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隠れ場所を跳び出せば、ロイヤルスイートまでの道は真っ直ぐに開けていた。
すぐに斥候タイプは私達に気付いて警告音を発するが、南北に分かれて戦ってる中型は、兵士と冒険者に引き寄せられていて、すぐには戻って来れやしない。
そして私達とロイヤルスイートの戦いが始まってしまえば、下手に戻ればその戦いに巻き込まれてしまう事になる。
故に斥候タイプの警告音に即座に反応したのは、他ならぬロイヤルスイートのみ。
ロイヤルスイートの大きな顔がこちらを向く。
その顔には、これまた大きな複眼が六つあり、近付く私達の姿を映してる。
『迎撃、来ます。散開してください』
私の脳裏に、いやきっと、他の精鋭チームの脳裏にも、キサラギの声が響く。
その声とほぼ同時にロイヤルスイートは大きく振りかぶって、その腕を真っ直ぐに突き出した。
本来なら、私達とロイヤルスイートの距離は、その腕が届く程に近くない。
幾らロイヤルスイートが巨大だと言っても、その大きさは20メートル程度で、腕の長さはその半分が精々だろう。
しかし私達は、キサラギの言葉に従って、一斉に四方に散る。
すると、突き出されたロイヤルスイートの腕が、ずるりと限界を超えて大きく伸びて、先程まで私達がいた場所の地面を殴った。
いや、それだけじゃなく、地面を殴った衝撃で、腕に空いた幾つかの穴から、強力な酸が噴出して辺りを焼く。
あぁ、そう、これが大型のエイリアンだ。
見た目通りの巨大な質量とパワー、それに加えて、見た目だけじゃ判断できない能力を持ち合わせた、理不尽な強敵。
だがその見た目だけじゃ判断できない能力も、強力なESP能力者であるキサラギが戦場にいれば、
『もう片方の腕、これも伸びます』
何をしてくるかわからない理不尽な強敵が、巨大な質量とパワーが厄介なだけの、普通の強敵に成り下がる。
地面を叩いたロイヤルスイートの腕が引き戻されると同時に、逆の腕が私達に向かって伸びて来るが、これも事前にキサラギが警告してくれていた為、難なく回避する事ができた。
近くに迫ったロイヤルスイートに、真っ先に攻撃を加えたのは、白炎のチーム。
彼らはその名前通りに、炎、つまりはパイロキネシスによる攻撃を得意とした四人のチームだ。
何でも彼らのチーム名は、四人ともが普通の赤やオレンジよりも温度の高い、白い炎を操るって話に由来するらしい。
まぁ、そういう噂を耳にしただけなので、実際に彼らが色の違う炎を扱うのか、単に大袈裟に言われてるだけなのかは知らないが、四人ともが高度なパイロキネシスの使い手である事は間違いないだろう。
尤も今回は、そんな高熱の炎でロイヤルスイートを焼く訳にはいかなかった。
何故なら、私達の目的はロイヤルスイートを撃破じゃなくて、その体内に収納、保護されている、エイリアンのマザーを捕獲する事だから。
うっかり炎でエイリアンのマザーを殺してしまっては話にならない。
故に彼らが行った攻撃は、得意とする炎ではなくて、その真逆に、熱エネルギーを奪う冷却だ。
冷却は殺傷力は炎に大きく劣るけれど、生物は熱を奪われれば体の動きを鈍らせる。
エイリアンは異形の化け物ではあるけれど、機械塗れのマシンナーズや、生ける屍のようなグールと比べれば、間違いなく生物的な種族だった。
あまりに身体が大きいから、一度では熱を奪い切れなかった様子だが、二度、三度と冷却を繰り返せば、やがて動きは鈍るだろう。
ロイヤルスイートが、グンと大きく身体を捻れば、数メートルの太さのある尻尾が、ブンと大きく振り回される。
辺りを薙ぎ払う巨大な質量攻撃は、とてもじゃないが受け止めきれる威力じゃない。
けれども受け止められなけば、逸らせばいいのだ。
ヤタガラスの三人が、ロイヤルスイートの一点に集中して重ね合わせたサイコキネシスを放てば、体勢を崩された本体に引っ張られて、私達を大雑把に狙って振り回された尻尾もそれて空を切った。
三人といえば、ミツバもヤタガラスと同じく三人のチームだが、こちらは全員が女性のサイキックで構成されたチームである。
彼女達はサイキックには珍しく刃物を使った近接戦闘を得意とするそうだが、正直なところ、大型エイリアンであるロイヤルスイートとの相性はよくない。
20m近い巨体を幾ら刃物で切り付けても、負わせられるのは掠り傷が精々だ。
なのでミツバの三人も無理に攻撃を繰り出すのではなく、ロイヤルスイートに肉薄して注意を惹き付けながらも、回避に専念していた。
いや、でも何というか、彼女達には恐怖心がないんだろうか?
遠距離攻撃の手段が豊富なサイキックでありながら、敢えて近接戦闘を選んでるところもそうだけれど、攻撃が掠めただけで挽肉にされてしまう巨大な質量相手に肉薄するなんて、度胸があるって言葉じゃとても足りない程の、蛮勇だ。
『脚、腕、尻尾、全てに内部にマザーを収納できる空間はありません』
ロイヤルスイートの動きから、肉体の内部構造を分析したキサラギが、テレパシーでそう伝えて来る。
まぁ、そりゃあそうだろう。
そこにマザーを収納していたら、腕を伸ばして攻撃したり、尻尾をあんなに振り回す事はしない筈だ。
だが分析によってそれに確証がもてたのは非常にありがたい。
なら、私も少し働くか。
私は、キサラギを背負う為に多くの荷物は置いてきたが、これだけは手にしていた杖砲を構えて、弾を放つ。
狙いは適当で構わない。
相手は馬鹿でかい大型エイリアンだから、適当に狙っても外す方が難しいし。
この攻撃で大切なのは、放った弾に私の意思を繋ぐ事だ。
キサラギが、私に対して力の通り道、パスを繋いでいるように、そこまで大袈裟なものではないけれど、放った弾に私の力を繋いでおく。
そして弾が大雑把な狙い通りにロイヤルスイートの脚に吸い込まれたら、サイコキネシスで弾の動きを制御して、押して旋回させて、また押して、脚の内部をグチャグチャにかき混ぜて、肉を引き裂き破壊する。
ぐらりと、ロイヤルスイートの巨体が傾き、片方の膝が地に突いた。
ズンと、大きな音と振動が響く。
脚に大きな傷を負わせておけば、逃がす可能性はより低くなる。
後はゆっくり、手足を、それからついでに尻尾も、削いでしまえばいい。
動かぬ箱にしてしまえば、蓋を開けて中身を取り出す事も簡単になるから。
四則の一人が宙に炎を放ち、こちらに引き返してきていた飛行タイプのエイリアンを撃破する。
何だか私は、その燃えて地に落ちる飛行タイプに、見覚えがある気がした。
……エイリアンに知能があるのかないのか、私は知らない。
ないとされているけれど、知能があるとしか思えない行動をとる事も、ままある。
だがいずれにしても、燃えていく飛行タイプが、この辺りの下見をしていた個体だとして、だったら何も知らぬままに命が尽きていれば、良いなと思う。
サイキックにとってエイリアンは憎むべき敵で、殺す事に一切の躊躇いはないが、それでも無駄に苦しめたいと思ってる訳じゃない。
自分のミスが群れを、仕えるべき主を窮地に陥らせたのだと知れば、そりゃあとてもじゃないが、死んでも死にきれないだろう。
少なくとも私なら、強い後悔に塗れながら死んでいく事になる。
エイリアンは、サイキックが生き残る為に戦わねばならない敵だけど、いいや、だからこそ無駄な嗜虐に悦びなんて感じたくない。
何も知らず、何も感じず、ただ虫のように死んでいけ。
私は燃えながら地に落ちたエイリアンに、そう願う。