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エピソード20 苦い思い

〈エピソード20 苦い思い〉


 二十八歳の会社員の男性が「そこらのコンビニのPRまでするなんて、イリアは市民派なんだな」と感心する。


 十九歳の男子大学生が「イリアがPRをすれば、例え普通のコンビニでも特別に見える。まさにマジックだ」と言いながら大学の食堂で昼食のカレーを食べる。


 秋葉原の町をこよなく愛するオタクの男性が「でも、コンビニの後ろに見えるでっかい建物はなんだろう。ちょっと宗教的な臭いがするし」と真理の探究者の会館に注目する。


 高校中退の虐められニートの少年が「俺もたまには家から出るかな。コンビニくらいならさすがの俺だって行けるぜ」と引きこもり気味の生活を変えようとする。


 小学生の少年が「僕もコンビニに行ってアイスを買ってこようかな。今日は凄く暑いし」と夏の暑さを実感しながら小銭を持つ。


 ファミレスで働いているアルバイターの男性が「コンビニだけじゃなくて、ファミレスのPRもやってくれ。特にウチの系列の」とギラギラした要望をする。


 アイドルの追っかけフリーターの男性が「イリアちゃんって、ホントどんな場所のPRでも楽しそうにやるよな。ご当地アイドルの鏡だよ」とイリアを改めて見直したような顔をする。


 メイド喫茶で店長を務めている男性が「こんな暑い日でもメイド服を着てるなんて、イリアはやっぱり、ウチの店で働くべき人間だ」と言って、オタクのような客で溢れかえっている店内を一瞥する。


 いつもは普通の女子中学生でたまにコスプレイヤーに変身する少女が「私ももう少し大きくなったらご当地アイドルをやってみようかな。別に事務所とかに入らなくてもアイドルはできる時代だし」と心の中で夢のようなものを膨らませる。


                   ☆★☆


 勇也とイリアはPRを終えたコンビニで昼食を買うと、それを道端で食べていた。


 真夏の太陽の光は容赦なく二人の体を照らし続けたが、勇也とは違いイリアの肌が焼ける様子は一向にない。


 こういう部分一つ見ても、やはりイリアは人間離れしている。


 そこがまた羨ましいのだが、神様になりたいのかと聞かれれば勇也も首を傾げるしかないだろう。


 イリアは元々、銅像だったわけだし、他の神たちも本来なら人間のような高度な知性を持つような存在ではなかった。


 それだけに、取るに足らないものから始めて神になるというプロセスを自分が歩みたいかと問われれば、ノーと答えるしかないだろう。


 つまるところ、それは元々、人間だった自分に路傍の石ころから人生を初めよと言っているようなものだから。


 まあ、そんなイリアでも喉は普通に渇くらしい。イリアはコンビニだと大分、値段が高くなるペットボトルの烏龍茶を要求してきたし。


 なので、勇也もいつものような狭隘さは見せずに買ってやった。神を相手に奮戦してくれるなら、これくらいの出費で目くじらを立てたりはしない。


「ご主人様は真理の探究者だけでなく、宗教そのものが嫌いだったんですね。あんなに荒々しい感情を露にしたご主人様を見たのは初めてですし、少しびっくりしました」


 そう言って、イリアはペットボトルの烏龍茶をグビグビと喉に流し込む。


 ずっと、その話題を切り出したくてたまらなかったのだろう。でも、勇也の心中を慮って我慢していたようだ。


 まあ、コンビニのPRはしっかりとやってくれたし、イリアのその気持ちには応えねばなるまい。


 そう思った勇也は太陽の光を受ける目を眩しそうに細めながら、まるで一気に老け込んだような溜息を吐く。


「だよな。何だか、らしくないところを見せちまったし、びっくりさせて悪かったよ……」


 そう言うと、勇也は恥じ入るような顔をして下を向く。


 強がれるような心の余裕はまだない。


 それが恥ずかしさをより一層、浮き立つものにしているし、やはり、感情的になる自分は似合わないということなのだろう。


 それもそのはず、あんな激情が自分の口から迸ったことを自分で驚いているくらいだから。


「いえいえ。そういう態度を取ってしまうことは誰にでもありますって。でも、宗教が嫌いなら、何で神社とかのPRはあんなに積極的だったんですか?」


 イリアの疑問は当然だと言える。


 全ては金のためだと割り切っているような現金な態度でのPRの仕方ではなかったからだ。


 その姿勢はイリアにも、ちゃんと伝わっていたらしい。


「屁理屈かもしれないが、神社は宗教というよりはこの国の文化だ。宗教と名の付くものを何でも十把一絡げに考えるほど、俺はもう子供じゃない」


 勇也は味も素っ気もなく感じられるコンビニのおにぎりを頬張りながら苦々しく言った。


「そうですか。でも、ご主人様は宗教は嫌いでも、神様を嫌っているわけではないんですよね?」


「ああ。神気、云々の話を聞くまでは、神は人間によって生み出されたものではないと考えていたからな」


 勇也は自らの持論を口にしながら言葉を続ける。


「でも、宗教は間違いなく人間の手によって作られたものだ。だから、そこには必ず夾雑物のような邪念が混じる。その邪念が人の心を危うい方向に惑わすんだ」


「なるほど」


 イリアはそんなものか、とでも言いたそうな顔で水滴の浮かぶペットボトルを空にした。


「宗教は時として様々な問題を起こすが、そこに神自身の罪がないことが多いのはちゃんと理解しているつもりだ」


 それでも、神に対して全く怒りを感じないわけではない。


 でも、苦しい時の神頼みすらしない自分がどうして助けてくれなかったと神に怒りをぶつけるのは筋違いのように思えてならない。


 やはり、良いことも悪いことも、神様を引き合いに出して考えては駄目だ。それでは人間としての成長は見込めない。


「そうですか。ご主人様が聡いお方で本当に良かったです」


 イリアは満開の桜を見た時のような笑みを浮かべた。


 それを見て、勇也は決まり悪そうにボリボリと頭を掻きながら、頬張ったおにぎりを咀嚼して胃の中に押し込んだ。


 すると、空腹感が和らぎ、自然と口の方も軽くなってくる。


「聡いか……。まあ、宗教のことでは本当に色々あったからな。だから、嫌な現実もたくさん見ちまったよ」


 勇也は複雑な感情を持て余しながら言った。


「それはお母さんのことですか?」


 イリアの綺麗な瞳が憂いに沈む。


 それを受け、勇也はこれ以上、イリアに不釣り合いな気を遣わせるわけにはいかないと思い、声に籠る感情を強める。


「ああ。家族よりも宗教を優先するなんて今でも納得できていないんだ。だから、時々、畜生って思う」


 勇也は心に秘めていた苦い気持ちを過去を見詰めているような目で語る。


「俺や父さんの愛は、あんなおかしな宗教に負けたのか、って思うと悔しくて、悔しくて泣きたくなる時があるんだ」


 数年が経った今でも、やり場のない怒りが沸々と込み上げてくる時があるのだ。


 そういう気持ちとはまだ折り合いをつけられていないし、時々ではあるが、昔を思い出して涙することさえある。


「ホント女々しいよな。いつもは偉そうなことばかり言ってるくせに、自分の家族のことになるとてんで駄目だ」


 勇也は真冬の湖のような凍えた声で言うと、無理やり笑みを形作った。でも、その笑みはすぐに崩れてしまう。


 やはり、母親のことに関する心の傷は大きい。


 とはいえ、その心の傷は時間が癒してくれるに違いない。心にとっては時間こそが特効薬だという言葉もあるし。


 それに、心の傷が消える頃には自分も精神的に成熟した大人になっていることだろう。そうなれば、どんなに大きな心の傷だって必ず乗り越えられる。


 イリアは心の内を打ち明けた勇也を見て、目を伏せながら優しげに口を開く。


「そんなことはありませんよ。やっぱり、人間、家族の絆が一番大事ですよ。私には家族がいないから、あまり大きなことは言えませんけど」


 イリアは勇也の肩にそっと愛撫するように触れながら言った。


「なら、もし家族ができた時には、思いっきりその家族を大切にしてやってくれ。そうすれば、俺も生みの親として、お前を誇りに思える」


 勇也は何の問題もなかった頃の家族との暮らしを思い浮かべつつ、後顧の憂いを吹っ切るように笑った。


「はい。でも、私とご主人様はもう家族かもしれませんよ? 後は子供さえ作れば完璧ですし、ご主人様も私とエッチしましょう」


 イリアは頬を赤らめながら、とんでもないことを口にした。


「き、気持ちの悪いことを言うな!」


 勇也はゴホゴホと咳き込みながら金切り声で叫ぶ。


 イリアにはいつまでも綺麗なままでいて欲しいと思っていたので、彼女が男とあれこれしているところなど想像するだけで拒否反応が起きてしまった。


 この程度のことで平常心を失ってしまうところが子供の証拠なんだよな。


 ひょっとしたら、一見すると奇天烈に見えるイリアの方が自分よりもよっぽど大人をしているのかも。


「気持ちが悪いなんて、酷いこと言うんですね、ご主人様は。そんな風に意地を張って自分を慰めている内は、いつまで経っても彼女はできませんよ」


 イリアは聞くに堪えないような卑猥なことを指を立てて説教をするように言ったし、イリアにこんな言葉を吐き出させるようでは自分も立つ瀬がない。


 やはり、イリアに心の主導権を握らせないためには、心をもっとどっしりと持たなければ。


 じゃないと、尻に敷かれるような関係にもなりかねない。


「余計なお世話だ! お前に言われなくたって、彼女くらい誰の力も借りずに作ってやるさ。少なくとも、そこに神様の入り込む余地はない」


 勇也がそう語気を強めながらなけなしのプライドを叩きつけるように言うと、イリアもどこか力が抜けたような微笑をする。


「……そうですか。もし、私が普通の人間だったら、ご主人様からの好意ももっと受けられたかもしれませんね。残念です……」


 イリアの声は実に寂しげだったし、それを聞いた勇也は男としての正念場だなと思いながら口を開く。


「ばーか。俺はお前が神様でも好きになる時は素直に好きになるって。俺の甲斐性を甘く見るな」


 勇也は意識せずに陽光を浴びて白く輝いている歯を見せながらニカッと笑う。歯にはおにぎりの海苔が付いていたが気付く者はいない。


「本当ですか? なら、私がご主人様の恋人になれるチャンスもあるってことですね! 俄然、燃えてきましたよ!」


 イリアの瞳が宝石のダイアモンドのような凝縮した光を見せた。


「……あ、ああ」


 勇也は自分が後には退けないような恥ずかしいことを言ってしまったことに遅れ馳せながら気付き、声をどもらせる。


 自分で自分の心を辱めてしまうとは、やっぱり、自分はまだまだ未熟な子供だな。でも、今はそれでも構わない。


 良い歳をした大人のように達観するのは早すぎる気がするし。なら、子供でいられる時間はできるだけ大切にした方が良い。


 大人になればなったで、また違った苦しみが待っているだろうから。


 その後、二人は自然と言葉を発することができなくなり、気まずさとは違った空気の中で昼食を食べ終えた。


                  ☆★☆


「こんにちは、ヴァンルフトです。聞くところによると現在の上八木市は物騒なことになっているようですね」


 ヴァンルフトさんの言葉に勇也はギクリとしてしまった。彼もまさか神様が事件の犯人だとは思っていないだろう。


「常軌を逸したやり方で殺された人たちがいるみたいですし、犯人はまだ分かりませんが、早く捕まって欲しいと願うばかりです」


 その犯人をこれからどうにかしようと思っているのが自分たちなのだ。知らぬは仏とはこのことだな。


「あと、上八木市の町を練り歩いて分かったことなんですが、この町は随分と外国の宗教団体の建物が多いですね」


 さすがにヴァンルフトさんもそのことには着目していたか。のんびりしているようで、意外と洞察力があるのがヴァンルフトさんだし。


「神社や寺などは、町の景観に溶け込んでいますが、外国の宗教団体の建物は完全に浮いてしまっています」


 それは自分も常々、声を大にして言いたいと思っていたことだ。ヴァンルフトさんが代わりに言ってくれたので、気持ちがスカッとした。


「建物を建てる時は町との調和をしっかりと考えて欲しいものですね。でないと、上八木市の良き風情が失われてしまいます」


 ヴァンルフトさんのような人がたくさんいれば、景観にそぐわない建物が建てられるのは防ぐことができたかもな。


 まあ、本物の神様がバックに控えているのでは、それも無理な話だったろうが。


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