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 杖砲を構え、ジッと狙いを付ける。

 キサラギがいれば撃つのに最適な角度も一目でわかるし、ずっと遠くに弾を届かせられるだろうけれど、一人の今は視界内が限界射程だ。


 もちろん、本来はそれが当たり前なのだけれど。

 前回は彼女にずっと情報を共有して貰って、随分と楽をしてしまったから。

 自分で狙いを定める事の情報の少なさに、どうしても不満を覚えてしまう。

 実に悪い傾向だった。


 心の中で引き金を引いて、杖砲内で爆発を起こし、その圧力で弾を発射する。

 回転しながら真っ直ぐに飛んだ弾は、40メートル程先で草を食んでいた、大鹿のつぶらな瞳に飛び込んだ。

 目から体内に入り込んだ弾が、肉を引き裂いて脳へと達し、大鹿の命を奪う。

 頭を貫通してしまうと、折角毛皮に傷が残らないようにと、目を狙った意味がなくなるので、脳に達した弾はサイコキネシスで掴んで止めた。

 生き物の体内にサイコキネシスを直接作用させるのはかなり難しいが、撃ち込んだ異物ならば話は別だ。

 今みたいに掴んで止める芸もできるし、逆に押したり進路をグネグネと曲げたりして、対象の体内をズタズタに引き裂く真似だって可能である。


 杖砲は、相手にもよるが、かなり殺傷能力の高い武器なのだ。

 尤もこの大鹿みたいな普通の動物は、そこまでせずとも殆どは仕留められるし、むしろ体内をズタズタにすると肉も駄目になってしまう。


 今の世界では、こうした普通の動物も、人間が遺した本から知れる姿とは、些か異なってしまっている。

 例えば、今仕留めた大鹿は、体長が三メートルを超えていた。

 本によると、そうした大型の鹿はもっと北の方に生息してて、この辺りの鹿は人と然程変わらぬ大きさの生き物だったと写真まで載って記されてたが、今の世界で見かける鹿は、子供以外は皆大きい。

 まぁ大きい方が、皮も肉も多く手に入るのだから、別にそこに不満はないというか、私達にとって鹿は大きくて当たり前の生き物だ。

 他にも、犬やら猫やら猪やら熊やら、色んな動物が、本に描かれた姿よりも大きな姿で辺りを闊歩したり、時折だが襲ってもくる。


 私はパンと両手を打ち鳴らし、サイコキネシスで仕留めた鹿の体表を、強く強くひと撫でした。

 すると鹿の体表に巣食ってた虫が、ごっそりと取れて塊になる。 

 なんともゾッとする光景だが、それに脅える程に初心でもないので、そのまま虫の塊はサイコキネシスで遠くに運ぶ。

 だがまだ安心できないので、それを何度か繰り返す。


 そうして虫を払ってから、大きな鹿をやはりサイコキネシスを使って持ち上げて、自分の間近に引き寄せる。

 仕留めたばかりの鹿だから、まだ体温も消えてない。

 背嚢からナイフを取り出して、その刃を鹿の首に滑らせた。

 血管を切られて、ダクダクと血が流れ落ちる。

 鹿を宙に吊り下げたまま、サイコキネシスで動きを止めた心臓を握り、緩め、また握り、体内の血を外に吐き出させていく。


 生き物の体内にサイコキネシスを直接作用させるのは難しいと言ったが、命を失った鹿の肉体は既に物だ。

 動かないし、抵抗もないから。

 血を粗方出し切れば、次は鹿の身体に手を当てて、熱エネルギーを奪う。


 熱エネルギーのコントロールは、私はどちらかといえばそれを注いで高熱を発したり、発火させたりする事の方が多い。

 でもそうやって熱エネルギーを注ぐのと同じように、奪う方もちゃんとできる。

 どちらが得意かって問われたら、やっぱり注ぐ方なんだけれど、こうやって鹿の肉を冷やすくらいは容易い事だ。



 こんな風に、獲物を狩ってその処理をするなんて真似は、当たり前だけれどかなり目立つ。

 それでも私がこうも堂々と、姿も隠さずにいるのは、ここがコミュニティの外ではあるけれど、安全なグリーンエリアだから。


 コミュニティの北側は、エイリアンの巣分けが予測される為、その調査を依頼された冒険者以外は、立ち入り禁止になっていた。

 エイリアンを刺激せず、少しでも早く、確実に巣分けが行われるようにと。

 まぁ私も、そのうちキサラギと一緒にその調査に加わるかもしれないが、今は北には立ち入れない。


 ならどこへ行こうかってなるんだけれど、西はどこかにマシンナーズの拠点があるって言われてて、連中とぶつかる可能性が高い地域だ。

 先日、キサラギの話を聞いたばかりで、マシンナーズとは関わりたくない。

 南は……、南にもエイリアンが出たりするし、恐らくどこかに巣があるんだろうけれど、北に比べると危険度は下がる。

 グールをよく見かける気もするが、グールは数の力が強い種族だから、どこにでも出るし。

 他には、あまり普通じゃない動物も多い。


 最後に東は、サイキックの別のコミュニティがあった。

 そのコミュニティと私が属するコミュニティの間には、昔に人間が敷いた鉄道の跡を利用した、交易路が築かれている。

 定期的に兵士が行き来して見回りし、何らかの脅威があれば速やかにこれを排除しているので、交易路の周辺は基本的にグリーンエリアで、ごく一部にイエローエリアが残る感じだ。

 つまり東は、比較的気楽に、取り敢えずといった感じで出向ける場所だった。


 軽く自分の調整をするなら、自然と足は東に向く。

 獣相手に隠れ潜み、狩りをすれば、キサラギの支援に慣れてしまった感覚も、多少は元に戻るだろうから。


 鹿、猪辺りの肉は、コミュニティでも需要が高い。

 鶏や牛といった家畜はコミュニティ内で飼育されているが、それは卵やミルクを得る為であり、潰して肉にという事は中々しないから、一般のサイキックが肉を口にする機会は限られているし。

 だからこうして冒険者が狩る獣の肉は、コミュニティにとって貴重だった。


 但し基地としては冒険者に狩りばかりさせる訳にも行かないからと、基地での肉や皮の買取価格は、流通価格に比べると酷く安くなっている。

 この鹿なら、2000クレジットくらいだろうか。

 いや、皮を傷付けなかったから、2500近くはいくかもしれない。

 当然ながら基地以外への横流しだって、禁じられていた。

 需要があるので買い取りはするが、冒険者にそればかりで生活をされても困るというのが、基地の狩りに対するスタンスだ。

 冒険者が追い掛けるのは獣の尻ではなく、遺物や人間性の結晶であるべきだから。


 しかし流石に安すぎると苦情が出るのか、肉を持ち帰った冒険者には、少しばかりの特典もあった。

 一頭分、肉を持ち帰った冒険者には、一番良いところを一定量、切り取って持って帰っても良いとの特典が。

 その特典があるからこそ、私も時々だが、狩りをしてる。

 もしもこの特典がなかったなら、自分の調整って意味があっても、わざわざ獣を狩ろうだなんて思わない。


 冷やした鹿肉をサイコキネシスで担いだまま、大きく跳んでその場を移動する。

 鹿肉はキサラギよりもずっと重いが、私が運べる限界重量にはまだ遠い。

 このまま基地に戻っても良いけれど、後一頭、できれば猪を狩りたかった。

 何となくだが、今夜は久しぶりに猪の肉を食べたいから。


 だが流石に、外で夜を過ごす事になってでも、って程の熱意はないから、後もう少し探して次の獲物が見付からないなら、鹿だけを担いで帰るけれども。

 要するに、今日の私は、自由な気分だ。

 支援担当者への定期的な生存報告こそ必要ではあるが、それ以外は本当に好き勝手に過ごしてる。

 外でこういう時間を持つ事は、サイキックのコミュニティの中でも、単独で活動する冒険者だけに許された特権だった。


 サイキックは基本的に全体主義で、当然ながら私も例外じゃない。

 何故なら、今の世界では、個人の権利を重視してる余裕がないから。

 個人個人が好き勝手に生きようとすれば、他の種族に滅ぼされてしまうだけだと、老若男女の全てが理解をしていた。

 ただこうしてコミュニティの外で自由気儘に過ごしていると、全てを窮屈に感じてしまう事が、そう、時々ある。

 昔の人間の真似をして、文化的な精神活動を行っていると思っていても、自由だった彼らの精神には全く迫れていないんじゃないだろうか、なんて風にも。


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