き飛ばしたりはしていない筈。
そしてあの砲撃が続く以上、私達も戦場には踏み込めなかった。
キサラギのESP能力で敵の死角を把握し、掻い潜ろうとしても、上から適当に砲撃が降ってくるのでは、生き死には本当に運任せだ。
……なので砲撃は止めた方が良いのだが、観測手を潰すのもリスクは高い。
まず観測手からの信号が途絶えれば、それだけでマシンナーズは異常を察する。
エイリアンに観測手を潰すという知恵が回るかといえば恐らく否なので、マシンナーズは別の何かの介入を警戒するだろう。
機械兵だけの部隊なら、そこまでの判断能力はないかもしれないが、これだけの規模の攻撃で、マシンナーズが一人もいないって事は考えにくいし。
また、観測手を潰して一旦砲撃を止めたとしても、新しい観測手が派遣されたら、再び砲撃は再開される。
つまり無駄にマシンナーズを警戒させただけに終わってしまう。
『キサラギ、基地に状況を報告してくれ。そして砲撃を行う機械兵の偵察と、可能ならその破壊を行う事の許可をくれと、基地に伝えて欲しい』
出発前、基地からの支援担当者であるキホには、『何をどこまで調べるかは冒険者の裁量になる』と伝えられた。
要するに今の段階で調査を打ち切り、マシンナーズの攻撃は本格的で強力な砲撃を行う機械兵、兵器を投入していると言うだけでも問題はない筈だ。
しかし、私とキサラギは、ここに散歩をしに来た訳じゃない。
そりゃあ、キサラギの過去を考えると、この依頼を持ってこられた時は少しばかり腹も立ったが、今回の騒動で少しでも多くの情報が必要だって事くらいは、一人のサイキックとして理解ができる。
仮にマシンナーズを放置してそのままエイリアンが潰された場合の拙さだって、十分にわかるのだ。
戦いによってマシンナーズが傷付けば、一時的にはサイキックが有利になる。
でもエイリアンの巣があった場所に新たな拠点を築き、周辺の機械を回収して新たな機械兵が生み出されれば、その有利はひっくり返ってしまうだろう。
繰り返しになるが、話し合いができる相手であっても、結局のところマシンナーズは敵対種族。
あちらが一方的に有利となれば、こちらを殲滅する事に躊躇いはない。
逆にサイキックが有利となれば、当然ながら同じようにマシンナーズを殲滅するだろうから、そこはお互い様なのだけれども。
だからこそ私は一人のサイキックとして、サイキックが有利になるように動く。
『……あの、サイリさん、いいんですか?』
キサラギが、躊躇いがちに私に問う。
それは、彼女がマシンナーズに対して恨みの感情を抱いてると知って、信頼するのかという確認だった。
恐らく砲撃を行っている機械兵の近くには、マシンナーズもいる筈だ。
或いはマシンナーズがいるからこそ、こんな遠距離からの砲撃が可能なのかもしれない。
今のキサラギは機械兵を前にしても揺るがなかったが、それがマシンナーズだったらどうなるか。
彼女自身も、不安を抱いているのだろう。
『あぁ、信頼してる。私とキサラギなら、多少は危険でも、どうとでもなるさ。大丈夫』
だからこそ私は、大丈夫だと言い切った。
キサラギとチームを組み始めて、そんなに時間が経った訳じゃない。
でもこれまで、こんなに短期間に同じ相手と組んだのは初めてだったし、友人であるシン以外で、ずっと組んでもいい、組もうと思う相手も初めてだ。
そう思えているのに、信頼してない筈がないから。
もちろん、多少は不安に思う気持ちはある。
きっとこれは、どうしたって消せやしない。
私が小心者なのか、それとも誰もがそうなのかはわからないけれど、時々だが最悪の想定はしてしまう。
けれどもそんなの、飲み込んで胃の底にでもしまっておけば、何の問題もなかった。
『わかりました。その信頼に、お応えします。必ずです』
キサラギの言葉に私は頷き、……それから暫く後に、基地から南にいる砲撃を行う機械兵の偵察、及び可能であれば破壊の指示が下る。




