エピソード24 警察署での取り調べ
〈エピソード24 警察署での取り調べ〉
警察署内の取調室で刑事の本郷光国は勇也の事情聴取をしていた。取調室には冷たい緊張感が漂っている。
それはベテランの刑事の光国の胃すら締め上げていた。
上手くいけば、長年の宿敵だった羅刹組を叩き潰すことができる。その心の逸りが光国や他の刑事たちを強引な取り調べに駆り立てていた。
ちなみに、勇也が真っ先に光国の標的になったのは、やはり、銃刀法違反に引っかかる草薙の剣が原因だった。
光国は野外広場で組織同士の抗争が行われていたと思っていたので、武器らしい武器を持っていた勇也が一番、事情を聴かれる羽目になったのだ。
そんな勇也はもう二時間も取り調べ室で缶詰め状態になっている。
光国は何も知らないし、何もしていないという勇也の白々しい答弁にうんざりしていた。
自分はベテランの刑事だし、子供の嘘など簡単に見抜くことができる。だから、勇也が苦し紛れの嘘を吐いていることも分かっていた。
が、それでも真実というものはまるで見えてこない。
まさか、あの場で人知を超えた神のような存在が戦っていたなどという戯言を本気で信じろと?
光国は気分を入れ替えるために取調室を出ると署内にある自販機でブラックの缶コーヒーを買った。
こういう気分が落ち着かない時はコーヒーに限る。
光国が苦味のあるコーヒーを喉に流し込んでいると現在の光国の相棒になっているいつもの平刑事がやって来る。
「お疲れ様っす、本郷警部」
平刑事は光国に向かって労うように言うと、自分もコーヒーを飲みたいのか、自販機にお金を投入し始めた。
「他の連中の取り調べはどうなってる?」
光国はコーヒーを飲み干すとまるで猛禽のような目で平刑事を見た。
その視線に平刑事もビクッと体を震わせて、自販機に投入している小銭を落としそうになる。
それだけ、今の光国の機嫌の悪さが過不足なしに伝わっていたらしい。
「どうもこうもないですよ。連中は野外広場で戦っていたのは神様だとか言うんですよ。信じられますか?」
平刑事はお手上げと言わんばかりに肩を竦めた。
「信じられん。が、野外広場が人間業とは思えない程、滅茶苦茶に破壊されていたのは事実だ。もちろん、俺個人は神様の仕業などとは全く考えていないが」
特に地面の抉られ方などは、大型のブルドーザーでも使ったのでは、と思えるほどのものだった。
が、その場にブルドーザーなどはなかったし、それに代わるような重機の類もありはしなかった。
それだけに超常的な力などまるで信じていない光国でも一体、どんな魔法を使ったのだと頭を捻ってしまったし、それはあの場に駆け付けていた他の警察官も同じことだった。
「でも、それなら、連中が何かしらの武器を持ってなきゃおかしいですよね。なのに、あの場で武器らしいものを持っていたのは子供の柊勇也君だけでしょ?」
羅刹組の人間の何人かがナイフを所持していたが、罪に問えるようなものではない。だからこそ、どうにかして尻尾を掴めないかと光国や他の刑事たちも躍起になっていたのだ。
それが全く上手くいかないというのであれば、警察署全体がピリピリしたムードに包まれるのも止むを得なかった。
「ああ。連中は大きな武器も爆弾の類も全く持っていなかった。あれだけの破壊を古びた日本刀一本でやるというのは無理がある」
「何とも不思議な話ですねぇ」
平刑事がミルクと砂糖たっぷりのコーヒーを飲んでいると、群青色の立派な制服を着た警察官がやって来る。
警察官の顔には、ブラックのコーヒーを一気飲みしたような苦々しい色が広がっていた。
「本郷君、柊勇也君の身元引受人が来た。彼をすぐに釈放したまえ」
その言葉に光国は思わず目を剥いた。すぐには発せられた言葉の内容が頭の中に入らなかったくらいだ。
「課長、彼はまだ取り調べの最中です!」
光国は噴き上がる怒気を叩きつけるように言った。
そのかっとなった顔には冗談ではないと書き殴られている。が、光国と相対する警察官は折れない態度を見せる。
「だが、これは上からの命令なんだ。責任は私が取るからさっさと彼を開放したまえ。でないと、君が厳重注意を受けることになるぞ」
その言葉には脅しの響きが多分に含まれていた。
「ですが……」
奥歯をギシギシさせていた光国ではあるが、警察官の怯みのない目を見て血が上って熱くなっていた頭が急に冷えていくのを感じた。
「君の気持はよく分かる。たが、ここは大人になった方が良い。これはそういう案件なんだ」
その言葉を聞いて、光国は政治的、またはそれに近い類の圧力がかかっている一件なのだと理解する。
そんな圧力をかけられる人間に心当たりはなかったが、そういう人物が勇也の身近にいるのは間違いない。
でなければ、あの場にいて明確な凶器を持っていた勇也をこんなに早く釈放しなければならないことにはならないだろう。
なので、光国は背中に薄ら寒いものを感じながら、片意地を張るのを止めて素直に引き下がることにした。
「……分かりました。で、身元引受人というのは?」
それくらいは聞いておかないと腹の虫が収まらない。
「それがソフィア・アーガスとかいう外国人の女性なんだ。彼女が直談判に来たら、上の人たちは二つ返事で彼女の要求を呑んでしまったよ」
「そんな馬鹿な……」
光国にとってそれは異例の対応と言ってよかった。
普通なら、外国人の言葉などで、課長より上のクラスの人間が対応を変えることなどあり得ない。
いかなる影響力が働いたのかは分からないが、ただごとではないし、ソフィアとかいう女性はどこかの国の要人だろうか。
「とにかく、あれこれ詮索しないで柊君は一刻も早く釈放すること。あと、あの日本刀もちゃんと返してあげなさい、以上」
取り付く島もない会話の切り上げ方だし、上八木警察署の課長はそう一方的に言い残して光国の前から去って行く。
それを受け、光国はあれほど募らせていた怒りも苛立ちもすっかり忘れてしまっていたことに気付く。
隣にいた平刑事も事態が呑み込めないのか、呆けたような顔をしていた。
「一体、何がどうなっているんだ?」
光国は途方に暮れたように言うと、自分でも意識しない内に持っていたコーヒーの缶を強い握力で握り潰していた。




