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エピソード40 新たな門出

〈エピソード40 新たな門出〉 


 勇也の病室から出たソフィアは、人で賑わうロビーまで来ると、すぐに自分に向けられる視線に気づいた。


 そこには、病院には不釣り合いな敵意のようなものを漂わせる二人の男がいたのだ。二人の男はスーツ姿で、ソフィアに厳しい視線を向けている。


 周囲の人たちも二人の男から漂ってくる空気に剣呑なものを感じたのか、二人の男を避けて通るように歩いている。


 そして、ソフィアと目が合うと、二人の男は大股でこちらに近づいて来た。


「お前がソフィア・アーガスか。やっと会えたし、悪いがお前のことは色々と調べさせてもらったぞ」


 刑事の一人は、権威を盾にするように警察手帳を胸ポケットから取り出した。が、それを見ても、ソフィアは余裕綽々といった感じの態度を崩さない。


「そうですか。それで何か分かりましたか、本郷光国さん?」


 ソフィアは嫣然とした微笑を湛えたまま問いかける。


 それを受け、何事にも動じないような空気を放つ光国の顔が一瞬、鼻白んだ。


 一刑事に過ぎない自分の名前を知られていることに驚きを隠せなかったのだろう。そのせいか、光国もちっと舌打ちする。


「いいや。不気味なまでに埃一つ出てきはしなかった。かろうじて出てきたのはダーク・エイジという名前だけだ」


 そう言うと、光国は対抗意識を剥き出しにするように口の中にある犬歯を見せる。


 が、ソフィアは微笑を顔に張り付けたままだ。まるで、そこらの女とは役者が違うとでも言いたげに。


「それだけ分かれば、ただの警察にしては上出来ですよ」


 ソフィアの挑戦的な言葉に光国はこめかみの辺りをピクッとさせたが、すぐに切り返すように刃のような言葉を吐き出す。


「この狐が。世間では柊勇也とあの化け物の戦いは映画の撮影だと言われているようだが、生憎と俺はそう思っていない」


 光国は挑みかかるように言葉を叩きつける。


「では、何だと言うのですか?」


 ソフィアも一歩も退かない。


 見えない火花が二人の間で散るのを見て光国の横にいた平刑事がハンカチで顔の汗を拭った。


「この世界では俺たちの常識を超えた存在が、絶えずどこかで暗闘しているということだ。俺はいつかその存在を白日の下に晒して見せる」


 光国は大きな手をギュッと握りしめると確かな決意を込めるように宣言した。


「あなたは刑事より、ジャーナリストの方が向いていますね」


 ソフィアの皮肉に光国もカウンターをするように笑う。


「抜かせ。俺の目の黒い内は、お前たちのような後ろ暗い連中に好き勝手はさせん。この町の平和は俺が守る」


 光国は刑事としての誇りを煌めかせるように言った。


「せいぜい頑張ってください」


 ソフィアは光国から押し寄せて来る熱気をヒラリとかわすように言うと、話は終わりとばかりに光国の横を通り過ぎてロビーから出て行く。


 そんな彼女の横顔は太陽の明るい光に照らされているせいか眩しく輝いていた。


                   ☆★☆


 残された勇也は、どこか思い詰めたような空気を漂わせながら黙り込んでいた。


 世界の終わりと向き合えなんて、一介の高校生である自分にはあまりにもハードすぎる。少なくとも、この世界を救うなんて自分には無理だ。


 でも、何もしなければ確実に世界の終わりが来てしまう。そうなれば、大切な人たちがたくさん消えてなくなることになる。


 その逃れようのない現実から目を背けるわけにはいかない。


 であれば、急に大きなことを望まず、小さくてもできることから始めるしかないな。何事も小さなことの積み重ねが大切なのだ。


 きっと、それはいつか大きな力となって自分の元に返ってくるはずだ。


 その実感はヴァルムガンドルとの戦いの中にもあった。それは心に刻みつけておかなければならない。


 そんなことを影のある顔でつらつらと考える勇也に我慢できなくなったのか、黙々とリンゴの皮を剥いていたイリアが水を浴びせかけるような言葉を発する。


「そんなに暗い顔をしないでください、ご主人様。ここは気晴らしにパァーッとどこかに遊びに行きましょう」


 イリアは両手を広げると花壇に咲き誇る花のような笑みを浮かべた。それを見ると勇也の心の澱んでいた部分も、たちまち漂白剤でもかけられたように洗われる。


 やっぱり、イリアはこうでないと。じゃなきゃ、自分も張り合いが持てない。


「俺は病み上がりだぞ。そんな俺を連れて、どこに遊びに行こうって言うんだ?」


 勇也はジトっとした目でイリアを見る。体の方はもう何ともないが、それでも気力の方はまだ穴が空いていた。


「私、海に行きたいです。アクアランドにあった偽物の海じゃなくて、本物の海をこの目で見てみたいんです」


 イリアは海に対する強い思いをぶつけるように言った。


「何か特別な理由でもあるのか? 海なんて見ても楽しいものじゃないし、あまり大きな期待をするとがっかりするぞ」


 海ならこの町にもあるが、何でも揃っているプールより楽しい場所だとは思えない。実際、勇也も海水浴をしたことなんて数えるほどもないし。


 とはいえ、人間なら一度は海を見ておくべきかもしれない。初めての海なら、きっと胸に来るものもあるはずだ。


 イリアは一拍、置いてから口を開く。


「……かもしれません。でも、私は海を見て世界の広さというものを今一度、実感してみたいんです。そうすれば、この町だけでなく、世界をも守るために動けそうな気がしますから」


 イリアは熱い思いを込めるように握り拳を作ると、それを胸の前にそっと置く。その顔には並々ならぬ決意のような感情が浮かんでいた。


 それを見て、勇也はイリアの内にある思いを汲み取ると、ふっと柔らかな気持ちで笑う。


「世界をも守るか……」


 自分ができるはずがないと決めつけていたことをイリアは大きな勇気を持ってやろうとしている。


 こういう弥猛心を見せられるようなイリアこそ本物の勇者と呼ぶべき存在なのかもしれない。何もしない内から諦めに屈していた自分が恥ずかしいな。


 勇也はイリアが遠くない日に巣立つようにして自分の元からいなくなることを予感していた。でも、それで良いと思えたのだ。


 イリアはきっと多くの人を救い、笑顔にできる。もしかしたら、世界全体すら幸せな方向に導けるかもしれない。


 ご当地アイドルではなく、本物の女神としてのイリアには不可能なことなど何もないように思えるし。


 でも、世界を守るような大事を為すためには、自分の元に張り付いていては駄目だ。


 だからこそ、イリアが世界を救うために羽ばたくというのなら、自分も笑顔で送り出してやろう。


 そうすることが正しいと思えるし、例え、離れ離れになっても、自分とイリアの絆は絶対に切れはしない。


 それだけはどこまでも信じることができるし、自分もイリアに負けないようにしっかりと成長していかなければ。


 その先には、きっとイリアといつまでも一緒に暮らすことができるような幸福な未来も待っているはずだ。


 ……とにかくだ。


 これからはイリアと過ごす時間をもっと大切にしよう。それが現在の自分の一番の課題だからな。


 でも、そのためには、斜に構えるのを止めて素直になるしかない。これが結構、難しかったりするんだ。


「そいつは良い心がけだな。何だかんだ言って、お前も自分の未来については真剣に考えてるってわけか。成長したな」


「はい!」


 イリアは勇也の内心の考えを肯定するように溌溂とした元気さを見せながら笑った。


「そういうことなら、まだお昼前だし、思いきって海に行ってみるか。海じゃレンタルはできないから、どこかで水着も買ってやるぞ」


 退院はまだ許されていない。でも、看護婦さんには申し訳ないが、病院は抜け出させてもらおう。


 体はもうどこも悪くないんだから、じっとなんてしていられない。


 どうせ海に行くのなら、武弘や雫も誘ってみようかな。あの二人なら家にさえいてくれれば、きっと嫌な顔をせずに付き合ってくれるはずだし。


 この湧き上がってくる喜びはみんなで分かち合いたいし、今日という日を新たな門出と呼ぶに相応しい日にしたい。


 そうすれば、また明日から新たな思いを胸に、夢や希望を信じて頑張って生きていくことができるから。


「さすが、ご主人様! 水着まで買ってくれるとは何とも太っ腹ですし、やっぱり、私はご主人様のことが大好きです!」


 イリアは恥ずかしがる風でもなく迸る好意を全開にして勇也に抱き着く。勇也も拒絶することなく自然な動作でイリアの腰に手を回した。


 まるで互いの愛情を確かめ合うように。


 これで、めでたしめでたしだと勇也が思いを馳せた次の瞬間、病室の扉が何の前触れもなくガラッと開く。


 現れたのは目を丸くして、口もポカンと開けている武弘と雫だ。


 二人の登場に勇也の表情もカチンと凍り付いたし、病室の空気も急激に温度が下がったようにガラリと変わる。


 計ったようなタイミングとはこのことだし、この展開は非常にまずい。


「随分と楽しそうなことをしているではないか、勇也。心配して見舞いに来てやったのに、何だか損をした気分だぞ」


 武弘はニヤニヤと露骨に笑いながら見舞い品のスイカを持ち上げて見せた。


「じゃ、邪魔だったかな、柊君……」


 雫は視線を忙しなく泳がせながらドギマギしているような顔で尋ねる。


 それもそのはず、勇也とイリアはまるで恋人同士のように熱い抱擁を交わしていたのだ。そんな姿を見れば変な想像を掻き立てられても仕方がない。


「いや。これは、そのー」


 返答に困窮した勇也はただ誤魔化すような平笑いしかできない。それが何とも情けなかった。


「まったく、俺の知らないところで映画の撮影なんぞをしていたと思ったら一週間も寝込んでしまったと言うし、一体、何がどうなっているんだ?」


 どうやら、武弘はあの戦いを映画の撮影だと思い込んでくれているらしい。


 それなら、苦しい説明をしないで済むが、武弘のことだから全てを理解した上で、知らないフリをしているだけかもしれない。

 であれば、自分もそれに乗っかるしかないな。


「だ、大丈夫なのかな、柊君……。私も柊君が映ってる動画は見たけど、何だか演技には思えないくらい痛そうだったし……」


 雫が心配そうに勇也の表情を窺った。


 勇也の戦う姿が映った動画のことでは疑っている部分もありそうだ。が、そこは控え目な雫らしく、追求するような言葉は口にしない。


 そんな二人の反応を見て、勇也も例え見せかけでも良いからと思いながら精気が漲ってるように振舞う。


「この通り、もう大丈夫だよ、二人とも。これから海に行こうと思ってたくらいだし、元気はいっぱいさ。アハハ……」


 勇也はまるで芸人のように腕を折り曲げて力瘤を作って見せると、乾いた笑い声を漏らす。


 その元気さを見せつけるようなアピールに武弘と雫も互いの顔を見てからほっとしたように笑った。


 どうやら、二人の安心は勝ち取れたらしいし、後はイリアと抱き合っている破廉恥な誤解をどう解くかだ。


 やれやれ、難題だな。


「こんにちは、信条君に宮雲さん。さっそくですが、これから一緒に海に行きませんか? きっと楽しいですよ!」


 イリアは勇也から体を離すと「みんなで海を見て、もっと心を大きく持てるようになりましょう!」と夏の青空を貫くように一気呵成の声を上げる。


 太平楽なイリアらしく実に切り替えが早い。


 一方、イリアの心の奥底まで痺れるような声を聞いた武弘と雫の二人は眩しげな顔で笑う。


「海か、悪くないな。せっかく、スイカを持っていることだし、たまにはスイカ割でもしてみるか」


 武弘は均整の取れた形をしているスイカの表面を撫でながら口の端を吊り上げる。


 実に美味しそうなスイカだし、勇也としては病室でのんびりと食べたいところだが、スイカの持ち主はまだ武弘なので異議を唱えることはできない。


「そ、それは面白そうだね……。私はスイカ割なんてテレビでしか見たことがないから、ちょっと楽しみかな……」


 雫は胸の前で指をもじもじと組みながら零す。


 その小さく綻んだ顔には負の感情を匂わすような暗さはなかったし、自分とイリアの関係に悪感情を抱いているわけではないみたいだな。


 勇也は武弘や雫の色よい反応を見て、自らの気力を奮い起するように口を開く。


「スイカ割なんて本当に久しぶりだな。……よし、そうと決まれば看護婦さんに見つからない内に海に行くぞ!」


 勇也は張り切るように言うと、体に溜まっていた気怠さを吹き飛ばすように勢い良く立ち上がる。


 武弘や雫といる時くらいは裏の世界のことは忘れたい。


 だから、思いっきり羽目を外して遊んでやろう。


 今はそれが正しいと素直に思えるし、体だけでなく心の栄養も補給しないとな。


 そんなことを思う勇也を見て、イリアも油を注したばかりの機械のように生き生きとした顔をする。


「ええ! 誰が一番、綺麗にスイカを割れるか勝負しましょう! 負けた人は罰ゲームですよ!」


 イリアは自分の中に流れる有り余るエネルギーを爆発させるように言った。


 それを受け、勇也と武弘と雫の三人は以心伝心とばかりに揃って晴れ晴れとした感じの笑みを浮かべた。


 こうして、勇也たちはいつもの平和な日常へと無事、帰還した。


 ……が、これは波乱に満ちた未来の幕開けに過ぎないし、ここにいる誰一人、そんなことは知る由もないことだった。


〈END〉


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