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上部に置かれた貯水槽にパイロキネシスを使い、熱エネルギーを注いで中の水を高温の湯に変える。
それから下のバルブを捻ると、私の身体に、熱いシャワーが降り注いだ。
貯水槽から繋がるパイプには小さな穴が沢山開いてて、そこから湯が流れ込むと圧力によって勢いよく、均等に押し出される仕組みである。
汗と砂埃で汚れた身体を洗い流すと、一緒に疲れも落ちていくような心持がした。
このコミュニティでは、多くのサイキックが入浴を好む。
入浴は文化的な行動とされるし、何よりもそれによって体を清潔にするのはとても気持ちが良いから。
いや、このコミュニティだけじゃなく、他のコミュニティでもそれは同じだ。
ただ海の向こうの、受け継ぐ文化が異なる遠いコミュニティでは違うって話を聞いた事があるから、サイキックが必ず入浴を好む訳ではないそうだけれど。
もしかすると、入浴を好むか否かは、気候の影響も強いのかもしれない。
後は、水の豊富さとか。
私が属するコミュニティがある地域は、特に暑い時期は湿度が高くなる。
すると動いてかいた汗が残り易く、吹く風に混じる砂埃が肌に付着してしまう。
別に砂に塗れたからって命が脅かされる訳ではないのだけれど、自分の肌が砂に擦れてショリショリとするのも、髪の中に砂粒が入り込むのも非常に不快だった。
だからこそ、それらを洗い流す為、この地域のサイキックは入浴を好む……、いや、或いは受け継いだ文化の大元である、人間も入浴を好んでたんじゃないだろうか。
サイキックはパイロキネシスを使える者が、風呂用の貯水槽の水を沸かし、そこから各自の家に熱い湯を引き込んで、風呂に入っていた。
あぁ、そもそも貯水槽の水も、サイコキネシスの使い手が運んで追加するから、サイキックの入浴は超能力ありきだ。
私も外での活動をしていない時は、よく貯水槽の水を沸かしたり、そこに水を運んだりしている。
それはパイロキネシスやサイコキネシスを使えるサイキックの、ごく当たり前の役割だから。
サイキックのコミュニティとは、共同体だ。
超能力には色々な種類があって、その全てを使えるサイキックは存在しないから、皆が自分の使える能力を活かす事で、社会を成り立たせていた。
もしもパイロキネシスやサイコキネシスの使い手が協力を拒めば、風呂に入れなくなる。
念視、念写の使い手が協力を拒めば、新しい本は手に入らない。
或いはテレパシーの使い手が協力を拒めば、他のコミュニティとの連絡が取れなくなり、情報は断絶し、孤立してしまうだろう。
もちろんそれだけじゃなくて、資源の加工は止まるし、物資の管理もされなくなって混乱が起きる。
それがわかっているからこそ、皆が自分の超能力を進んで提供し、コミュニティという共同体は成立していた。
だが人間は、機械の力で湯を沸かし、風呂に入っていたらしい。
それはどの人間も、同じように湯を沸かせる事ができたって意味である。
保有する超能力の違いなんてなく、皆が同じように。
実に不思議だ。
皆が同じようにできてしまうなら、どうやって役割を分担していたんだろうか。
まさか一人で全てをこなせる筈はないと思うのだけれど……。
そしてどうやって、人間はその社会の一員であるって実感を得てたんだろう?
当然ながら、人間はもう滅んでしまっているから、それを教えてくれたりはしない。
本で読むだけじゃ、その当時の本当の姿は、想像するしかなかった。
私は失われた世界を想像しながら、シャワーを止めて、大きな浴槽へと移動する。
恐らく、私はこうやって、今は失われた人間の世界に思いを馳せるのが好きなんだろう。
冒険者をやってる理由は、より多くの人間性を得て満たされたいからだけれど、人間の世界に思いを馳せるのが好きだから、その名残を感じる外での活動を、そんなに苦に感じない。
まぁ、外にいる間はこうやって風呂に入る事ができないのは、やっぱり不満が募るけれども。
熱い湯で満たされた浴槽に足から入り、全身を浸せば、思わず口から息が漏れる。
シンのテレポーテーションで基地に戻った私とキサラギは、今日はそのまま基地で待機し、泊る事になってるから、彼女も今頃は女性用の入浴施設で、こうして風呂に入ってる頃だろう。
活動の報告は、キサラギがテレパシーで一瞬で済ませてくれたから、びっくりするくらいに楽だった。
……彼女には、色々と謎がある。
外での活動中には考える余裕がなかったというか、考え過ぎて妙な疑いを抱いても益がないと思ってあまり意識しないようにしてきたが、そろそろ推察くらいはしておくべきだ。
ここは安全なコミュニティ内だし、何よりも風呂は、考え事をするのにも向いていた。
迎えに来たシンは何かを知ってる様子だったが、別に友人から詳しい事情を聴き出そうとは思わない。
シンの性格からして、言えるなら自分から言ってきてるだろうし、そうじゃないなら何らかの理由があるのだろう。
ただ、彼がキサラギを知ってるって事自体が、考え事のヒントにはなる。
まず使い込んだ外套や、外での活動の慣れ方からして、キサラギは冒険者で間違いない筈だ。
特にサイコキネシスに完全に身体を委ねての行動に一切の抵抗、躊躇がない様は、PK能力者と組んだ経験が豊富である事を意味する。
普通は、自分の身体を他人に動かされると、無意識であっても身体に力が入って抵抗するから。
しかし仲間がいるなら彼女一人が私と組む事になる理由がない。
……つまり、キサラギは仲間を、或いは仲間達を、何らかの理由で失ってしまった冒険者なのだろう。
その何らかの理由が、死なのか、それとも単に引退なのかは、わからないけれども。
PK能力があるならともかく、ESP能力に特化した彼女は、一人では外の活動は不可能である。
いや、不可能ではないのかもしれないけれど、ほぼ自殺と変わらない。
だから本来、一人になったキサラギは基地に用はない筈なのだ。
けれども、私が報告を行った際、すぐさま彼女が派遣されてきた。
もちろん多少のタイムラグはあったけれど、基地に滞在してなきゃ、あんなに早くは来れないだろう。
その上でシンが知り合い、かつ事情を知っていそうだという事は……、キサラギは仲間を失った後、基地で働いていたんじゃないかと推察ができる。
元々は冒険者であるから、咄嗟の動員にも応じて、実際の現場でも怯えずに的確に動けてた。
彼女の様子を見る限り、基地で働いてはいても、まだ冒険者に未練があるのかもしれない。
私の事を知っていたのは、単独で行動しているPK能力に特化した冒険者を把握していたのだろう。
単独で行動してる冒険者は他にもいるだろうけれど、レッドエリアで活動していて、PK能力に特化しており、……尚且つ生き残っているって条件を加えれば、数える程しかいない筈だ。
少なくとも私は、自分以外にそんな冒険者を知らなかった。
尤も、これは私の勝手な想像だし、その想像が当たっていたとしても、キサラギがどこまで本気なのかもわからない。
ただ今回の件に関わる間は、一緒に組んで動くだろうから、やがては彼女の意図も読めるだろう。
もしもキサラギが本気だったとして、私は彼女とチームを組めるのか?
キラサギのミスで死に、私のミスで彼女を殺してしまう、命を預け合う関係を築けるのか?
答えなんて出ないけれど、風呂に入ってる間の時間を潰す思索としては、もうこれで十分だ。
こんな事を考えるくらいには、私は前向きなんだろうし、それでも答えが出ないくらいには、関係は足りてない。
私は、欠伸を一つ噛み殺し、ざぶりと浸かっていた湯から上がった。
貸し与えられた部屋で一眠りして、起きる頃には次の仕事が待っている。
それが追跡の交代なのか、他の冒険者達と分担しての探索なのか、それとも別の何かなのかは、まだわからないけれど。