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数時間の休憩後、地上に出た私達は、集合住宅であったのだろう大型の廃墟に登って辺りを見回す。
北の方角では、まだ炎が燃え、戦闘が続いてる気配がする。
だが流石に、もう一度あの場に戻って状況を調べる気にはならない。
これ以上は基地に任せておくべきだろう。
高所に吹く風は強く、外套がバサバサと煽られる。
地上に比べて、風に混じる砂も少なかった。
「心地いいですね」
キサラギが声に出して喋ったので少しびっくりしたけれど、私もそれに異論はなかったので、頷く。
もしかすると地下室に籠ったから、余計に開放感があるのかもしれない。
今も殺し合うエイリアンやウッドからしたら、その火付け役がこんな場所で開放感に浸ってるなんて、業腹どころの話じゃないだろう。
尤も奴らには私達と同じ感情や知性はないし、そもそも火付け役が誰だったかなんて知る由もなかった。
仮に少しは疑った者がいたとしても、あの殺し合いで生きてはいまい。
まるで物語の悪役のようだけれど、……まぁ、その通りだ。
自分でも悪辣な事をしたって実感はある。
だがこれで邪魔者は消えた。
あの時、どうして無理をしてでもエイリアンを排除したかったのか、またキサラギも反対しなかったのか。
恐らくだが、あの時は既に、その予兆を微かながらに感じていたのだろう。
そして今は、もっとハッキリと感じてる。
戦い、死した者達から抜け落ちた人間性が、その一部ではあるけれど、この地に留まって集まり、結晶になろうとしてる予兆を。
サイキックが、或いは他の種族もそうなのかもしれないけれど、人間性の結晶を感じ、惹かれる性質は、ESP能力とはまた違う不思議なものだ。
たとえ目に見えなくても、何故かそこに在るとわかる。
しかし場合によって、強く存在を感じる事もあれば、弱くしか感じなかったり、全く存在に気付かない時と、まちまちだった。
強く感じる場合は、結晶に選ばれたのだなんて風に言う説もあるが、私はそれを疑問に思う。
だって、今回の結晶は、現れる前からわかるくらいに私とキサラギは強く惹かれてるけれど、この地で散ったエイリアンが私達を選びたいと思う筈がない。
何しろ私達は、エイリアンが大量に死に、マザーが囚われる切っ掛けを作ったサイキックである。
ならばどうして結晶の存在を強く感じる時と、逆に全く感じない時があるのかというと、……それはさっぱりわからないのだけれども。
今、エイリアンとウッドは殺し合いの最中で、取って返してこの結晶を狙いに来る可能性は低い。
恐らく、エイリアンはウッドがマザーに起きた異変の原因だと誤認してる筈だ。
マシンナーズなら、杖砲による攻撃や、炎の罠が仕掛けられていた事で、相手がサイキックだと気付くだろうけれど、エイリアンやウッドにそこまで高度な知性はないだろう。
いや、もしかすると彼らには彼らなりの知性があるのかもしれないけれど、私達のように物事を整理して判断する類のものじゃない。
だからエイリアンとウッドの戦いは簡単には終わらないし……、或いはエイリアンが大型を呼び寄せてでも、ウッドの勢力圏に攻め入る事もあり得た。
いずれにしてもエイリアンやウッドが数を減らせば、私達サイキックが動き易くなるし、流れ出た人間性がどこかで結晶になってくれる。
両者がもっと大きく傷付けば、西にあるエイリアンの巣を攻略したり、ウッドの勢力圏を削り取って、大量の木材を得られるかもしれない。
まぁ、その辺りは私が考える事じゃないんだけれど、どう転んでも今回の件はコミュニティの利益になったと思う。
他に人間性の結晶を狙うのは、マシンナーズとグール、それから私達以外のサイキックか。
マシンナーズに関しては、この辺りまでやってくる事は少ない筈だから、そこまで心配する必要はないだろう。
逆にグールはどこにでもいるから、人間性の結晶が出る場所次第では、奴等に奪われる可能性はある。
グールの巣がある閉所に人間性の結晶が出現した場合、流石に危険過ぎて手が出せない。
最後に他のサイキックに関してだが、これも多分、そんなに心配ないと思う。
何故ならエイリアンを誘引する邪魔にならないよう、基地が他の冒険者がこの辺りにやって来るのを止めてくれているから。
誘引の成功を報告したから、その制止はなくなったけれど、余程目端の利く者じゃなければ、そんな渾沌とした状態のこの地に飛び込む事は躊躇う筈。
逆にそんな目端の利くサイキックに人間性の結晶を持っていかれるなら、それはもうしょうがない。
自分達が摂取出来ないのは残念だが、他の種族に奪われるよりは余程にマシだった。
もちろん一番は、私達が人間性の結晶を手に入れる事だけれども。
「サイリさん、あそこです」
キサラギが指で示したのは、地上じゃなくて空。
人間性の結晶は、現れる場所を選ばない。
地表に現れる事もあるけれど、地中に埋まったり水中に沈んだり、こんな風に空中に出現する場合もある。
尤も空中に出現した結晶は、そのまま地に落下するから、地表に現れるのとそんなに変わらないんだけれども。
但し今回は非常に私達に都合が良かった。
出現すれば、目に見える。
つまり多少遠くても、キサラギとの情報共有があれば、私のサイコキネシスが届くのだ。
私はサイコキネシスで人間性の結晶を引き寄せて、悠々とそれを手に納めた。
いや、手に納めたとはいっても、……今回の結晶は手に収まらない程に大きい。
前に私が手に入れた結晶の、四倍、或いは五倍はあるだろうか。
ここ最近は大きな仕事が続いて、色々と報酬を受け取ったが、その全てが霞むくらいに、この結晶の入手は嬉しい。
もちろん命の危険を何度も潜り抜けはしたけれど、結果から言えば、出来過ぎなくらいに恵まれた。
この運を持ってきたのは、恐らくキサラギなんだろう。
私が、同じように彼女にとっての幸運に、なれていればいいのだが。
「キサラギ、周囲を確認したら、基地に連絡を」
そう言葉を掛けると、キサラギの目は潤んでた。
生きて、組んだ相手を死なせず、チームとして大きな成果を得る。
以前の彼女は、チームの仲間を失い、手に入れた結晶を一人で抱えながら、逃げ隠れして迎えを待ち、コミュニティに帰還したという。
その時の事を思い出しているのか。
「はい、わかりました」
キサラギが目尻を拭って、笑みを浮かべて、そう言葉を発する。
故に私は、改めて周囲を警戒した。
折角良い結末で終わりそうなのだから、今はまだ気を抜かない。
何時かは私もキサラギも、力足りず、運足りず、倒れて土になるだろう。
冒険者なんてしてる以上、それは避けられない運命のようなものだ。
アキラ司令のように後方に収まった強者もいるけれど、きっと私にはそれも似合わない。
だからその最悪の時までは、最良を味わい続けてやろうと思う。
そして迎えの回収者は、私の良く知る友人だった。