3. 初現地人遭遇
この世界にやって来て3度目の朝がやってきた。少し慣れたのかシャワーのおかげか目覚めはすっきりとしている。PCからラジオ体操を流し軽い運動をした後、ちゃちゃっと朝食を済ませる。この食事も少しだけ飽きてきた。せめてちょっと味でも変えないと厳しいかもしれない。
さて、今日はここから移動をするつもりだがどっちへ向かってみようか。それを考えるためにもこの衝立をどかさないと周りが見えないから決められない。
「まずはしまうか」
マウスはズボンのポケットに入れて他を順番にインベントリへとしまっていく。もちろん遮断していた音はONにしておく。忘れていると町についたときとかに会話が出来ないからね。PC、キーボード、PCデスク、衝立、そして最後にマットだ。相変わらず周辺に血の跡があり、魔石が転がっていた。あれから2日たったが思ったよりも魔石は落ちていない。あれかな衝立で俺の姿を隠したからあいつらはあきらめてすぐどこかに行って、他の生き物たちともめることがすくなかったとか? まあいいや。拾えるだけ魔石を拾っておこう。どこで売るのか知らないけどこの世界の貴重な資金になる。
「こんなところかな?」
魔石をあらかた拾った。相変わらず風と土の魔石しかなかった。きっと何か理由があるに違いない。別にどうでもいいが。
視界の端にパソコンを高いところから落として出来たクレーターが入る。こうやって明るい時に見るとほんとすごい威力だよな。あーなるほどね…もし魔物が集まりすぎちゃったらPCをぶつけようか。重いしある程度の高さから落とせば当てることが出来なくても怖がっていなくなってくれるかもしれないし。
「ちょっと子供がいるわよ!」
「うそ迷子か何か??」
ドキリとした。人の声だ。ちゃんと理解できる言葉なのはありがたかったが、心の準備もまだのままこんなところで遭遇するとは思わなかった。少しするとその姿が見えてくる。女の人が2人だ。
「ねえ君こんなとこで何してるの。危ないわよ?」
「数日前この森に何か落ちたらしいし…って、何その穴! もしかして…」
2人は顔を見合わすと頷きあい1人は穴の方へ、もう一人は俺の方へと向かってきた。
「ちょーっとそこの穴調べるから大人しくしていられるかな~? その後お姉さんたちが町へと送ってあげるからね」
そう言いながらこのお姉さんは俺に近づきすぎて見えない壁にぶつかったかのように顔がつぶれた。これはあれだ…わかっていたけど笑ってはいけないやつだ。
「ちょっとカナ何遊んでるのよっ 早くその子を保護して」
「遊んでないよ! どうしてもここから先へ進めないのよっ」
カナと呼ばれた人は見えない壁を叩いている。
「もう…私が変わるからあんたはこっちお願い」
もう1人のお姉さんがカナって呼ばれた人と変わって俺の方へくる。ちょっとしたいたずら心が芽生え数歩前へと進む。すると見事に壁にぶつかり顔がつぶれて豚鼻になった。
「お、お姉さんたち…誰?」
笑いをこらえてそれだけを言うのが精いっぱいだった。
お姉さんたちは俺に近づけないことに気がつくと大人しくそこに座っていなさいと言って2人でクレーターの中へと降りていった。よくわからんがこの2人が町へと連れて行ってくれるらしい。だったら待っているのが正解というもの。安定した稼ぎを得るのなら町に行くのが一番早い。働けるかはまた別問題だが。そうだ早く名前を決めないといつ聞かれるかわからない。
「うーん…特に何もないわね」
「一体何が落ちたのかしら」
名前が決まらないままクレーターの中からお姉さんたちが出てきた。会話の感じからするとそこのクレーターに落ちてきたものが何なのかを調べに来た様子。残念ながら落ちてきたものの破片なんてひとかけらだって落ちているはずがない。穴をあけた本人が言うんだから間違いない。いや、教えないけどね。ちょっとだけ罪悪感を感じた。
「わからないなら仕方がないわね。待たせたわねえーと…私はローズ」
「カナよ」
早速来た!! これは俺の名前を言えと言うことだ…っ
「お…僕は……えーと…」
やばい名前を考えるのって難しい! それに僕って何!? 柄じゃないだろうがっ 中々名前を言い出せなくて視線をさまよわせ挙動不審な俺。
「あーじゃあ家はどこなのかな?」
「……ない」
残念ながらこの世界に俺の家はない。というかそもそも親だっていないが。
「家も知らないのか。それは困ったな」
「ローズ仕方ないからひとまずギルドへ連れて行こう」
「そうだな報告もいるし。というわけでついてきて欲しいんだが…なんというかこの壁どうにかならないか??」
そう言ってローズと名乗った茶髪ポニーテールのお姉さんがコンコンと壁を叩く。さらにカナと名乗ったピンクブロンドの髪の毛を肩まで垂らしているお姉さんが壁をぺたぺたと触る。どうにか…どうにかねぇ…俺が許可すれば普通に触れられるようになるが、その許可をどこまでするかを考えなおせばいいのか?? 例えば俺に悪意を向けたものははじかれるみたいな…どうなんだ出来るか? ポケットに手を入れマウスを握りしめる。
「あ、壁がなくなった。どうやら何とか出来たみたいだね~」
よかったこれなら不自然に距離が開くことが無くなる。近づいてきた人が悪意を向けてきたらはじかれるだけだ。まあ初めから何かしようとしていたら早いうちから壁が出来て近づけないのは同じだけども。どのみち魔物とかは全排除だな。
「ここにもう用事はないし町へ向かおう」
「町は近い?」
「えっとねここから町につくまでに1回だけ夜を過ごさないといけないくらいのところにあるかな」
それほど近くなかったか…1人だったらわからなくて何日この森ですごすことになったかわからんな。この2人には感謝しなければ。いや待てよ…もとはと言えば俺がクレーターを作ったからこいつら来たわけで、つまり俺グッジョブ。
2人に連れられ町へと向かうことになった。まだ明るいこともあり魔物…俺が1人でいたことにただの動物か何かだと思っていたやつらはたまーに現れる程度。相手が弱いのかこの2人が強いのかわからないけどサクサクと倒して進んでいく。ただ気になるのは倒した魔物の胸を切り開いて何かをしているのをよく見る。魔物の種類によっては毛皮や牙なども持ち帰るようだ。つまり何が言いたいかというと、あまり移動をしていない。ちらりと裏を振り返るとまだクレーターがあるところがちらちらと見えるレベル。もちろん町へと連れていってもらう立場なので? 文句はいわないけどさ…
「よし、ここらで少し休憩にしようか」
少しだけ開けた場所で足を止めることになった。流石にもうクレーターの場所は見えなくなった。2人は腰にあるポーチから筒状のものを取り出し口を付ける。
「ああそうだ君の分がないんだけど…口を付けたものでよければ飲む?」
「それは何?」
「ん? ただの水だよ」
ああなるほど水分補給か。この世界の水か…興味があると言えばある。あれだ別にお姉さんが口を付けたものが欲しいわけじゃない。
「じゃあいただきま…」
手を伸ばして筒に触れる直前バチンッとはじかれるように俺から筒が遠ざかる。もちろんそれはくるくると回転し地面へと落ちた。筒の中から水がこぼれだしている。
「な…え?」
「???」
なんだ? 何が起こったんだ。俺はしゃがんで地面に落ちた筒へと手を伸ばす。すると筒はまるで俺から逃げるかのように地面へとめり込んだ。まるで俺と筒の間に壁があるかのように…
「あ、そっか。お姉さんその水お…僕には毒みたいです」
「毒!? いやだって今私飲んだよ?」
「いつこの入れ物に入れた水なんですか?」
「えーと確かここに向かう前だから3日前かな?」
やっぱりね。3日前に詰めて口を付けたりする容器のまま、中が冷えているかどうかはわからないけど温度によっては雑菌の繁殖がやばそうだ。人によってはお腹を壊してしまう。つまりこの世界はその辺の管理が緩い。お腹を壊してもその水のせいとは気がつかない、もしくはみんなそこまでやわじゃない。
「すみません、お…僕にはその水は無理みたいです」
「ああわかった! あの壁ってそういう魔法なのね。そして今も条件を変えて継続中?」
「そんなところです。害のあるものははじかれます」
どうやらカナさんは魔法と解釈したようだ。まあ実際魔法のかかった道具みたいなもんだし、間違ってはいないはず。
「服も綺麗だし一体どこのボンボンなのかしらねこの子は」
「そんなことより、水だめにしてごめんなさい」
「まだあるから大丈夫だよ。だけど…やっぱりこっちも毒なのかな? ちょっとこうして」
新たに取り出した筒を手に持ったローズさんが俺に手でおわんの形を作れと言ってきた。言われるまま形を作ると筒を傾け手の中へと水を注いだ。まあ…筒から出た途端水ははじかれローザさんがその水を被ったんだけども。
「こっちもだめか~」
顔から水を滴らせながらローズさんが残念そうにした。そんなことはいいとして俺は気になったことがある。筒状の水入れなんだけど、それってどう見てもポーチに入る長さをしていない。しかも普通に2本目を取り出したことを見るとただのポーチではなさそうだ。
「あの~ その鞄たくさん入るんですね」
「ん? ああ、マジックバックだからね。まあ見た目の3倍くらいしかはいらないけど」
「マジックバック?」
「アイテムBOXが付与されている鞄ね」
へ~ 付与ね。そういった物もあるんだね。
「それにしても困ったね。まだすぐに町に行けないのに水が飲めないなんて」
「近くに川もないからね~」
うーん…どうするかな。俺は水持ってるけど、あの形状で取り出してしまっていいものか。まあ隠さないとだめだと言われてないし問題ないのかな~ というかそもそも俺は何のためにこの世界にやってきたのかも知らん。よし、深く考えるのはやめよう。折角だからやりたいことをやりたいようにやってしまおう。
「よかったらこれどうぞ」
2Lの水のペットボトルを2本地面に立てておいた。町に行くまでだしひとまず1人1本あれば足りるだろう。
「君が触れるってことは毒じゃないんだろうけどこれは?」
「水です」
「見たことない形状だね。だから最初私達の水がわからなかったんだ。これが水だって言われないと私だってわからないし」
「色んな入れ物があるからね~ でもこれは初めて見るかも」
どうやらわりと都合のいいようにとらえてくれたみたいだ。
水分補給をすると再び歩き出した。昼に食事をとるという考えはないのか若干お腹が空いてきたけど止まらず進んでいく。相変わらずたまに遭遇する魔物を処理するので時間も結構かかる。
「今日はここで野営をしようか」
空が薄っすらと赤くなり始めたころローズさんがそういって足を止めた。野営か~ 野営もどんな感じなんだろうか? 2人は腰にポーチと背中にリュックをしょっている。ポーチは筒を取り出し、俺が渡したペットボトルをしまっていたことからすぐに使うものや小さいものが入れてあると思われる。ポーチのサイズの3倍の容量だと言っていたしね。背中のリュックには魔物から回収した物を入れてあるようだ。何が言いたいかというと、野営の道具はどこにあるんだということ。リュックはマジックバックではなさそうなんだよね~ 物の出し入れで形状が変化しているからさ。
「じゃあ私は枝を拾ってくるからそっちはお願いね」
「わかったわ」
ローザさんが枝を拾いに向かいカナさんがここで野営の準備をするようだ。俺は大人しくカナさんの邪魔にならないようにその様子を眺めている。
「そうだ君、ここらの大き目な石を集めてくれるかい?」
「石? えーと…このくらいのかな??」
「うんうん、それよりももうちょっと大きくても小さくてもいいよ」
「わかりました」
何に使うんだろう。とりあえず集めろっていうし、適当に拾って一箇所に集めておこう。俺が石を集めている間にカナさんは周辺に何かを設置をしているみたいだ。
「うん、そのくらいあればいいよ~」
何かを設置し終えたカナさんは俺の所へやって来て集めた石を円を描くように並べ始めた。中央が開いていてその周辺に石が並んでいる感じ。それが終わると立ち上がり周囲にある枯草を拾って円の中央あたりに敷き詰めた。なるほどね。後はこの上に枝を並べて火をつけるのか。
「そういえばさっき周りに並べていたものはなんですか?」
「ん~? あーあれは結界石だよ。あーやって囲むとこの中に魔物は入れなくなるんだよね~ まあ効果がない相手もいるんだけど…そんな魔物は森の奥へ行かないといないしね」
結界石ね。便利なんだか便利じゃないんだか微妙だけど、ないよりはいい物ってところかな。少しするとローズさんが戻って来た。予想通り拾ってきた枝を枯葉の上に組み上げた。
どうやって火をつけるのだろうかと俺はじっと次の作業を眺める。ポーチからカナさんが赤い破片のようなものを取り出した。どこかで見たことがあるような形状をしている。その赤い破片を手のひらに乗せるとカナさんはこういうのだった。
「ファイア」
手のひらから数センチほどの高さに火の塊が現れる。魔法だ…これが俺の初めて見る魔法だった。
魔法で焚火に火をつけた後2人は干し肉を取り出して火であぶり出した。どうやらそれが食事らしい。まあ持ち歩けるレベルの食べ物になるとそんなもんなんだろう。多少お腹は空くけど、一応エネルギーにはなるし、塩分もしっかりとある。となると自分としてはいまいちおいしいと思えないパンとはいえ、こんなところで取り出して食べるのはちょっと気が引ける。
「ほらちょっとは柔らかくなったよ」
ローザさんがあぶっていた干し肉を俺に差し出した。どうやら俺にくれるらしい。だけど…
「…またはじかれないかな?」
「うーん…ちゃんと乾かしたものだし大丈夫だと思うけど」
俺はゆっくりと手を伸ばす。干し肉は俺の手に無事に収まった。どうやら食べられるらしい。
「ほらね?」
「ありがとう」
お礼を言って早速干し肉を口に運んだ。なんというか…かなりしょっぱいな。匂いはしない…あ。そうだ匂いは許可していないままだ。だから口に入れた干し肉の味はわかったけど、嗅いだ匂いはわからないんだ。匂いもONにすると焚火からの煙の臭いが鼻に届いた。多少生木が混ざっていたのか煙が多い気がする。そして干し肉は匂いだけはジャーキーみたいだった。
「そうだ、パンどうぞ」
干し肉を貰ったお礼に俺はパンを取り出した。
食事を終えた後はやることが無いので寝ることになった。まあ寝るのは俺だけらしいが。ちなみにパンを渡したら微妙な顔をしていたんだけど何だったんだろうか。水を渡したときはこっちを見ていなかったし、俺が突然どこからともなくパンをだしたらか警戒されたのかな。まあそれもあってちょっとだけ行動を自重することに。マットを出して寝たかったがそれをやめそのまま横になった。
インベントリにこの間注文したヘッドフォンが届いたのに気がつき目を覚ます。気にしなければいいのにどうやらこの違和感は俺には我慢出来ないらしい。今後も日付がわかる辺りでたびたび起こされそうだな。
「ん?」
そしてさらに気がつく…妙に俺の体が揺れていることに。ゆっくりと目を覚ますとカナさんに肩に担がれて俺は運ばれているところだった。どういう状況だこれ。そして匂いを遮断していなかったせいでカナさんの匂いが鼻に…女の人がいい匂いがするって言うのは幻想らしい。まあ数日森にいるんだ汗臭くない方がおかしいか。用がないときは匂いは遮断しよう。
「あ、おきたっ ごめんちょっと今…わ!」
「カナ! 速度落ちてるっ」
「ごめ…っ」
ローズさんがカナさんの背中を叩いた。もうちょっとで俺も一緒に叩かれるところだったのでローズさんの方に顔を向けると…
「何あれ…」
「オーガ!!」
2人の身長より1.5倍はありそうな頭に角を生やした生き物が俺たちを追いかけていた。