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エピソード21 羅刹神との戦い

〈エピソード21 羅刹神との戦い〉


 その夜、町の郊外にある広々とした面積を誇る野外広場は幾つもの大型のライトの光で照らされていた。


 光の下には物々しい雰囲気を発する人間たちが群を成している。


 一つはいかにもチンピラのような恰好をした羅刹組の人間の集団で、もう一つは派手さを敢て抑えているような質素な服装をした禁欲的な人間の集団だった。


 二つの集団は距離を置いて対峙していたが、一触即発なのは誰の目にも明らかだったし、そんな緊迫した空気を漂わせる場所に勇也とイリアは来ていた。


 勇也は真理の探究者の信者が形成する集団の中に母親がいなくて安心した。


 もし、いたら見せたくもない姿を晒すことになるだろうし、そうなれば母親は大いに嘆くだろう。


 仮にエル・トーラーを倒したとしても母親が宗教から足を洗えるとはとても思えない。また別の解釈をして、真理の探究者の組織に依存するだけだ。


 一方、羅刹神とエル・トーラーはまだ実体化していなかったが、千里の眼鏡をかけた勇也の目にはその二人の神の姿がしっかりと映っている。


 羅刹神は二メートルを遥かに超える筋骨隆々とした巨体に鬼そのもののような顔をしていた。


 ただ、鬼の顔は日本風ではなく、他のアジアの国の像に見られるような独特の雰囲気を漂わせている。


 羅刹神はインドのラクシャーサという悪鬼が起源だと言われているので、その辺も影響しているのかもしれない。


 そんな羅刹神は鉄のようなものでできた人間にはどう足掻いても扱えない大きさの棍棒を手にしている。


 力自慢という言葉がぴったり合うような神だ。


 対する、エル・トーラーの方はというと、その体は滑らかな表面を見せる白い金属のような体をしていて、何とも近未来的なフォルムを見せていた。


 一応、人型に近い姿は取っているものの勇也の目には、まるで不格好なロボットのように映った。


 でも、新興宗教の神としてはお誂え向きな姿に思える。とにかく外面だけは壮麗に見せておけば問題ないという考えが透けて見えそうだったから。


 そんなエル・トーラーの機械のような手には武器ではない分厚い本が握られている。


 凶器とも言える棍棒を持つ羅刹神とは違い、エル・トーラーがどのような戦い方をするのかは今の時点では想像も付かなかった。


「よくもこの俺様の可愛い子分を焼き殺してくれたな、エル・トーラー。この落とし前はどう付けてくれるんだ?」


 その声と同時に羅刹神の巨体が実体化する。それを目の当たりにした人々は動揺するようにざわめいた。


 それでも、喚き散らしたり、恐慌状態に陥ったりする人間がいなかったのは、予め人知を超えた存在が現れることを熟知していたからだろう。


 実態を見せた神が持つ威容に耐えられるような人間だけが、この場に集まっているに違いない。

道理で精神的に病的な母親がいないわけだ。


「私は法に従って動いただけです。私に非は全くありません」


 そう機械的な言葉を返したエル・トーラーも実体化して、ロボットのような体を無重力の中にでもいるかのように宙に浮かせた。


 これにはエル・トーラーの側にいた人間たちが今にも平伏さんばかりの様子を見せる。


「ふざけるな! 俺様が率いる羅刹組はこの町を裏から支え続けた立役者だ。昨日、今日に現れたようなお前たちとは年季が違うんだよ」


 羅刹神は棍棒をブンブンと独楽のように振り回す。血気盛んな態度はやはり鬼らしい。


「神の組織の質は年月では推し量れません。重要視すべきは、どれだけ人々の心を掴んでいるかです」


 エル・トーラーは抑揚を欠いた声で機械製品のマニュアルのような言葉を紡ぐ。その声には底冷えするような透徹さが伴っていた。


 それを受け、エル・トーラーには人間性というものがないのかと勇也も問い質したくなった。


「まるで俺様が人間たちの心を掴めていないような言い草じゃねぇか。この偽神が」


 羅刹神は吐き捨てるように言った。


「そう聞こえたのであれば、それは揺るぎのない事実なのでしょう。少なくとも、私を信じる者たちは暴力には頼りません」


「暴力に頼らないだ? なら、何で俺様の子分を殺しやがったんだ!」


 羅刹神は激昂したように棍棒を振り上げた。


「復讐は神にのみ許された行為です。私の信者たちに敵対するような態度を取る者たちには容赦なく裁きの鉄槌を下します」


 エル・トーラーは血の通っていないような顔で僅かな罪悪感も見せずに言った。


「やっと本性を現しやがったな。結局、やっていることは俺様もお前も大差はないってわけだ。変な言い訳をしている分、お前の方が質が悪いぜ」


 羅刹神は大きく裂けた口で剛毅に笑った。


「それは見解の相違です。私は私が定めた法の範囲で、破壊の力を振るいます。そこに法に対する逸脱はありません」


「だとするなら、随分と都合の良い法を自分で作ってるってことだな。まあ、てめぇと幾ら意見を交わしたところで、平行線だっていうのは俺様にも分かるぜ」


 羅刹神は嘲笑うように言って、クックと喉を震わせた。


「では、どちらかが消えるまで戦うしかありません。あなたと相容れる法は私の教義の中にはありませんから」


 エル・トーラーの声に僅かに人間味のようなものが混じる。


 それは嫌悪の感情だ。


 どうやら、エル・トーラーも感情の全くないロボットというわけではなさそうだな。案外、簡単に化けの皮が剥がれそうだ。


「面白れぇ。お前が相手なら、この俺様も存分に力を振るえるってもんだ。その機械みたいな体はバラバラにしてやるぜ」


 羅刹神は棍棒を構えると喜悦を滲ませた顔で戦う姿勢を取る。エル・トーラーも徐に手にしていた本を開いた。


 やっぱり、話し合いで解決するような溝の深さではなかったかと勇也は嘆息する。


 まあ、最初から分かっていたことではあったので、別に感じ入るものはないが。


「交渉は決裂です。私もあなたに対しては容赦することなく破壊の力を振るいます。これは神の下す審判です」


 空高く浮かんだエル・トーラーの開いた本から眩い光が溢れ始める。今まさに神の力の顕現が起ころうとしていた。


 二人の神が話し合いの余地を完全になくし、臨戦態勢に入ったのを見て、勇也は様子見はここまでだなと思い、腰に下げている草薙の剣の柄を握る。


 イリアも手品のように掌にステッキを出現させて、躊躇なく前へと進み出た。


「待ってください、二人とも。これ以上、無益な争いをするなら、私たちが相手になりますよ」


 イリアの声はあまりにも緊張感に欠けていたし、彼女を見た人間たちもポカンとした顔をしていた。


「何だ、てめぇは?」


 水を差されたと思ったのか、羅刹神はギロッとした目でイリアを見る。普通の人間だったら、震え上がって動けなくなってしまうような迫力のある鬼神の眼光だ。


 だが、イリアがその視線に堪えたような様子はない。


「私はこの町の歌って踊れるご当地アイドル、上八木イリアです!」


 イリアは一歩も引くことなく、場違いな感じの明るい声で自己紹介をした。


「失せろ。女が間に入れるような生ぬるい戦いじゃねぇんだ。それでも、邪魔をするって言うなら、まずお前からこの棍棒の錆にするぞ」


 羅刹神はそう脅し付けると棍棒の先端をイリアの方に向ける。


 が、イリアは不敵な笑みを崩さず、羅刹神の生み出す凶悪な空気に呑まれるようなこともなかった。


「構いませんよ。私、あなたたちのような料簡の狭い神様には絶対に負けませんから」


 イリアには絶対の自信がある。その自信の源は勇也にも理解できていたので、慌てたりすることはない。


「死にてぇみたいだな。よーし、そこまで言うなら、まずお前から叩き潰してやるぜ。後で泣いて後悔しても知らねぇからな」


 羅刹神は嗜虐的な笑みを浮かべると、棍棒の先端を天に向かって掲げる。それから、巨体に似合わない目にも留まらぬ速さで跳躍すると、イリアに棍棒の一撃をお見舞いしようとした。


 が、羅刹神の棍棒はイリアの体に届く前に横から差し込まれるように伸びてきた剣に受け止められる。

 ガキンという金属がぶつかり合う擦過音とともに煌めくような火花が散った。


「お前の相手はこの俺だ!」


 そう猛勇の如き気合で叫んだのは剣を突き出している勇也だ。そこには羅刹神に対する恐れは微塵もなく、その表情は戦いに対する興奮に彩られていた。


「俺様の渾身の力を込めた一撃を受け止めやがっただと? てめぇ、ただのガキじゃねぇし一体、何者だ?」


 腕力には絶対の自信があったと思われる羅刹神は驚愕に目を剥きながら言った。


「名乗るほどのものじゃない。が、女の子を平気で傷つけるような暴漢はこの草薙の剣が許さないって言ってるんだよ。イリア、悔しいが俺の剣は空中には届かないし、エル・トーラーの相手を頼む」


 勇也は自分がやりたかったエル・トーラーを倒す役目を苦汁の気持ちでイリアに譲った。


「了解しました。あの不細工な機械は私がスクラップにしてあげますね。その代わり、ご主人様もこんな神様の風上にも置けない雑魚に負けてはいけませんよ」


 イリアは羅刹神を雑魚呼ばわりしたし、それを聞いていた羅刹神の方もこめかみに青筋を立てる。

そんな羅刹神の目は殺気を湛えて血走っていた。


「ああ」


 勇也は鷹揚に頷くと、体中に力が行き巡るのを感じながら隙のない動作で剣を構えた。


 対峙した勇也と羅刹神は言葉を交わすことなく、戦いのコングを静かに鳴らす。


 その瞬間、二人の敵意に満ちた視線が絡み合いながら激突した。


 先手を打つように動いた羅刹神は腕の筋肉を隆起させながら棍棒を振り上げ、勇也に猛烈な勢いで殴りかかってくる。


 並の人間であればこの一撃で決まりだろうが、今の勇也には普通の人間を超えた力がある。


 勇也はその勢いに押されることなく、強烈な棍棒の一撃を真っ向から剣で受け止めた。腕に骨の芯まで痺れるようなビリビリとした電流の如き刺激が駆け巡るが大したことではない。


 草薙の剣は勇也の体に自らの神気を流し込み、身体能力を著しく向上させていた。


 また巧みな剣技も授けていて、その上、どんな相手にも怯えることのない胆力も備えさせていた。

だからこそ、羅刹神ともこうして対等に向き合えている。


 とにかく、草薙の剣は武芸などには全く秀でていないと自覚している勇也にもやれると確信を持てるような力を与えていた。


「よくぞ、俺様の一撃を受け止めた。誉めてやりたいところだが、こんなのはまだ序の口だぞ」


 そう言うと、羅刹神は息も吐かせぬ瀑布のような連撃を勇也の体に叩き込む。強風が巻き起こり、それが勇也の髪を激しく舞い上がらせる。


 羅刹神の怒涛の如き攻撃は人間の力で防ぎきれるようなものではない。


 だが、勇也はその細腕からは考えられないような膂力で羅刹神の攻撃を正面から受けきって見せた。


 羅刹神は舌打ちすると更に大きく腕の筋肉を膨張させて、巨岩すら砕けそうな破壊力を持つ一撃を繰り出してくる。


 これは掠っただけでも体の肉を大量に抉り取られるだろう。


 それでも勇也は逃げることなく体を叱咤すると、その一撃をまともに受け止める。押し寄せてくる勢いの重さにグッと唸った。


 だが、幾ら体が軋みを見せようと力負けは全くしていないし、逆に腕の筋肉を撓めると羅刹神の棍棒を力強く上へと押し上げて見せた。

 それから、反撃とばかりに勇也はすかさず剣を鮮やかに一閃させると、羅刹神の逞しい胸板を横に向かって細いラインを引くように切り裂く。


 負わすことができた傷自体は浅かったが、パッと花のように鮮血が迸った。


 その血は勇也の顔にも付着するが気には留めない。


「ちっ、なかなかやるな。人間の小僧にしては大した力だ。だが、俺様の力はこんなものじゃないぞ!」


 羅刹神は持っている金属製の棍棒を溶岩でも塗りたくったように赤褐色に輝かせる。


 それを振り下ろして地面に叩きつけると、大きくて意志を持ったような炎の塊が勇也の方に飛来した。


 勇也は動じることなくその炎の塊を剣で二つに割って見せる。力をなくした炎は空中で千切れて霧散した。


 勇也の手にする草薙の剣の刀身は緑色に輝いている。その光は物体だけでなく神気で生み出された力も断ち切ることができるのだ。


 故に羅刹神の炎も切り裂けば無力化できる。


 そんな刀身を勇也が縦に振るうと、鮮烈な輝きを纏った光の刃が生まれ、それは羅刹神に向かって矢の如しスピードで飛んでいく。


 羅刹神は疾風の速さを持つ光の刃を紙一重のところでかわす。が、かわしきれずに頬から血の糸を滴らせた。


 顔から流れ出る血を見た羅刹神はたちまち逆上する。


「お、おのれ! この俺様の顔に傷をつけるとは、絶対に許さん!」


 羅刹神は自分の顔を傷つけられたことに声を震わせるほどの逆鱗ぶりを見せると、棍棒を変幻自在に振り回して大量の炎の塊を生み出す。


 そして、それを勇也目がけて弾幕のように放った。驟雨のように飛来する炎の塊をかい潜れる隙間はない。


 が、勇也は卓越した動きで炎の塊を連続で切り伏せ、その全てを宙に霧散させた。それは、まさに絶技と言うべきものだ。


 羅刹神は生半可な攻撃は通用しないと悟ったのか、より強く棍棒を輝かせるとまるで竜のような炎の渦を生み出して見せる。


 その灼熱の炎の渦は全てを貪るように地面をバリバリと削りながら勇也へと突き進んだ。


 勇也は迫りくる炎の渦に対し、先ほどよりも何倍も大きさを増した光の刃を放つ。炎の渦と光の刃は正面から激突して、大きなエネルギーを鬩ぎ合わせながら爆発した。


 大量の粉塵が巻き散らされるが、炎の渦は力なくバラバラに散らばったし無事に相殺できたらしい。


 羅刹神は粉塵が風に流れて消えて、そこから現れた傷一つない勇也を目にする。それから、自分の必殺とも言える攻撃が防ぎきられたことにプライドを傷つけられたのか、耳を劈くような怒号を上げた。


 と、同時に腕の筋肉を今まで以上に躍動させて見せると、羅刹神はありったけの力を込めたような強力無比な棍棒の一撃を勇也の顔面に叩き込む。


 その際、凄まじい烈風が巻き起こった。


 勇也はこの一撃は受けきるには危険だと判断し、軽いバックステップで羅刹神の繰り出した一撃をかわす。

 鼻先ギリギリを羅刹神の棍棒が掠めた。


 羅刹神は攻撃の手を緩めることなく追撃するように地面を蹴ると棍棒の先端による狂濤の如き連打を勇也にお見舞いする。


 が、勇也の方も獅子奮迅の如き力を込めて、羅刹神の攻撃を神業を見せるように全て捌ききった。

それから、力強い踏み込みとともに剣を何度も振って光の刃を羅刹神に向かって乱舞させる。


 羅刹神は目まぐるしく飛来する光の刃を避けきれずに肩や脇腹などに浅からぬ裂傷を負った。


「……な、何なんだ、お前は? どうして、人間のくせに神である俺様とこんなにも渡り合えるんだ?」


 羅刹神は大きな動揺を隠しきれないといった感じで零す。それを聞いた勇也は草薙の剣から伝わってくる盤石な力を感じながら笑う。


「答えは簡単だ。それはお前が挨拶回りをする対象にならないほどの神気しか持ち合わせていないからだよ」


 羅刹神は勇也の不敵な言葉の意味を噛み砕くような顔をして見せる。が、明確な答えは出なかったようで、悔しそうに歯ぎしりをした。


「な、何だと! それは一体どういう意味だ?」


 羅刹神は困惑の度合いを強めたような顔で勇也に問いかけた。


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