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 自分の視界よりも遠くが見えるって、不思議な感覚だ。

 正確には見えてるのではなく、感じてるのかもしれないが、その辺りの違いは曖昧である。

 キサラギから共有される情報に身を委ねれば、対象の位置、辺りの空気の重さ、吹いてる風の強さ、そういった全てが手に取るようにわかった。


 今は明け方前。

 辺りは暗く、湿度が高い。

 ひんやりとする冷たい風が少し吹いてた。 

 つまり敵の視覚は普段より落ちるが、代わりに匂いが場に残り易く、嗅覚での追跡が厄介になるだろう。

 風向きには常に注意を払っておく必要がある。


 杖砲を構えて、狙いを定めた。

 ターゲットは遠く、およそ2キロメートル。

 辺りを捜索してる、エイリアンの群れ。

 数は10体で、斥候タイプが4で、戦士タイプが6。

 捜索隊だからなのだろうか、斥候タイプの比率が少し高い。

 セオリーで言うなら、まずはその斥候タイプを潰して群れの目を奪い、応援を呼べなくするべきだが、今、私が狙いを付けているのは戦士タイプだった。

 あぁ、いや、そもそも10体もの群れに、私とキサラギだけで攻撃を加えようというのが、セオリーからは大きく外れているけれど。


 遠くを狙うなら、弾を押し出す力も強くなきゃならない。

 もちろん杖砲の耐久力もあるからあまり無茶はできないが、私は心のトリガーを引き、普段よりも強い爆発を杖砲内に引き起こす。

 弾はあらかじめ作っておいた筒状のサイコキネシスの力場を通って、正確に、狙い通りのコースを飛ぶ。

 そして遥か遠くのエイリアンの頭部を、パチュっと綺麗に撃ち抜いた。


 斥候タイプよりも頑丈な戦士タイプは、一発の射撃で殺し切るのは少し難しい相手だ。

 サイコキネシスで弾を掴んで体内をグチャグチャにしてやれば、流石に一発で殺せるけれど、これだけの距離があるとそれもちょっと難しい。

 だからそのエイリアンは頭に大きな穴を開けながらも、ギチギチと周囲に警告を発して、弾が飛んで来た方角を仲間に伝える。

 しかし一発で殺せない事がわかってるなら、即座に二発目を撃つだけだ。

 ほぼ同じ、だが本当に僅かだけズレて飛んだ弾は、そのエイリアンの頭に二つ目の穴を開け、今度こそ命を奪う。


 二発で沈んでくれたのは、中々に悪くない。

 エイリアンの活動や生存に必要な中枢神経を、弾が上手く削り取ったのだろう。

 本当に運が良ければ一発で仕留められる事もあるが、場合によっては三発、四発と必要になる場合もある。

 

 周囲のエイリアン達はギチギチと警戒音を鳴らしながらこちらを向く。

 但しこの距離なら、相手が斥候タイプであっても私達を見付ける事はできない。

 三発目の弾が、別の戦士タイプの頭部を撃ち抜いた。

 すると、ビクンと身体を振るわせて、頭を撃ち抜かれたエイリアンが倒れる。

 どうやら今日は、私に幸運が巡って来てるのかもしれない。

 ここで運を使った分の揺り返しが、少しばかり怖いけれども。


 斥候タイプの頭部が二つに裂けて開いた。

 周囲の仲間を呼び集めようというのだろう。

 まだ、私達を見付けた訳ではないけれど、弾が飛んでくる方角に脅威となる敵がいるのは間違いないと判断して。


 とはいえ私とキサラギだって、エイリアンがやって来るのを黙ってこの場で待つ心算はない。

 大急ぎで場所を変えて、また狙いを定めては、集まってきたエイリアンにも弾を撃ち込む。

 姿の見えぬ距離からの射撃に、エイリアンは散開しながら駆け出して、こちらの包囲を狙って動く。

 尤も、そのエイリアンの動きも、キサラギの探知で丸わかりだ。

 私達は包囲を潜り抜け、また別の場所から射撃を行う。



 最初に私達が攻撃を加えたのは、エイリアンの群れから見て、北東側から。

 これを徐々に方角をずらして行って、最終的には北へと誘引する心算だった。

 重要なのは、エイリアンにこちらの姿を見られない事。

 一度見付かって単なる追いかけっこになってしまうと、エイリアンを引っ張り回せはするけれど、ウッドの勢力圏に引き込む為には、私達もそこに足を踏み入れなければならなくなる。

 

 姿を見せずに敵意を煽って、攻撃が来る先に私達がいると思わせて、エイリアンとウッドをぶつけ合う。

 これが私の目的だった。

 正直、私一人だったら命が幾つあっても足りないというか、達成は到底不可能だけれど、今は探知に優れたキサラギがいるから。

 敵よりも優れた目を持つという事がどれ程に大きな意味を持つか、ここ最近、私はずっと思い知らされ続けてる。


 私達を追うエイリアンは数を増やして、もう100は超えているだろう。

 この辺りをうろついていたエイリアンがこれで全てなのかはわからないが、釣れ具合としては上々だ。


 そうしてエイリアンに追われながら、或いは引っ張りながら、私達が辿り着いたのは、ウッドの勢力圏との境界付近。

 これ以上進めば、ウッドに襲われる確率が跳ね上がる、ギリギリの場所。

 視界の先には、濃い緑に完全に飲まれた廃墟や、大きく伸びた木々が見えてる。

 他の場所でも植物は廃墟を侵食してるが、ここまで濃く植物が繁茂した森になるのは、ウッドの勢力圏だからこそだ。

 私は事前に、ここに枯れた植物や、服やカーテン、布団などの朽ちた繊維といった、燃えそうな物を片っ端から集めて山と積み上げていた。

 その山に、背嚢から手持ちの油の瓶を全て取り出して差し込んでから、私は数度の射撃をエイリアンの群れに打ち込む。


 これで、エイリアンの群れはここにやって来るだろう。

 そうしたら私は離れた場所から瓶の油にパイロキネシスを使い、積み上げた繊維や植物や、周囲の廃墟も諸共に燃やす。

 尤もその程度で、100を超えるエイリアンを殺し尽くす事なんて到底不可能だ。

 エイリアンの硬い外皮は火傷にも強い。


 しかし勢力圏の間近で大きな炎が上がったら、炎を嫌うウッドは怒り狂う。

 あぁ、いや、ウッドに怒りなんて感情があるのかはわからないんだけれど、攻撃的になる事は間違いない。

 そして炎を消し止めに来たウッドがエイリアンと出くわせば、後は勝手に殺し合ってくれる筈だった。

 サイキックにとって、エイリアンやウッドが敵対種族であるように、エイリアンとウッドも互いを敵対種族と認識してるから。


 ただこの方法には問題はあって、炎によって高まったウッドの攻撃性は暫く持続し、勢力圏には近付く事すら危険になる。

 もしもコミュニティで木材の採取を行う予定がある場合、それは延期せざるを得なくなるだろう。

 普段は遠距離からサイコキネシスで木を引っこ抜いても、ウッドはわざわざ勢力圏を出てまではそうそう襲ってきたりはしないけれど、攻撃的になっていれば話は別だ。


 本を好むサイキックにとって、木材は重要な資源だから、ウッドを刺激する事に関しては慎重にならざる得ない。

 でも今回は、エイリアンの排除に有効な手段であるとして、基地からの許可が下りた。


『サイリさん、今です』

 エイリアンが、咄嗟にはなれて逃げられない距離に入った事を確認したキサラギが、私にそう告げる。

 私が離れた場所から瓶に向かって意識を集中し、中に炎を生じさせれば、瓶は割れて燃えた油が周囲に飛び散り、あっという間に燃え広がっていく。

 間近で燃え上がった炎に、数匹のエイリアンが飲み込まれた。

 外皮が火傷に強いエイリアンであっても、あそこまで完全に炎に飲まれれば助からない。

 焼かれる苦しみに、炎が燃え移った身体で、もがき、暴れて、より炎を燃え広がらせる。

 

 広がる炎が、怒りを呼ぶ。

 地が裂け、ズルズルとその中から根が飛び出し、炎に包まれたエイリアンを貫く。

 現れるのは樹皮に覆われた人の姿。

 アレがウッドだ。

 樹皮に覆われ、根から栄養と水を吸い、陽光から酸素とエネルギーを生産する樹人。

 そこだけ聞くと、穏やかな生き物であるような印象を受けるけれど、決してそんな事はなかった。

 例えば、ウッドが根から栄養と水を吸う対象は、決して大地だけじゃない。


 エイリアンを攻撃した根には、当然ながら炎が燃え移るけれど、ぶちりと途中で自切され、本体までは届かなかった。

 ウッドの姿を視認したエイリアンはガチガチと歯を鳴らして怒りの警戒音を立て、酸を吐いて攻撃する。

 強烈な酸はウッドの樹皮を焼き、けれども命を奪うまでには至らず、反撃として繰り出された根が、またエイリアンを貫く。

 更に別の場所から、次々にウッドが生えるように姿を現す。

 だがエイリアン側も斥候タイプが頭を広げて、より遠くから仲間を呼び寄せようとしてるから、この戦いは凄惨なものになる。

 ……そうなるように、私は射撃を行う際に斥候タイプを避けて、わざと残してきたのだけれども。


 あぁ、このくらいで十分だ。

 戦いは始まり、もう止まらない。

 ここに長居をしていては、私達まで戦いに巻き込まれる可能性もある。

 火を付けたのは私だけれど、その責任を取る心算は少しもなかった。

 派手に殺し合ってくれてる間に、そっと静かに逃げ出そう。

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