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冒険者が発見した人間性は、その半分を発見者であるサイキックが摂取する権利を有する。
つまり私はこの結晶を手にした事で、普通のサイキックならば10年以上かけて蓄積する量の人間性を、直ちに獲得できるのだ。
そうやって自身をより強化しては、コミュニティの外での活動を続けるのが、冒険者という存在だった。
多くの人間性を得られるという点に着目して、コミュニティでは冒険者に憧れる者も多い。
ただ私は、冒険者が恵まれた立場かといえば、必ずしもそうではないと思う。
共同体の外での活動は、強い超能力は当然ながら必要だけれど、それがあれば十分という訳ではなく、冒険者は、或いは冒険者を目指す者は、他のサイキックが本を読んだり絵を見たりしている時間も、運動や訓練で自身の肉体を鍛えなきゃならない。
また超能力に関しても、単に人間性を得て強化されて終わりじゃなくて、その強化した力に振り回されないように、制御する訓練を必要とする。
自分で、ゆっくりと人間性を獲得した場合には、そんな急激な超能力の強化は起こらないから、制御なんて自然にできるようになるけれど、結晶を摂取した冒険者の成長はとても急激だから。
何より、コミュニティの外には危険も多かった。
エイリアン等の他の種族だけじゃない。
昔、人類と言えば人間の事を示していた頃、彼らは地球上のどこにでも満ち溢れていて、極点だろうが、深海だろうが、その支配下に置いていたというけれど、変異が起こって種族同士の殺し合いが起きた後は、人類と呼べる存在の数は大幅に少なくなっていて、今の世界の殆どは、人類の支配が及ばぬ地域となっている。
その支配が及ばぬ地域には、全く未知の危険も潜んでて、私達に牙を剥く。
実際、冒険者の中にも理由が不明の未帰還者は、決して少なくないそうだ。
『……サイリ、サイリ。冒険者のサイリ、聞こえますか? この声に応えられる状況であるならば、生存、及び状況の報告をお願いします』
不意に、頭の中に声が響く。
EPS能力の一つである念話、テレパシーだ。
『あぁ、こちらサイリ。支援担当者のキホに報告を行う。エイリアン二体、グール四体と戦闘を行ったが、無事生存。消耗品は少し使ったが、探し物の結晶は、小ぶりだが無事に手に入れた』
私は言葉を声に出さず、自らの角の辺りを意識しながら、強く一文ずつ強調して思考する。
PKに関しては自信がある私も、だからこそESP能力は全く持ち合わせていないのだが、それでも念話のコツくらいは知っていた。
こうやってハッキリとした思考をすれば、遠く離れたESP能力者にも伝わり、読み取り易い。
逆にESP能力者に読まれ難くする思考法もあるのだけれど、それはまぁ、今は必要ないだろう。
『素晴らしいです! では早速回収者を派遣しますね。ご一緒に戻られますか?』
テレパシーの相手であるキホから伝わってくる思念には、明確な喜びの色があった。
ただその喜びは、別に自分が担当してる冒険者が無事だったからって訳だけじゃないだろう。
キホは私の支援担当者ではあるけれど、だからといって私だけを支援している訳ではなく、優秀なESP能力者である彼女は、複数の冒険者を担当して支援をしている。
そしてその中には幾人もの未帰還者だっていただろうから、冒険者の生き死にに関してはドライでなければ、支援担当はやってられない。
私は男で、キホが女ではあるからこそ余計に、互いに意図して、距離を縮めるような言動はしないように心がけている。
……まぁ、一人で外での活動を行っていると、どうしても人との会話がしたくて、軽口を叩いてしまう事も、気が緩んでる時は稀にあるのだけれども。
ならばどうしてキホが私の報告に喜んでいるのかといえば、冒険者が確保した人間性の結晶は、2割が支援を行う者達の取り分となるからだ。
振り分けで言うと、半分の五割が発見した冒険者で、二割が支援を行う者達で、残る三割が共同体に納められる。
支援を行う者は複数いて、これから来る回収者もその一人だった。
なのでキホに入る人間性は然程の量ではないんだけれど……、それでも彼女がこれ程に喜ぶだけの価値が人間性にはある。
超能力が強化されるというのは、当然ながら大きなメリットなんだけれど、それ以外にも人間性を摂取すると、……なんというか、そう、満たされるのだ。
足りなかったもの、自らに欠けている何かが埋まって満たされる感覚は、表現し難い多幸感があった。
もし仮に、人間性の摂取が超能力を強化しなかったとしても、あの多幸感が得られるならば、私はやはり冒険者になっただろう。
……まぁ、それはさておき、私は地図を取り出して確認してから、帰還の意思と今の座標をキホに伝え、周囲を警戒しながら暫し待つ。
今頃、後方では伝えた座標を元にESP能力者達が超能力を束ねて周辺情報を収集し、辺りの安全が確保されているかを調べている筈だ。
何しろ、回収者というのは希少な超能力であるテレポーテーションの使い手だから、余程の理由がない限りは危険に晒す訳にはいかない。
例えばの話だが、私が多くの敵に囲まれて隠れ潜み、必死に後方に救助を求めたとしよう。
その場合、回収者を送れば私を救える可能性があったとしても、希少なテレポーテーションの使い手を危険な場所には送れないからと、私は見捨てられる事になる。
もし回収者を危険に晒してでも私を救わねばならない余程の場合があるとすれば、……私が大きな人間性の結晶を手に入れているだとか、どうしてもコミュニティに持ち帰らなければならない何かを所持していた時くらいじゃないだろうか。
それ程に、テレポーテーションの使い手というのはコミュニティにとって貴重な存在なのだ。
ふっと、私の近くに、三人のサイキックが現れる。
三人のうち、二人は即座に動いて周囲を警戒し、残る一人は私に向かって片手を上げて、
「よぅ、サイリ。迎えに来てやったぜ。お手柄だったそうじゃないか。流石は我が友。……無事で何より」
そんな言葉を口にした。
彼の声には、紛れもない、私の無事を喜ぶ感情で満ちている。
私は、ESP能力者のような超常的な感覚は備えてはいないけれど、それでもはっきりとわかる程に。
「あぁ、お前が迎えか。助かるよ、シン。まぁ、今回もなんとかなったな」
私は唇を釣り上げて、迎えの回収者、腐れ縁の友であるシンに向かって笑みを向ける。
希少な能力を鼻に掛けたエリートの迎えが来るよりも、気心の知れた友が来てくれた方が、当たり前だけど嬉しいから。
他の二人は見知らぬ顔だが、シンの護衛なのだろう。
シンはテレポーテーションの他に、PKとESPの両方の超能力を持ち合わせた、まごう事なき天才サイキックだけれども、単純にPKの出力だけを比べれば、それを専門とする私には随分と劣る。
ESP能力に関してもそれは同じで、一般の、結晶から人間性を得ていないサイキックに比べれば強いだろうが、冒険者程の戦う力は持ってはいなかった。
当然ながら、護衛もなしに、見知らぬ場所に送り出される筈もない。
「よし、じゃあ帰るか。戻って報告が終わったら、飯でも食いに行こうぜ。外で活動してたんだし、碌なもの食ってないだろ」
シンは、コミュニティから冒険者に配布される携帯食に対する批判を堂々と口にしながら、私に対して手を差し伸べた。
私は返す言葉を持たなくて、苦笑いを浮かべながら彼の手を取る。
すると二人の護衛も少し慌てたように駆け寄って来て、シンの肩に手を乗せて、……そして辺りの景色は一変した。