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「……ちょっと運が良過ぎたな」
基地の外で、空を見上げて時間を潰しながら、私はそう呟く。
今回は基地の中でシャワーを借りれたから、熱を持った肌に、優しく吹く風が心地好い。
コミュニティの中に吹く風は、外と違って砂埃に汚れていないから。
私とキサラギが持ち帰った結晶に含まれていた人間性は、3072。
以前にも述べたが、この数字は一人のサイキックが通常の生活を送りながら、文化的な精神活動を一年間行った場合に得られる平均的な人間性を10としてる。
つまり300年分以上があの結晶には詰まってた。
そのうち半分が冒険者である私とキサラギの取り分で、更に山分けをしたから、768が今回の私の摂取量だ。
つまり76年だか、77年分の人間性を、私は一気に摂取してる。
流石にこれだけの量を一度に摂取すると、超能力も迂闊に使えない。
今はまだ、摂取した人間性が馴染んでいないだろうが、やがてそれが完全に私のものとなると……、間違いなく超能力は成長するだろう。
人間性が1000を超える結晶は、そう見付かるもんじゃない。
私がこれまで手に入れた結晶は、一番大きくても800に満たないくらいか。
山分けしたとはいえ、これまでになく多くの人間性を摂取したから、どんな影響が自分に出るかわからなかった。
まぁその分、得られた多幸感も凄かったけれど。
もしかすると、まだ気分が高揚したまま落ち着いてないのかもしれない。
いずれにしても、今日、明日くらいは一切超能力は使わず、それから徐々に試していくより他にないだろう。
場合によっては、それから一週間、あるはそれ以上の期間は、コミュニティの中で訓練を行う事も考えるべきだ。
今回の件で、基地より支払われたクレジットは、200万。
しかも私とキサラギ、別々に支払われてる。
こちらも馬鹿げた額だ。
最近の貯金と併せれば、10年くらいは何もしなくても生活ができそうなくらいに。
もちろん贅沢をしなければの話だけれど。
冒険者の引退も選択肢としてチラつきそうな額だが、……まぁ、それはあり得なかった。
確実に強くなってるであろう超能力を早く試したい。
そして自分の超能力が確実に制御できるように訓練をしたら、外でこれまで以上の活動をしたい。
調子に乗れば命を落とすから、舞い上がらずに落ち着く事は必要だが、私は冒険者としての活動が、性に合ってると思うから。
今回の成長で、前回一緒に戦った、四則やヤタガラスのような、精鋭と呼んで差支えのなかったベテランに、少しは肩を並べられるだろうか。
「よぅ、待たせたな」
暫く考えごとをしながら時間を潰していると、基地の中から待ち人達が出てくる。
そう、達、複数だ。
「ちょっとくらくらしますね」
私が待っていたのは、友人であるシンと、外の光に眩しそうに目を細めているキサラギだった。
キサラギも同じく結晶から人間性を摂取したから、今は超能力を使用していないだろう。
だがESP能力者である彼女は、それでも感覚が過敏になってしまっているのかもしれない。
こうして二人を待っていたのは、一緒に食事に行く為だ。
外から戻ったばかりではあるけれど、結晶から人間性を摂取した影響もあって、自宅に帰っても碌に休めやしないだろう。
特に結晶を手に入れる少し前まで、地下室で休憩もしていたし。
なので私達は、基地でシャワーを借りて汚れだけ落としてから、こうして集まり食事に行く事にした。
店は、シンに心当たりがあるらしい。
最近、鹿や猪の肉を焼き、ステーキにして出してくれる店が、冒険区にできたという。
基地に持ち込まれて解体された肉が卸されてる他、その店では自前で肉を持ち込んでも、料理人が焼いてくれるそうだ。
要するに鹿や猪を狩って基地に持ち込んだ際、冒険者は一番良い部分を切り取って持ち帰る権利がある。
その持ち帰る肉を、持ち込めば店が調理してくれるという訳であった。
当然ながら、調理の代金は掛かるけれども。
なるほど。
……つまりシンは、その店を私に紹介する事で、暇があれば鹿や猪を狩ってきてくれと、暗に言ってるのだ。
冒険者ではないシンは、自分では狩りに出られない。
そうしたいと望んでも、希少なテレポーテーションの使い手を安易にコミュニティの外には出せないから。
だからその店で最も美味しい料理を食べたいと思うなら、彼は私に頼る外にないのだろう。
まぁそれくらいは構わない。
運が良ければ日帰りでも、鹿や猪は仕留められる。
キサラギがいれば確実だが、流石に狩り程度に彼女の力を借りるのは大袈裟か。
もちろんキサラギ自身が、肉を食べたいから狩りに行きたいというなら話は別だが。
「楽しみですね!」
そう言って笑う彼女に、私も頷く。
狩りに行くにしても、超能力の成長を把握して、制御を取り戻してからになるから、まだ先の話だ。
今、あれこれ考えても仕方ない。
シンの紹介してくれる店がどれだけ美味しく、私の気持ちを満たしてくれるか。
嘘偽りなく楽しみだった。




