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河川を超えてレッドエリアに入れば、先程までのように目立つ移動は行えなかった。
あんな移動の仕方では、ちゃんと遺物を探せないし、何よりも敵対種族に発見される可能性が増すからだ。
身に纏った外套は、廃墟に紛れやすい地味な色合いをしているけれど、流石に高速で飛び跳ねて移動していると、そのカモフラージュ効果も発揮されない。
水の流れの遅い大きな河川には、昔の人間が築いた、これまた大きな橋が幾つも掛かってる。
そのどれもが既に朽ちてしまってはいるけれど、身を隠す役には立ってくれるので、私はサイコキネシスで自身を持ち上げ、自重をほぼゼロにしながら、慎重に隠れ潜んで橋を渡った。
しかしそれにしても、目視できるくらいの距離に複数の橋が架かってるのをみると、人間は無駄が好きだったのだなって思ってしまう。
いや、知識ではわかっている。
人間は、自動車や電車といった複数の移動手段を使っていたから、単に歩いて渡る為の橋だけじゃなくて、それらの専用の橋が必要だったんだろうって事は、昔の本を読めばわかるのだ。
ただ、実際にそれらに触れた経験のない身としては、それがある社会、世界というのが、少し実感しにくいだけで。
マシンナーズの拠点では、物資を運ぶ為に似たような代物が使われてるって話もあるけれど、私が生きてる間にそれを目にする事があるかどうかは、実に微妙なところである。
河川を渡り切り、レッドエリアに入ってからも、このサイコキネシスで自身を持ち上げながらの移動は使う機会が多い。
足場が不安定な場所はもちろん、たとえ何もなかったとしても、時折はこうやって自身を持ち上げて移動する事で、足跡等を残さぬ場所を作るのだ。
そうする事で、敵対種族に後を付けられる可能性を減らすのである。
もちろん、ずっとサイコキネシスを使いながら移動するのが、本当は一番良いのだろうけれど、流石にそれでは私の精神力がもたない。
一般のサイキックに比べれば、冒険者である私は超能力を使い続けられる時間も長いが、それでも無限の精神力がある訳じゃないから。
移動に超能力を使い過ぎて消耗すると、足跡ではなく匂いを辿って来た、或いは偶然にこちらを発見した敵対種族との戦いに支障をきたす。
だから私は、今度こそ本当の意味で自分の足に頼りながら、レッドエリアを歩く。
砂と、裂けたり剝げたりしたアスファルト、ボロボロのコンクリートに、土。
踏む度に、足から伝わってくる感触は違う。
レッドエリアではあるけれど、この辺りには何度か来た事があるから、比較的様子はわかってる。
もう少し進めば、半ば崩れてはいるけれど、高いビルの廃墟があるから、そこに登って双眼鏡で周囲の観察をする予定だ。
ESP能力を使える冒険者は、その超感覚で周囲を広く把握できる為、わざわざビルに登ったりしなくても済むんだけれど、PK能力しか持たない私は残念ながらそうもいかない。
まぁ自分でESP能力が備わっていなくても、それを扱える冒険者とチームを組むって手もあるし、私も何度か誘いを受けた事はあるのだが……、一時的にはともかく、ずっと一緒に行動をしようと思う相手は、今のところいなかった。
訓練施設、学校に通ってた頃は、冒険者になってシンとチームを組むんだって言って、彼と互いに夢を語り合ったりもしたが、結局のところは、シンはテレポーテーションの能力があると検査で判明したから、私は一人で冒険者になったのだ。
テレポーテーションなんて貴重な能力の持ち主が、命を失う危険の多い冒険者になるなんて事は、許されないから。
希少な才能が見付かったのなら、それはとても至極当然の話で、仕方がないし、寧ろ祝福すべき事だろう。
ただ、冒険者になってからの五年間、一時的に誰かと何度か組んでみたりはしたけれど、シンのようには気が合う者はいなかったってだけの話である。
チームを組むメリットは十分に承知してるが、それでも私は、自分の命を預ける仲間は、気が合い、信頼できるものにしたい。
単なる我儘でしかないけれど、そうでない相手に命を預けるくらいなら、一人で行動していた方が、やがて何時か力尽きて倒れる時、きっと納得して終われる気がするのだ。
まぁ、自分の目と鼻、耳と、それから勘に頼った探索もそうバカにしたものではなかった。
特に遺物の双眼鏡を手に入れてからは、目で見られる範囲は大幅に広がっている。
そりゃあ、鍛えたESP能力には及ばないけれど、道具一つでそれに迫れる物を生み出していた過去の人間は、やはり凄かったんだなぁと、そう思う。
崩れたビルの上に登って、双眼鏡を覗き込む。
足場は、体重を掛け過ぎると何時崩壊してもおかしくないから、やっぱり自分の重さはサイコキネシスで打ち消しながら。
こうして高所から探すものは主に三つ。
一つは敵対種族を含めた、危険。
当たり前の話だけれど、これを見付けるのが一番大事だ。
探索が全くの収穫なしでも、危険を避けて命を失わなければ、何度でもここにはやって来れる。
また危険を見付けて排除、或いはそれができずとも後方の基地に報告すれば、他の冒険者の安全度も上がるだろう。
それは短期的に見れば、私にはあまり得がないように思えるかもしれないけれど、そうやって危険を潰して行けば、いずれここはレッドエリアからイエローエリアに変わるかもしれない。
比較的でも安全に活動できるエリアが広がれば、コミュニティ全体にとって有益だ。
私も、外で活動する事が多い冒険者であっても、コミュニティに属する以上は、コミュニティの利益は私の利益でもあった。
二つ目は、安全に休めそうな場所。
これも優先度は高い。
何故なら安全に休める場所を確保していたら、辺りをゆっくりと時間をかけて探せるからだ。
そうなると当然、遺物の類が見付かる可能性は上がる。
逆に遺物を発見しても、安全に休める場所を知らなければ、体力的に厳しくて持ち帰れない場合もあるから。
なので危険の次に優先して探すのは、安全だ。
三つ目は、こうやって外で活動する目的である、利になる何か。
それは主に遺物だったり、稀に人間性の結晶だったりするけれど、他にも何か、私やコミュニティの利益となる物なら何であっても構わない。
ちなみに遺物の眠る地下室は、休む場所としても比較的だが安全なので、二と三を同時に満たせて非常にお得である。
尤も私は、前にも言ったがこの辺りには何度か来た事があるので、自分が漁った地下室の位置を覚えてた。
そこにはもう、価値のある何かは残っていないが、安全を確保して休息を取る事ができるだろう。




