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群れの主であるマザーを運ぶ大型エイリアン、ロイヤルスイートが襲われているとなると、中型のエイリアン達の意識もこちらに向く。
しかしこちらを振り向こうものなら、後ろから兵士や冒険者達の攻撃に貫かれる。
それでも強引に引き返してきた中型は、四則によって速やかに討ち取られいた。
エイリアン側の最大戦力であるロイヤルスイートも、私達が機動力と戦闘力を少しずつ削いでるから、動かぬ箱になるのも遠くない。
状況は完全に、サイキック側の思惑通りに進んでる。
ただ、気を緩めるにはまだ早かった。
それが許されるのは、エイリアンの群れを殲滅し、マザーを捕獲してコミュニティに帰還してからだ。
エイリアンは、決して弱い種族じゃない。
例えば最初からロイヤルスイートが戦闘に参加していれば、南側の廃墟は破壊され、兵士に大きな被害が出て、エイリアンの群れは包囲を突破したかもしれない。
或いはこの場にキサラギがいなかったら、こんな風に戦場を把握する余裕もないだろう。
本来なら大型エイリアンは、ベテランの冒険者チームが複数で掛かっても、命を懸ける事になる難敵だ。
それがこうも上手く戦えてるのは、キサラギの分析を各チームのESP能力者を通して全員が共有し、ロイヤルスイートの動きをいち早く察知して把握しているからである。
もちろん、動きを察知すれば対処できる個人個人の、それからチームのレベルが高いからで、彼らは本当に、精鋭と呼ばれるに相応しい。
正直、私もそれなりには自信を持って冒険者をやって来たが、単純なPK能力の出力や制御はともかく、冒険者としての総合力では、彼らに並べる気はしなかった。
もしかするとキサラギは、このロイヤルスイートとの戦いに参加してるチームから、勧誘を受けるかもしれないなぁと、そう思う。
その時、私も含めて勧誘しようって話になるかもしれないし、ならないかもしれない。
まぁ私には、大勢での行動は間違いなく向いてないんだけれども。
つまり今回の戦いが上手くいってるのは、マザーの安全を最優先としてるロイヤルスイートの動きが鈍かった事も無関係じゃないが、主な理由はサイキック側の情報収集能力が高かったからだ。
情報収集能力に関してはキサラギだけじゃなくて、もっと全体の話である。
今回の件には戦場で戦う兵士や冒険者以外にも、多くのサイキックが動いていて、周辺にも幾つもの部隊が配置されていた。
後方の基地は彼らを経由して周辺情報を集め、マシンナーズやウッド等、状況を揺るがしかねない要素を警戒していて、万一それらの動きが確認されれば速やかに排除に動くだろう。
飛行タイプの確認から、目的の推察、追跡調査に始まり、情報収集と準備を積み重ねてる。
運に助けられたというか、こちら側の運が良く、エイリアン側の運が悪かったって面も、当然あった。
もしもエイリアンの巣分けが、東に向かってではなく別の方角なら、道中での襲撃はもちろん、追って新たな巣の場所を特定する事すら難しかったかも知れない。
しかし東の地が安全だと誤認したエイリアンは、巣分けの方角を東に定め、
『頭部、腹部、スペースなし。胸部にスペースと、その内部に別の鼓動を確認。マザーです。マザーの位置は胸部です』
その結果、護衛の中型エイリアンはほぼ壊滅し、マザーを収納したロイヤルスイートは手足を削がれて、動かぬ箱になり果てた。
後は鍵を壊して、中身を取り出すだけである。
ロイヤルスイートは、無残な姿だ。
熱を奪われ続けた腕は凍り付き、脚は弾でズタズタに内側を引き裂かれた上に、圧し折られ、尻尾も千切れてしまってる。
移動にも戦闘にも使える部位は残ってないのに、それでも動こうともがくのは、エイリアンの本能か、……或いはまさか、胸に仕舞ったマザーに対する忠誠心でもあるのだろうか。
何やら、他のチームの面々が譲る素振りを見せているので、私は杖砲を構えた。
恐らく、キサラギの分析と共有に対する、彼らの敬意と礼なのだとは思うが、それに乗っかるのが私というのが、少しばかり申し訳ない。
とはいえ、動かぬ相手であってもキサラギには仕留めるだけの火力はないし、チームを組んでる私がそれを果たすしかないのだが。
杖砲から飛び出した弾は、ロイヤルスイートの頭部へ飛び込んで、その中をグチャグチャに、執拗に執拗にかき回して、その命を奪い去った。
そしてロイヤルスイートの巨体が骸となれば、サイコキネシスが体内にも作用するようになって、あばらを掴んで強引に、その胸部が引き裂き、開かれる。
開かれた胸部、その中のスペースに居たのは、……恐ろしい異形の化け物ではなく、一人の少女。
いや、でもそれは、サイキックの少女じゃない。
サイキックなら誰にでもある角が、その少女の額にはないから。
だとすればその姿はまるで、昔の、私達が変位する前の、人間のようで、
「マザーを確認。拘束する」
思わず呆然としてしまった私の耳に、四則のリーダーであるアユムの声が、響く。
この少女が、エイリアンのマザー?
サイコキネシスで身体を拘束され、布を被せられて、姿を見えなくされる、少女。
もしかすると、拙いものを見てしまったのかもしれない。
エイリアンのマザーが、私たちサイキックよりも人間に近い姿をしているなんて、それはあってはならない事である。
だってそれは、まるで人間の後継が、エイリアンであるようじゃないか。
いいや、そんな事はない。
エイリアンは異形の化け物で、話の通じない憎い敵だ。
あの姿だって、単に形を真似ただけの物に決まってる。
けれども、そうだとしても、それを目の当たりにすれば、多くのサイキックは動揺するだろう。
ならばこれは、決して広まってはいけない秘密だ。
……知った私達は、どうなる?
一人や二人ならともかく、ここにいてマザーの姿を見たのは、冒険者の中でも精鋭のチームばかり。
そう簡単に切り捨てる事は、流石にないと思うけれども。
秘密を誓わせるくらいは、させられそうである。
そして、どうしてアユムは、マザーの姿に動揺せずに、即座に拘束してその姿を遮ったのか。
用意があまりにも良過ぎないだろうか。
まるで最初から、マザーの姿を知っていたかのようだ。
今回の戦いで、四則はロイヤルスイートにぶつかるよりも、中型のエイリアンが引き返して邪魔をしないように動いてた。
穿った見方をするなら、四則がロイヤルスイートの戦いで被害を受けぬよう、距離を保っていたかのようにも思える。
戦いが終わった後に、マザーを拘束してその姿を周囲から隠すという役割を、確実に果たす為に。
だとすれば、その役割を四則に命じたのであろうアキラ司令は、或いはコミュニティの指導層も、マザーの姿を予め知っていたのだろう。
マザーを連れた四則と私達は、最初に潜んでいた廃墟に戻る。
兵士や他の冒険者は、自力でのコミュニティの帰還となるが、マザーを捕獲した私達は、テレポーテーションの使い手によって回収される予定だから。
『……これから、どうなるんでしょうか』
落としておいた荷物を回収する私に、キサラギがテレパシーで不安を伝えて来るけれど、黙って頷く事しかできない。
大丈夫だとは、言ってやれなかった。
私もこの先どうなるかは、さっぱりわかっていないのだ。
ただいずれにしても、私達はコミュニティに従い、コミュニティの中で生きるより他にないから。
あるがままを受け入れるだろう。




