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エピソード34 届けられた思い

〈エピソード34 届けられた思い〉


 イリアはボロボロになりながらも何とかヴァルムガンドルに食い下がるように死に物狂いの抵抗を続けていた。


 与えられた傷は自己治癒力で塞がりつつあるが、いかんせん、魔法を使うエネルギーの方が底を突きかけていた。


 このままではジリ貧になって、やがては宙に浮いていることすらできなくなるだろう。そうなれば、もう成す術なくヴァルムガンドルの大剣の餌食になるしかない。


 ヴァルムガンドルの剣をかわし続けられたのは偏に空中では逃げ回るスペースがたくさんあったからだ。


 地上での戦いになってしまえば、もうヴァルムガンドルの有利は揺るぎのないものになり、そこから生み出される卓抜とした剣技に対抗することは叶わないだろう。


 イリアはまさしく絶体絶命の窮地に追い込まれていた。


「どうやら、ここまでのようだな。我が主がお前のことについては随分と心を砕いていたから、どれほどの力かと思ったが所詮はこの程度か」


 ヴァルムガンドルは落胆したように言ったし、今のイリアは悪足掻きをしているにすぎない。


 イリアとしてはネコマタの力で勇也の体の傷が癒えたら、彼に逃げの一手を打たせるつもりでいたのだ。


 今までの戦いはそのための時間稼ぎだった。


 自分はここで命尽きても仕方がないが、主人である勇也は駄目だ。


 だが、そんな浅はかな考えなど優れた智謀を持つヴァルムガンドルには初めから見抜かれていたようだ。

 だから、勇也の元に舞い降りる隙すら見つけられない。万策尽きるとはこのことか。


「私は……」


 イリアは言葉に詰まりながらも何とかしてこの状況を打破することができないか考えた。が、何も思いつくことはなく、ただ項垂れるしかなかった。


 やっぱり、自分は頭を使うのが苦手だ。


 だから、数学の問題も一問も解けない馬鹿なのだ。でも、馬鹿なら馬鹿なりにできることがあるはずだ。


 必死に智慧を働かせれば、どんな逆境でも乗り越えられるはずだ。


 そう信じて、今日まで短い生を謳歌してきたのだ。


 それが潰えようとしている。何もかもが無駄になろうとしている。そんなの許せるわけがない。


 だが、今の自分に一体、何ができるというのだ?


「次の一太刀でお前の命を確実に貰い受ける。何か言い残したいことがあるなら、憚ることなく口にするが良い」


 ヴァルムガンドルは正眼の構えを見せると、大剣の刀身に見ているだけで立ち眩みを引き起こしそうな大量のオーラを纏わせた。


 それと同じくして、心臓を握り潰すような途轍もないプレッシャーも押し寄せてくる。


 あの一撃をまともに食らったら、いかに自己治癒力に優れたこの体であっても一巻の終わりだろう。


 せめて、勇也だけでも生かして逃げ延びさせたかったが、それも叶うまい。


 下手な正義感に突き動かされてモニュメントを破壊しようなどと言ったのがそもそもの失敗だった。


 やはり懸念を滲ませていた勇也の言葉にもっと耳を傾けるべきだった。でも、もう何もかもが手遅れだ。


「…………」


 押し黙ったイリアは初めて自分の前向きな心が頽れるのを感じていた。


 それは今までに経験したことがないような深い挫折と、どうしようもないと思えるほどの敗北感だった。


「言葉は不要か。それも良かろう。では、ゆくぞ!」


 ヴァルムガンドルは力強く空を蹴り上げると神速のスピードで、何の構えも取れずに棒立ちするイリアへと迫る。


 と、同時に肌を切り刻むような鬼気がイリアの体に浴びせられる。


 そして、ヴァルムガンドルは一切の手加減を捨てたような全力の一撃をイリアの体に向けて叩きつけようとする。


 それは、まさに必殺の一撃!


 イリアはもう駄目だと目を瞑ることしかできなかった。


 が、その手には先端に付いている水晶の光が消えかけているステッキがあり、己の死を受け入れつつもそれを無意識の内に掲げていた。


 それは無駄な抵抗に等しいし、ヴァルムガンドルの斬撃を受け止めれば間違いなくエネルギーが通わなくなったステッキは切断される。


 だが、ステッキの水晶にエネルギーの光を灯せる力はもうなく、打つことができる手は何もなかった。


 剣を叩きつけようとしたヴァルムガンドルが会心の笑みを浮かべる。その笑みは薄目を開けていたイリアの目にはっきりと飛び込んできた。


 悪魔にあんな顔をさせるなんて悔しいと一瞬、思う。


 だが、やっぱり、自分の命運はここまでだ。


 イリアは内心で自分の我が儘のせいで死なせることになる勇也に心からの謝罪をした。それがイリアにできる唯一の贖罪だった。


 後は全てを受け入れて棒立ちするしかない。


 イリアがギュッと目を瞑った瞬間、猛烈な勢いを感じさせる衝撃が指先から腕へと這い上がってくる。


 死が目前に迫っているのをつぶさに感じた。


 これで何もかもが終わりだ。


 ごめんなさい、ご主人様、と心の中で叫んで、約束された死を受け入れようとする。


 が、どういうわけかイリアの掲げたステッキはヴァルムガンドルの強力無比な一撃を食らっても断ち割られることはなかった。


 待ち受けていた壮絶な痛みも襲ってはこない。


 イリアがはっと目を開けてみると、いつの間にか消え入りそうな光を見せていたステッキの水晶にまるで黄金のような強い輝きが戻っていた。


 そのステッキはヴァルムガンドルの手加減なしの力が上乗せされた大剣を驚くような強度でガッチリと受け止めている。


 それどころか、ステッキだけでなく、エネルギーの尽き欠けていた自分の体にも凄まじい奔流を見せるように力が湧き上がってくるのを感じた。


 大量の神気がどこからかイリアの体に流れ込んでいた。


 それはあまりに信じ難いことで、イリアは「これは一体?」と自分の身に起きていることを理解できず、大きく目を見開いた。


                 ☆★☆


 二十八歳の会社員の男性が「頑張れ、上八木イリア! そんな化け物なんかに絶対、負けるな!」と熱い思いを込めて応援する。


 十九歳の男子大学生が「ここが正念場だぞ、イリア! 歌ったり、踊ったりするだけが能じゃないってことを見せてやれ!」と力強く励ますように言い放つ。


 秋葉原の町をこよなく愛するオタクの男性が「イリアちゃん、僕みたいな男にこんなことを言われても迷惑かもしれないけど、僕はイリアちゃんのことが大好きだ! だから、絶対に負けないでくれ!」とイリアに愛を滲ませた言葉を発する。


 高校中退の虐められニートの少年が「……俺は自分の人生なんてずっとクソだと思ってた。でも、お前の頑張る姿を見ていたら諦めるにはまだ早すぎると気付かされた。だから、そんな化け物はぶっ倒しやがれ! 負けたら承知しねぇからな!」とイリアに激のあるエールを送る。


 小学生の少年が「イリアちゃん、頑張ってよ! イリアちゃんの笑顔を見てるととっても元気が湧いてくるから。だから、どんな時でも諦めずに頑張って!」と純真な思いを言葉に乗せる。


 ファミレスで働いているアルバイターの男性が「もう現実とかそうでないかなんて関係ねぇ! 俺はイリアちゃんが傷ついているところを見たくないんだよ。最後まで、俺たちのような底辺を生きる人間に希望を与えて続けてくれ!」とイリアに救いを求めるような思いをぶつける。


 アイドルの追っかけフリーターの男性が「血を流しながら平和のために戦えるアイドルなんて最高じゃないか! イリアちゃん、あんたは本物だよ。本物のアイドルだよ。だから、絶対にそんな化け物に負けちゃ駄目だ!」と叫んでイリアのイラストが描かれた鉢巻を巻き直す。


 メイド喫茶で店長を務めている男性が「必ずその化け物に勝って東京に来てくれ、イリア! お前みたいな大切な物のために全力で奉仕できるようなメイドが今の東京には必要なんだ! ウチの店にいるような似非メイドたちに、本物のメイドの姿ってやつを見せてやってくれ!」と心を高ぶらせながら更なる息を巻く。


 いつもは普通の女子中学生でたまにコスプレイヤーに変身する少女が「いつも元気いっぱいのイリアちゃんのコスプレをするととっても勇気づけられるの。だから、最後の最後まで私みたいな女の子に勇気を与え続けて! 絶対に化け物なんかに負けないで! 大好きだよ、イリアちゃん!」と心温まる気持ちを吐露する。


                   ☆★☆


 上八木駅前のロータリーにはたくさんの人たちが立ち尽くしながら、ビルに取り付けられている巨大な街頭テレビを見ていた。


 テレビの画面にはイリアとヴァルムガンドルが戦う姿がはっきりと映し出されている。


 その迫力たるや、そこらの映画館の比ではないし、臨場感もかつてないほどの高まりを見せていた。


 それを受け、上八木市の住民たちは、みな熱狂的な声を上げる。


 何が起きているのか分からない人でも、たちまちその場の空気に呑み込まれてしまうような熱の籠りようだ。


 特に小さい子供や女の子はまるで夏祭りの花火が打ち上げられる会場にでも来たかのようにはしゃいでいた。


 その大きな盛り上がりは周囲の大人たちにも伝染していく。


 今や駅前のロータリーでは老若男女のみんながイリアに向かって応援の声を張り裂けんばかりに上げていた。


 しかも、それが町中の至るところで起きていたのだ。それはまさに奇跡のような光景だった。


「頑張れ、イリアちゃん!」


 小学生の少年が小さい喉が壊れそうなほどの大声を発した。


「負けるな、イリアちゃん!」


 五歳になったばかりの女の子が、父親と母親にしっかりと手を握られながら叫んだ。


「フレー、フレー、イリア! 頑張れ、頑張れ、イリア!」


 中学生でチアリーディングの部活をしている女の子が、仲間たちと共に元気の良いエールを送った。


「俺たちは何があろうと、どこまでもお前の応援をするぞ、イリア! ここにいるのは、みんなお前の大ファンだからな!」


 男子高校生のグループが揃って威勢の良い声を上げた。


「そうだぞ、イリア! 俺だってお前のファンだし、そんなクソみたいな化け物には絶対に負けるんじゃねぇ!」


 二十歳くらいの不良のような青年が握り拳を突き上げながら叫んだ。


「ああ。ここで気張らずに、いつ気張るって言うんだ、イリア! もっと根性を見せやがれ!」


 ヤクザのような男性がドスの利いた声援を送った。


「みんなの言う通り、ここが踏ん張りどころだぞ、イリア! あの化け物に、ご当地アイドルの底力を思い知らせてやれ!」


 スーツを着たサラリーマン風の男性が両腕を振り上げた。


「今こそ、本当の正義ってやつを見せてやるんだ、イリア! 正義は必ず勝つ! 絶対に諦めるな! 本官も警察官である以上、決して悪に屈しはしない!」


 警察官の男性が警察手帳の入った胸ポケットに手を添えながら叫んだ。


「女の子だって体を張って戦わなきゃならない時があるんだよっ! 今がその時だし、絶対に負けないで、イリアちゃん! 私もイリアちゃんみたいに自分の人生を一生懸命、戦っていくから!」


 ビジネスウーマンのような女性がイリアを激励するような声を上げた。


「だよね! 女の子だから負けてもしょうがないなんて絶対に思っちゃ駄目だよ、イリアちゃん! 私はイリアちゃんなら必ず勝って、みんなに輝くような未来を見せてあげられるって信じてるから!」


 快活な女子高生が眩しい太陽を見上げながら高らかに言った。


「その意見には同感だし、何がなんでも勝つんだ、イリア! そうすれば、お前はアイドルを飛び超えてこの町の英雄だ! みんなの夢と希望のシンボルだー!」


 オタク系の男性が丸めたアニメのポスターを叩いて小気味の良い音を鳴らした。


「思いはみんな一緒だ、イリア! だから、そんな化け物は打ち倒して僕たちのところに帰って来るんだ! 君は死ぬにはまだ早すぎる! その証拠に、こんなにも大勢の人たちが、君が笑顔で帰って来るのを待っているぞ!」


 不治の病と懸命に闘っている青年が車椅子に乗ったまま覇気のある声を響かせた。


「そうだ! この町の人間だけじゃない! 世界中のファンがお前が勝ってくれることを信じているんだ! だから、絶対に、絶対に負けるなぁぁぁぁぁぁーーーーーー!」


 原付バイクから降りたフリーター風の男性が大きく両腕を突き上げながら天にも届くような声を轟かせた。


 今や上八木市にいる人間のほとんどがイリアの戦う姿を見ていた。そして、それぞれのやり方でイリアに応援のメッセージを送っていた。


 それは大きな神気を生み出し、またそれは中央広場に残されていたモニュメントの力で更に増幅され、膨大な神気となってイリアの体に注ぎ込まれた。


 今のイリアはまさしく上八木市を代表する神そのものだった。


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