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障害となるエイリアンをウッドにぶつけて、では宝探しと行きたいところだが、残念ながらそうもいかない。
当たり前の話だけれど、命の危険が濃い状況で能力を使うと、普段よりも消耗が激しくなる。
私は長距離の射撃を繰り返したり、キサラギを連れてエイリアンに包囲されないように誘引を続けた事で、かなりPK能力を酷使した。
またキサラギは、エイリアンとウッドの激しい戦いを目の当たりにして、少し動揺してしまった様子だ。
探索をするにしろ、もう限界だと帰るにしろ、私達にはまず、少しでも休息が必要だろう。
それに、もう少しばかりこの地に留まるべきだと、私の勘は告げていた。
エイリアンとウッドの戦いから少しでも離れようと真っ直ぐに南に向かい、休憩の場所に選んだのはとある廃墟の地下室。
地下室探しにはコツがあって、闇雲に地下への入り口を探すよりも、まずはその廃墟が昔は何の役割を果たしていたかを推察するのが大事だ。
例えば個別の住居で地下室を備えた廃墟は、他よりも大きめである事が多い。
恐らく地下を掘るにはコストがかかり、それをできるのは富裕層だからって理由だと思うんだけれど……、だったらより広い土地を確保すれば良いので、もしかすると他にも理由があるのかもしれない。
他にも、大型の集合住宅だったなら、地下に巨大な地下スペースがあったりして、車という移動の為の機械が多く置かれてる。
この車は、長い時間で殆どが壊れてしまってるし、仮に動いても今の荒れ果てた世界を移動するには不向きだから、私達サイキックにとっては何の価値もない。
ただマシンナーズはこういった機械を求めていて、奴らの勢力圏はこうした壊れた車が殆ど回収されてるから、車が多くあればマシンナーズの手が及ばない場所だというわかり易い目印だ。
また商業施設であっただろう大きな廃墟の下にも、車の置かれた駐車スペース、或いは地上よりも比較的状態を保った店舗が並ぶ地下階、多くの物資が置かれた倉庫などがあった。
しかしこの商業施設系の地下は、出入口が閉ざされていないのに密閉された空間である為、グールが好んで産卵をする。
通常個体のグールであっても狭い空間で出会えば、力が強く、しぶとく、攻撃的な、非常に厄介な敵と化す。
外ならば、それこそ宙に浮いてやれば奴らの手は届かないのだが、商業施設の地下ではそれができる高さがない。
一体や二体なら、サイコキネシスの出力で吹き飛ばしてしまえるが、束になって襲われると些か分が悪かった。
なので大勢でチームを組んで探索するならともかく、少人数での場合は入り口が閉じられている、住居であった廃墟に付随するものを探すのがセオリーだ。
まぁ、本来は探そうとしても中々見付からないものなんだけれど、今はESP能力に長けたサイキックのキサラギがいる。
流石に地下の探知は、地上程には上手くいかないそうだけれど、それでも近くを通れば、地下に空洞があるかどうかくらいは感じられるという。
ならばそこに、長く一人で活動してきた私の冒険者としての経験が加われば……、手頃な地下室の発見は、エイリアンの誘因に比べれば決して難しい事じゃない。
「よし、使えそうだな」
中に悪いガスやらが溜まってない事を確認してから、私は発見した地下室への階段を降りる。
日の届かない地下室の中は真っ暗だけれど、ESP能力者であるキサラギにとっては闇は全く問題にならず、それは情報の共有を受ける私も同じだった。
一人で活動している時は、地下では持ってきたランタンを光源として使うのだけれど……、あぁ、でもキサラギにも能力の使用を最低限にして休んで貰った方が回復の効率は良いから、どのみちランタンは使おうか。
コミュニティを囲む防壁に比べると頼りないが、地下という隔離された空間は、やはり安心感があった。
「……凄かったですね。私、ウッドを実際に見るのは初めてでした。エイリアン相手に、正面から勝てるなんて。あんなに恐ろしい種族なんですね」
キサラギも少し安堵したのか、声に出してそんな事を言う。
あぁ、ウッドを見るのは初めてだったのか。
確かにウッドは、エイリアンやグール、マシンナーズに比べると、自分の勢力圏からあまり外に出て来ないので、出会う事は滅多にない。
当然の知識としてその存在を知ってはいても、実際に目の当たりにすると想像以上に化け物だから、驚くのも無理はなかった。
尤もエイリアンに正面から勝てていたのは、単に相性の問題だ。
種族的な絶対の相性……、みたいなものはないのだが、その種族が得意とする攻撃に対しての、強い弱いは存在している。
具体的に言うと、エイリアンが良く吐き出す酸に対して、ウッドはダメージを受けながらもしぶとく耐えるけれど、機械であるマシンナーズはそれを苦手としていた。
もちろんそれは比較的そうであるって話で、大型エイリアンの吐き出す酸の量なら、ウッドだって普通に死ぬ。
こうした攻撃に対する相性は本当に色々あって、エイリアンは杖砲で殺せるが、ウッドは弾で殺すのが非常に難しい。
ウッドは樹皮に覆われた身体、みたいな風に表現する事が多いけれど、その中身も肉じゃなく、植物に近い何かである。
その為、エイリアンのように急所を撃ち抜けばそれで殺せるという訳じゃないのだ。
逆にパイロキネシスで炎を起こせば、ウッドに大きなダメージを与えられるが、エイリアンはその外皮が火傷に強かった。
まぁウッドと戦うなら炎を使うのが最も手っ取り早いが、その勢力圏内で炎を感知すると、怒り狂ったウッドが次々にやって来る。
他にも胴体を切断したり、大きな力で押し潰せば、流石に殺せはするけれど、それで死ななきゃもう生き物じゃないと私は思う。
「音楽の練習部屋か」
ランタンに火を入れた私は辺りをぐるりと見回して、この地下室がどのように用いられていたのかを判断する。
壁には古く朽ちているが、音を吸収する為の仕掛けが施されていて、ドラムセットという名の楽器が置かれているから、まず間違いはない。
恐らくこの部屋の主は、相当な趣味人だったのだろう。
音楽も本と並んで文化的な物、或いはより精神的な活動を行えるものではあるとされるが、残念ながらサイキックの間では音楽はそれ程には持て囃されない。
何故なら、かつて存在した人間の音楽は、機械を使わなければ殆どが聞く事ができないから。
たとえ無事に音が鳴る楽器を、……そう、そこのドラムセットのように、見付けても、それが正しく音が鳴る状態なのか、私達には判断できず、またその正しい使い方もわからなかった。
ごく僅かな例外は、オルゴールである。
オルゴールは楽器よりもずっと簡単に音を、それも曲となった音を出せるし、サイキックの技術で複製も可能だ。
なのでオルゴールが見付かれば大きなクレジットになるのだけれど……、音楽の練習部屋では楽器や楽譜の類は見付かるが、これらに大した価値は付かなかった。
もちろん、折角の地下室なのだから、それでも一応は漁るけれども。
主な目的は休憩だったのだから、今回はそれでもかまわない。
幸い、最近は大きな仕事が続いて、クレジットには困っていないし。
あぁ、それにしても、かつての部屋の主は、どんな風に、何を考えてここで過ごしたんだろうか。
ここにある物は、今の私達には大して価値が付かない物ばかり。
だが部屋の主にとっては、きっとどれもが宝物だったんだと思う。
私は背嚢から携帯食料を取り出し、キサラギと分けてそれを齧りながら、昔の人間に思いを馳せる。
廃墟を探索して、敵対種族と殺し合って、やがて死ぬだろう今の生活に特に不満はないのだが、昔の人間の生活にはやはり興味があった。
何を考えて繫栄したのか。
喜びに満ちた日々だったのか、それとも空虚だったのか。
どうして滅んでしまったのか。
口に広がる携帯食料の味は、ぼそぼそとして簡素な味で、あまり美味しいものではない。




