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変異人類の冒険者  作者: らる鳥


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 金属製のナイフとフォークを使い、切り分けた肉を口に運ぶ。

 昔の人間は食事の際に色々なマナーがあったと、遺された本からわかってるけれど、実はサイキックの食事にもマナーがある。

 それは食事に超能力を使わない事だ。

 例えば自分の手を使わず、PK能力者ならサイコキネシスでナイフとフォークを操ったり、ESP能力者なら感覚を研ぎ澄ませて味に耽溺したり、それをテレパシーで他者と共有するなんて行為は、行儀が悪いとされていた。


 ただこのマナーに関しては反対意見もあって、なるべく超能力は多用した方がそれを鍛える事に繋がるだとか、食事を深く味わう行為のどこが悪いのだとか、本当に色々といわれてる。

 ちなみに私は、PK能力者なのでそちらしかわからないけれど、超能力を多用して手を使わなければ、特に子供の頃からそうだと手が不器用になるんじゃないだろうか。

 そして手が不器用なサイキックのサイコキネシスは、多くの場合はそんなに緻密に動いてない気がするので、食事には手を使った方が良いと思う。

 尤も、戦い等で手を失ったサイキックの場合は、非常に緻密なサイコキネシスの操作を見せる場合が多々あるので、必ずしもそうだとは言えないのだが。


 もちろん手を失ったり、不自由な場合は、サイコキネシスを使って食事を取る事も行儀が悪いという風にはならない。

 だが、そうしたサイキックが、必ずしもサイコキネシスを扱えるとは限らないのだけれども。


 そう、恐らく食事に超能力を使用する事がマナー違反だとされる理由は、サイキックはそれぞれ扱える力に違いがあるからだ。

 サイキックなら誰もがサイコキネシスを使える訳じゃない。

 実際に目の前のキサラギにはそれが使えないし。

 逆に彼女のESP能力を、私は全く備えていなかった。


 食事にサイコキネシスを使うのが当たり前という風潮ができれば、それを使えぬ者は不自由な思いをするだろう。

 サイコキネシスを使わなければ上手く口に運べない料理だって、登場するかもしれない。

 或いはESP能力者でなければ本当の味がわからない料理だって、現れないとは限らなかった。

 まぁ、本を読む限り、サイキックは新しい何かを生み出す事が、昔の人間と比べると下手みたいだから、特に何も変わらないかもしれないけれど。


 サイキックの社会では、扱える超能力によって生じる差は当たり前に存在する。

 大きなところで言うと、テレポーテーションの使い手であるシンはエリートとして扱われ、危険からは遠ざけられていた。

 またそこまでじゃなくても、PK能力が得意な者と、ESP能力が得意な者では、携わる仕事が全く違う。

 資材を加工する仕事に就きたければ、サイコキネシスとパイロキネシスは必須だ。

 ESP能力者は在庫管理や通信等、情報に携わる仕事がコミュニティの中でも多い。

 だからこそ、食事くらいは超能力による差が生じない方が落ち着くと、その使用は行儀が悪いと窘めたんじゃないかと、私はそんな風に思ってた。


 グラスの水を口に運ぶ。

 このグラスも、サイコキネシスとパイロキネシスで資源を加工して作られたのだろう。

 しかしサイコキネシスの使い手は、別にグラスを使わなくても、水を宙に浮かしておいて、それを口に運んで飲める。

 わざわざグラスを作る必要なんてない。

 あぁ、必要がないは言い過ぎだが、サイコキネシスを使えないサイキックの分だけで十分だ。

 でもその食事風景は、きっと酷く味気ないと思う。


「なぁ、サイリ、また何か考え事してるだろ」

 ごくりと肉を飲み込んだシンが、フォークの先端を私に向けながら、そんな言葉を口にした。

 いや、これは超能力を使ってなくても、もちろんマナー違反である。

 カトラリー、ナイフやフォークやスプーンの類を、人に向けてはいけない。


「いや、一緒に食事に来た相手を放って物思いに耽るのもマナー違反だぞ。さっきから俺とキサラギしか話してないじゃないか」

 だがシンは、まだ私が何も言葉を発してないのに、まるで考えを読み取ったかのように、先にそう言う。

 超能力とかじゃなく、完全に付き合いの長さで、私の思考が読まれてる。

 少しばかり悔しいが、……確かに先程から、二人にばかり話をさせていた。


 けれども私は、元々あまり饒舌な方じゃない。

 私が話さなければ場がもたないと言うならともかく、他が話してくれていれば、聞いてるだけで十分に楽しいと思ってしまう。

 特にシンとキサラギが話してくれると、私の知らない基地の内情が窺えて、非常に面白いから。


 なんというか、話を促されていきなり饒舌になるのも悔しいなぁと思い、私は肉を切って口に運ぶ。

 シンに連れて来られた店で、私は猪のステーキを注文したが、なるほど、これは確かに本当に美味い。

 肉の臭みはあまりないが、猪らしい野趣は感じられる。

 特に脂身は、食べていると何やら力が湧いて来るような、そんな感覚すらあった。


「でもサイリさん、外で活動してる時は、色々とわかり易く教えたり、話してくださいますよ。他のチームの方とも、前に立って話してくれてました」

 するとキサラギが、不意にそんな事を言い出す。

 もしかすると、私への助け舟の心算なんだろうか?

 いや、自身の話題なんて、余計に加わり難いし、何よりも恥ずかしいからちょっとやめて欲しいのだが。


「あぁ、サイリは必要なら喋るんだよ。単に今みたいに、複数で話してると、自分が黙っても大丈夫だろうって面倒臭がって黙るだけで。ただ興味がある事には饒舌になるな」

 しかもシンまで、キサラギの話に乗っかった。

 恐らく、今の私の気持ちを察した上で、揶揄う為にわざとそうしてるのだ。

 本当に、全く。


 付き合いの短いキサラギは仕方ないにしても、シンにやられると腹が立つ。

 だがこの手のやり取りで、私はシンに勝てた事がない。

 訓練施設時代からそうだったのだから、きっとこれからもそうだろう。


 まぁ、私はそれでいいと思ってた。

 確かに揶揄われれば少し腹も立つけれど、それが後に引く事はない。

 シンに悪意がなく、じゃれてきてるだけなのはわかってるから、ずっと友人でいられてる。

 キサラギとは、これから関係を築いていくのだが、同じように気安い仲になれるだろうか。


 私は二人の会話に耳を傾けながら、次もまたこの店に、今度は肉を持ち込みで訪れたいと思いながら、肉の最後の一切れを、口に運んで噛み締めた。


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