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翌朝、といっても既に日は高く昇っているけれど、私は朝食後にブリーフィングルームに呼び出しを受ける。
ちなみに朝食のメニューは、蒸かした芋に野菜のスティック、オムレツとスープで、中々に悪くない。
少なくとも自宅に帰っていたら、わざわざこんなに色々と用意したりは、私はしないし。
仮眠室の寝心地も良かったから、これなら基地待機も悪くはないな、なんて風に思えてしまう。
私がブリーフィングルームに入ると、既にキホとキサラギが居た。
二人は親しい雰囲気で談笑していた様子だったので、やはりキサラギは基地で働いているんじゃないかとの考えが強まる。
キホは同性であっても、単なる冒険者にはそこまで肩入れしないと思うし。
だとしたら、今のキサラギは、冒険者としてこの場に居るのか、それとも基地の職員としてこの場に居るのか、一体どっちになるんだろうか?
勧められた席に着いて暫くすると、もう一人、大柄な中年の男性がブリーフィングルームに入ってくる。
あぁ、その顔は、私も知っていた。
元は多大な成果を出した冒険者で、引退してから暫くして、基地の責任者になった、アキラ司令だ。
現役時代は、単独で大型のエイリアンを打倒した事もあるらしい。
恐らく引退した今でも、冒険区で、或いはこのコミュニティで最も強いサイキックは彼だろう。
突然出てきた大物に少しびっくりしたけれど、……別に私は基地と敵対してる訳じゃなく、むしろ協力してる側だから、そこの責任者を怖がる理由はどこにもない。
アキラ司令が席に着いたのを確認したキホが、一つ頷き口を開いた。
「おはようございます。基地待機への協力、ありがとうございました。よくお休みになれたでしょうか。次の依頼の話をする前に、昨日の協力に対する報酬をお渡ししたいと思います。構いませんか?」
そしてキホの口から真っ先に飛び出したのは、礼の言葉と報酬の話。
あぁ、それは実にありがたい気遣いだ。
今回の件はとてもイレギュラーだったから、どんな風に報酬が得られるのかが、いまいちよくわかっていなかった。
そのまま次の依頼の話をされていたら、何時までその依頼に拘束されて、どの程度の報酬が得られるのかもわからないまま、不安と共に外に行かなければならなかったかもしれない。
兵士ならば定まった報酬が支払われるから、そんな心配を抱いたりはしないのかもしれないが、私は冒険者だ。
外で一回活動するごとに遺物を売り払ったりして清算し、成否がどうだったかを自分の中で判断してる。
それをせずに次に行かされるのは大きな違和感があって、その違和感はやがて不満に変わった筈。
「冒険者のサイリ、飛行タイプエイリアンの発見、及びその後の監視に対する報酬として10万クレジットを。キサラギ、飛行タイプのエイリアンの監視に対する報酬として5万クレジットを、それぞれお支払いします」
キホが口にした報酬の額は、かなり大きな物だった。
人間性の結晶を確保した訳でもないのに、10万か。
たった一日での稼ぎとしては、破格にも程がある。
発見だけで5万が支払われる辺り、基地も飛行タイプのエイリアンに関しては、非常に重く見ているのだろう。
つまり前回の外での活動は、全く想定外ではあったものの、大成功だったという訳だ。
巣分けの前兆なんて、少しも喜べる事態ではないんだけれど、それはそれとして、冒険者としての活動は、ちゃんと自己評価をすべきだから。
「そして両名に、引き続きの依頼を行います。昨日は東へと移動していた飛行タイプのエイリアンは、本日は西に引き返しており、巣分け前の巣に戻っているのだと推測されます」
キホの言葉に、私は頷く。
どうやらエイリアンの巣に対する私の考えは、中々にぴたりと当たっていたらしくて、少し気分が良い。
尤もそれを事前に語っていた訳じゃないから、誰にも自慢はできないんだけれども。
「コミュニティの決定は、エイリアンの巣分けを成功させた上で、新しい巣を殲滅。脅威を確実に排除して、エイリアンの生態を解き明かそうというものです」
……生態を解き明かすとは、ちょっと思ってたよりも随分と大きな目標が飛び出した。
殲滅して脅威を排除するのはわかるんだけれど、もしかして、コミュニティはエイリアンのマザーを捕獲でもしようとしてるんだろうか?
成功すれば確かにエイリアンに対する理解は進むが、伴うリスクもかなり大きい筈だ。
ただ、巣分けされたばかりの巣を発見できる機会なんてそうはないだろうから、もしかするとリスクを冒す価値はあるのかもしれない。
まぁその辺りは、単なる冒険者である私が考えても仕方のない事である。
リスクとリターンを天秤にかけたり、実現が可能か不可能かを判断するのは、例えば目の前の、アキラ司令の仕事だろう。
「その為、基地は冒険者を3チーム派遣し、飛行タイプをエイリアンの勢力圏まで、追跡、監視、護衛する事を決めました。その1チームを、サイリ、キサラギの両名に担当していただきたいのです」
私は、提示された目の前の依頼に集中すれば良い。
尤もその依頼も、中々に困難そうではあったけれども。
昨日との違いは、飛行タイプのエイリアンが向かっているのが、巣分け前の大きな巣である可能性が高いってところだ。
要するにエイリアンの密度が濃い地域に足を踏み入れるって話である。
依頼の性質上、飛行タイプは当然としても、その他のエイリアンとも可能な限り交戦は避けなければならない。
うろつくエイリアンが多くなれば、そこはもう奴らの勢力圏って事だから、そこで引き返せばいいんだけれど、どの程度まで踏み込むかの塩梅は、実に難しかった。
私一人なら、或いは私とキサラギだけでも、ある程度のところまで行けば、余裕があるうちに引き返そうとするのだが、今回は他にも2チームいる。
どこまで踏み込めば十分かとの認識を、彼らとの間で共有できるかどうかだ。
また仮に、その2チームの中にエイリアンに対して恨みを持つサイキックが混じってたら、少しばかり面倒臭い。
冒険者をやってると、仲間や友人をエイリアンやグール、ウッドやマシンナーズに殺されたって話は、幾らでも転がっていた。
当然ながら、こちらもそれ以上にエイリアンやグール、ウッドやマシンナーズを殺しているのだからお互い様なのだけれど、それで割り切れる筈もなかった。
私だって、もし仮にシンと冒険者をやっていて、目の前で友の命を敵対種族に奪われたなら、残る自分の命は、その敵対種族を一体でも多く殺す事に費やすだろう。
後悔なんてする暇もないくらい、ひたすらに。
基地だってそうした者は今回の任務に参加させないように選ぶだろうが、基地が冒険者の全ての交友関係を把握するなんて不可能だから、万に一つは警戒する必要がある。
複数チームの戦力が必要な依頼である事は間違いないが、複数のチームが参加するからこそ、今回の依頼は難しい。
だがそれでも、私はその依頼を受けると決めて、キホに向かって頷いた。
キサラギにも、休息後の仕事は受けると言ってたし、何よりも、今回の件の結末は、できるだけ近くで見ていたいと思っているから。
自分が発端なのだから、可能な限り、最後まで。
「冒険者のサイリ、君の名前は聞いている。最近の活躍は特に目覚ましいな。期待しているぞ」
不意に、ずっと黙っていたアキラ司令が、そんな言葉を口にする。
あぁ、うん、怖いな。
残念ながら私は、偉大な先達に、基地の責任者なんて大物に、目を掛けられ、声を掛けられて喜べるような無邪気な性格をしていなかった。
本当に、今回の件より以前に名前を知られていたなら、怖いなぁとしか思えない。
「光栄です。今回の依頼でもご期待に沿えるよう、全力で挑みます」
もちろんそんな事は、口に出しては言わないけれど。