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「エイリアンの巣分けが始まりました」
その日、基地に呼び出されてブリーフィングルームに通された私に、支援担当者であるキホがそう告げた。
こんなに早く始まったのかと私は少しばかり驚いたが、隣に座ったキサラギは全く驚いた様子がないので、彼女は既に知っていたのだろう。
キサラギは普段は基地で働いているから、その手の情報を事前に得ていても特に不思議はない。
「現在、大型エイリアンが300程の中型を従えて、東に向かって移動しています。この大型エイリアンは、ロイヤルスイートと呼称する事が決まりました」
……また随分と妙な名前だ。
ロイヤルスイートとは、確か昔の人間の宿泊施設で、高級な部屋に使われる言葉だった筈。
もちろん今ではそんな高級な部屋も朽ちた廃墟になっていて、他と見分けは付かないだろうけれど……。
あぁ、でも、そういう意味か。
巣分けが始まったって話から、大型エイリアンの名前がロイヤルスイート。
では一体、誰にとってのロイヤルスイートなのかといえば、それはエイリアンのマザーだろう。
つまりその大型エイリアンの体内に、新たな巣の要であるマザーがいるのか。
付き従う中型は、大型エイリアンに付き従ってる訳じゃなく、マザーに付き従い、これを守る兵士だった。
恐らくその中には、あの時の飛行タイプも含まれる。
しかし……、飛行タイプを含む300の中型エイリアンか。
普通に考えると恐ろしい数なんだけれど、マザーを守る数として見るならば、非常に少ない。
本来なら、エイリアンの巣は何千何万といった数に守られているのだから。
たった300体の中型と、大型を一体殺すだけで、エイリアンのマザーに手が届く。
こんなチャンスはそうそうないだろう。
「コミュニティは、ロイヤルスイートが元の巣から十分に離れ、増援の可能性がなくなった段階で、兵士と冒険者の混成部隊を送り、マザーを捕獲する事を決定しました。これはエイリアンの生態を解き明かす絶好の好機です」
好機を強調するキホに、私は頷く。
彼女も中々に大変だ。
冒険者が納得しやすいように、言葉を吐かなきゃならないんだから。
新たな巣を築き始める前に攻撃をする判断は、理に適ってる。
巣に入ればマザーはすぐに卵を産み始めるだろうから、エイリアンに時間を与えるべきじゃない。
また巣という拠点に籠った軍よりも、移動中の軍の方が当然ながら潰し易かった。
なのでそこはいいんだけれど、問題となりそうな点が他に二つある。
一つは、エイリアンと戦うのは兵士と冒険者の混成部隊だというところ。
別にそれが悪いって訳じゃないんだが、兵士と冒険者は戦い方が違う。
兵士は部隊ごとに連携して戦うが、冒険者は部隊よりも数の小さなチームで戦うか、場合によっては少し前までの私のように、チームですらなく単独だ。
要するに兵士は集の力で、冒険者は個の力で戦う存在だって考えると、わかり易いだろうか。
戦い方の違う二つと下手に混ぜると、どちらも強みを発揮できなくなる恐れがあった。
流石に、兵士と冒険者を完全に混ぜて運用はしないと思うけれど、……指揮を執るのは一体誰になるんだろう?
もう一つは、やはりマザーを始末じゃなくて、捕獲するってところだ。
サイキックとエイリアンはずっと敵対してきた種族で、コミュニティの外に出て実際に対峙する冒険者じゃなくても、一般のサイキックだって、エイリアンは危険な敵だって本能に刷り込まれたように知っている。
そのエイリアンを多く生み出す存在であるマザーを捕獲……、そして生かして捕獲する以上は、どこかで飼ってその生態を調べるんだろうけれど、果たしてそれが安全なのかって不安は、あって当然だった。
理性では、マザーを捕獲して調べる価値が非常に大きい事は、私でもわかる。
たとえ何らかの失敗でマザーが多くのエイリアンを生み出し、このコミュニティが壊滅したとしても、それまでに得られた情報を他のコミュニティと共有できていたならば、サイキック全体としては、メリットが勝つ。
それくらいに大きな意味があるというのは、そう、わかってはいるのだけれども。
感情的にはどうしても不安を覚えてしまう。
だからこそ、その不安を少しでも払拭する為に、キホはこれが類まれなチャンスであるって、殊更に強調して喋ってた。
キホだって、いや、冒険者よりも戦う力に乏しい支援担当者である彼女の方が、内側にマザーだなんて化け物を抱える事への不安は、きっと大きいだろうに。
ただそれはもうコミュニティが決定し、冒険者を束ねるアキラ司令や、軍の責任者も受け入れた話なのだから、私やキサラギ、それからキホが幾ら不安に思ったところで、覆ろう筈はない。
判断して決定して、それに伴う責任を取るのは、上層部の役割である。
私達のような末端は、ただ割り振られた役割をこなすのみだ。
駒が悩み考え、不安に思う必要はない。
そしてその駒である私達に割り振られる役割とは、
「中型のエイリアンは兵士の部隊と冒険者の部隊が、それぞれ南北から挟撃して殲滅します。そして大型を、複数の精鋭の冒険者チームが撃破し、中のマザーを捕らえます。冒険者サイリ、及びキサラギは、この大型撃破に参加してください」
大型のエイリアンを撃破し、マザーを捕獲するという、一番危険で、しかし功績の大きなところだった。
なんというか、まぁ、実に大袈裟な扱いだ。
私は確かにベテランの一人ではあったけれど、精鋭なんて風に呼ばれる冒険者ではなかったのに。
でも大型エイリアンを撃破するチームに入れられたのは、私というよりもキサラギの力が大きいように思う。
大型エイリアンと戦うならば、優れたESP能力者であるキサラギの間近からの分析、情報共有はそりゃあ欲しくて当然だ。
私のようにパスを繋がなくても、ESP能力を持った冒険者とならば、近くにいれば情報の共有は容易い。
ならば私の役割は、キサラギの安全を確保し、彼女が大型エイリアンを分析できる環境を整える事か。
ちらりと傍らを見れば、キサラギは判断を待つように、私を見てる。
私は大きく息を吐いてから、一つ頷く。
断る心算は、当然なかった。
今回の件には、余程の事がない限り、進んで関わると決めている。
それに謎の多いエイリアンのマザーが、一体どれ程に異形の化け物なのか、一目くらいは確認しておくのも悪くはない。
きっとそんな機会は、もう二度とないだろうし。