1. 持って行けるのは一つだけ
それは見たことがあるわけではないがまるで隕石が落ちてきているかのようだった。目に見えるようになったそれは、周囲に熱を帯びているのか気のせいでなければちらほらと火が付いているように見えた。小さかったそれもだんだんと大きく見え何やら音が耳に届く。そのころには周辺にいた生き物が騒ぎ出し、飛べるのもは飛んで逃げ出した。
「…なんであんなとこから?」
「いや、どうせならどのくらい耐えられるのか知りたかったし?」
「…あほなの?」
「ん、もしかして落ちた時の衝撃のことを言っているんだったらあれだぞ。ついでにこっちの耐久テストも兼ねてるからな」
そう言いながら俺は足元を指で示した。
遡ること数時間前。何の前触れもなく俺は全く知らない場所に1人でポツンと立っていた。殺風景な部屋みたいなところで壁などで仕切られているのに家具のようなものは何もなく、空気の流れが無いのか特に気になる匂いもしない。
「どこだここ…ってかいつの間にこんなとこに?」
確か俺は…俺は?? いきなりこんなとこにいることに混乱しているのが原因なのか、自分が誰なのか、ここに来る前何をしていたのかが思い出せなかった。だけど不思議なことにたいして不安も感じないし日本人であったことや一般的な常識などの知識はあるという矛盾…いったいこれは…
「めんどくさ…わからんならもうそれでいいでしょ」
「え、誰?」
さっきまで誰もいなかったこの部屋。それがいきなりちょっと俺が考え事をして周りがよく見えていなかった間に、目の前に寝転んでいる女の人が現れていた。けだるそうに欠伸をしながらどうでもよさそうにそのまま今にも眠ってしまいそうにしている。
「あ~なに、説明いる?」
よっこらしょっと今にも言い出しそうな動きで体を起こすとじっと俺の方へと視線を向ける。結構な美人さんだと思うが、横になっていたせいで頬にセミロングの金髪が押し付けられた跡がついていてちょっと残念。
「何その顔。文句があるなら説明しないけど」
「…説明してくれるのか?」
今のこの状況がどうなっているのかわかることなら知りたいと思うのは普通のことだろう。自分のこともわからないのに不安にも思わないのも気になるところだ。
「ここは隙間の世界」
「隙間?」
「そう世界と世界の隙間。そしてあんたは今から別の世界へ行く」
おかしいな。余計に説明をして欲しいことが増えた気がする。もうちょっとこう…どうして俺がここにいるのかとかわかるのかと思ったんだが…って、女の人は再び体を横にし始めたんだけど…
「あれ、説明は?」
「え、終わりだけど」
「…いや、俺の名前とか…どうしてここに来たとか…あんたが誰なのかも知らないし…なんで別の世界に行くのかとかあるんじゃ?」
「めんどくさ…あんたの名前は本人が覚えてないなら何でもいいんじゃない? ここに来た理由は言う必要もなし。私は…まあ管理者的な? あーあれよ、神?? 別の世界へ行く理由は知らなくても問題ないわ…これでいい?」
結局教えてくれたのはこの女の人が神だってことだけ。まあ確かに知らなくても困らないんだろうけど…ああそうだ、これだけは聞いておかないと。
「元の世界に戻れたりは?」
「無理」
ですよね~ と思いつつもあまり落胆してない当たり自分のことがよくわからない。
「あ、でも世界が違うってことは常識が違ってくるんじゃ? 日本の常識で通用するのかな??」
「言われてみればそうね…なら、1つだけ好きな物を持っていっていいわよ。心強いでしょう?」
「1つだけ…」
「そう、よくあるのがスマホとかタブレットかしら。それらを使うためのスキルもついでにあげるから」
なるほど! 確かに違う世界でも同じようにスマホやタブレットが使えれば便利だし、そのためのスキルもあるのなら問題はないだろう。だけどもうちょっと考えてみようか…本当にそれでいいのかどうか。別の世界がどんなところか知らないが、最低限衣食住が安定しないと話にならない。
「まだ聞いてなかったけど俺が行く世界はどんなところなんだ?」
「そうね…あんたが知っている言葉1つで言うのなら…ファンタジー、かしら」
「剣や魔法が飛び交い魔物がいるってところか…」
「そんなとこね」
必要なものは衣食住じゃないな…食と安全をとったほうがよさそうだ。となるとスマホやタブレットじゃ心もとない…どうせならもっといろいろ出来るものがいる。
「…パソコンセットとか?」
「パソコン…セット??」
「あ、ちょっと待ってもうちょっと考えをまとめるから」
「ふむ」
しっかりと考えがまとまらないうちに口から零れてしまった。そうスマホやタブレットがあれば多分通販が出来るのだろう。だが問題はその通販で購入した例えば家電とか、それらが使えるとは思えないわけだ。魔法がある世界ということは電気がない可能性がある。もちろんあるなら問題はないんだろうけど、あくまでもそれは持ち家があればの話。だけどこれがスマホやタブレットではなくパソコンだったらどうだろうか。すべてではないが充電できるものもある。パソコンが使える時点でそれも可能となるわけだ。それでなぜセットなのかだが、ノートパソコンにしてしまうとそれだけしかもらえないと思う。だけどデスクトップパソコンならそれを置くための台が必要になり、キーボードもいるし、マウスも必要だ。さらに台を置くための安定した場所もないと厳しい。それらをひとまとめでセットと出来たのならかなりいいと思う。さらにこいつらに壊れない汚れない俺以外が触れられないようにすれば完璧じゃないかな。効果範囲によっては俺自身の安全にも繋がる。
「なるほど…ではそのパソコンセットとやらでいいのか?」
「あれ…声に出てたかな」
「正確に知るためには思考を読む必要があるのよ。そのほうが早いでしょう?」
「便利ですね」
「まあ一度見てみればいい」
そういうと神の人は部屋の隅の方へ移動すると指をパチンと鳴らした。音と同時に俺が想像していたとおりのパソコンセットが現れた。あくまでも見た目だけは。
「おー凄いですね。それだけででてくるなんて…」
「一応神だからね」
「これ使用して試すことできるかな? 出来たら広くて人がいないところがいいんだけど」
「ふむ…ではこのまま世界を渡ってもらった方が早いか。道具に能力は追加したが本人のスキルは必要ないの? あっちへ渡ってしまうとスキルはもう渡せなくなるけど」
おっとこれだけでも十分ありがたいことなんだが俺自身にもスキルをくれるらしい。ちらりと神の人の顔を見た後パソコンセットの方を見る。あー確かにこれはいいものだけど、よく考えたらどうやって持ち運べばいいんだろうか? いっそこの安定した足場として出してもらったマットに自走機能でも付けるか?? …ちょっと想像してみたが流石にビジュアルがやばかった。その場に置いてあるのと移動出来るのはもはや別物にしか見えない。
「スキルはいくつまで?」
「これだけ色々つけたのだから1つに決まってる」
うん、ちょっとやりすぎたらしい。
「それなら収納スキルってありますか? これらを持ち歩けないので」
「2つあるがまずインベントリ。重量制限なしで200種類まで。多少形状が違っても同じ種類のものはスタックする。中に入れた物の時間が止まる。もう一つはアイテムBOX。重量は本人の魔力量次第で種類の制限なし。インベントリと違ってスタックしない。中に入れた物の時間は外と変わらない、つまり生き物も入る。どっちにする?」
どっちもありがたいスキルだ。今の説明だとパソコンセットをしまって歩くだけならどっちでも問題がない。
「ちなみに今の俺の魔力量? いくつか知らないけどそれだとアイテムBOXでどの程度しまえるのかな?」
「ん、畳3畳を並べて箱状態にしたくらいかな」
つまり、魔力をあげなければパソコンセットでいっぱいいっぱいってことか…
「ならインベントリで」
「わかったわ。じゃあじっとしてて」
神の人がそう言うと光の玉を取り出しそれをそっと俺の額に押し込んだ。それと同時にインベントリの使い方と仕組みが理解できるようになった。
「こうか」
俺はパソコンセットをひとつづつ触り収納していった。どうやらインベントリは直接触れないとしまうことが出来ないらしい。もしかするとアイテムBOXはまた仕様が違うのかもしれないが、1つしかもらえないスキルを貰ってしまったので知りようがなかった。
「よし、スキルももらったし後はアイテムの確認だ」
「じゃあ目をつぶって」
神の人の手が俺の目蓋に触れた。軽い浮遊感がしてすぐに足が何かに触れた。ごつごつとしているというかあまり平らじゃない足場だ。目蓋に置かれていた手がどけられたのでゆっくりと目を開けるとそこが気が生い茂る森の中だとわかる。確かに人がいなくて広い場所だが人以外がいるんじゃないだろうか? まあいい、今は神の人もいるし危険はないだろう。
「順番に出して行こうか」
まず俺は1番下に置くことになるマットを取り出した。これはどこにでも安定して置けるものだ。つまり、ここに偶然ある切り株の上にだってその上に置くものに影響が出ないように置けるはず。うん、問題ないね。マットの隅の方を切り株に乗せて見たところその高さに合わせてマットがまっすぐに敷かれている。下に隙間が空いているが手を乗せて叩いてみたところ沈むこともない。
「…ん? ってえー…ちょっとこれは聞いていないんだけど??」
マットを叩いて確認して気がついた。俺服を着ていない…とりあえず下半身を手で隠した。
「初めにいったけど。持って行けるのは1つだけ。パソコンセットを持ってきたから服は持ってこれなかった」
あんたバカなの? みたいな顔をされたが俺は怒ることもなく素直にその言葉を飲み込んだ。確かにその話は聞いたがこういうことだったのかと納得。
「うん、それなら仕方がないわ…」
そういって次々とインベントリから取り出していく。マットの次はPCデスク。その場で座れる高さのもの。その上にPC…あれだディスプレイと一体となっているやつ。場所をとらなくてちょっと便利。PCを置くと真っ黒な画面に自分の顔が映る。こんな顔だったかなと疑問に感じるが、見た感じ10歳過ぎたくらいに見える。もしかすると若返っている可能性もありそう。そうじゃないと知識が不自然だ。
後はキーボードとマウスを取り出しセットが完成した。早速電源をつけてみる。電気がなくとも無事につき、特に設定をすることもなく起動後の画面へと移行。すぐに使える状態らしい。このPCはディスプレイの画面をタッチしても操作が出来るので、どうせならと画面をタッチして動作確認を始めた。ブラウザを開き適当にどこかサイトを開いてみる。ちゃんとネットに繋がっているようだ。そうとわかればまずやることは買い物だろう。
「あ、ネット通販の支払いってどうすれば…」
「この画面にお金を押し付ければ入れられる。そうね、簡単に死なれても困るから少し入れてあげるわ」
神の人はそういうと金色のコインを画面に押し付けた。するとそのコインはすっと消えていく…
「ここに残高が出てるから」
画面の右上にさっきまでなかった数字がでた。えーと…数字は100万。あのコイン1つで100万の価値があったらしい。実際この世界での価値はわからないが、この辺はおいおい覚えていこう。初期費用を貰えたので早速何か買ってみる。急ぎ必要なのはとりあえずパンツか。自分の体形を見てよさそうなサイズをぽちりとする。届け先の設定にインベントリがあったのでこれを選択する。他は住所などの入力が必要だったから無理だしね。支払方法は…この場合は現金なのかな? ぽちりと。どうやら購入が完了したらしい。
「……?」
インベントリの中には何も増えていないが。ちらりと神の人の方を見る。
「ん? そんなすぐ届くわけないじゃない」
PCに向き合いいつ届くのかを調べる。3日後…これはこっちの世界に届けるのだから早いと取るのか悩むところだが、どうせなら即配達にしてくれないと困る。
「即配達に出来ないのか?」
「追加料金がかかるけど出来るわよ」
あった。確かにそんな項目もある。今頼んだものは3日後に届くようになっているからあきらめて、即配達になるようにもう一度パンツをぽちりと。お…インベントリに追加されたのがすぐにわかった。取り出して早速はく。これでちょっと落ち着いたな。急がないもの以外は3日くらいは我慢しよう。パンツ3枚1000円だったのが1300円もした。結構高いんじゃないだろうか追加料金は…
ちゃんとPCが使えて通販も出来ることを確認できたので、後確認することは…壊れない汚れない許可がないと触れないか。汚れはすぐに確認出来るな。マットの裏をめくってみればいい。うん、土も草も全くついていないから問題ない。ん~~よし、ついでだ全部一度に済まそう。インベントリの取り出しが好きな場所へと出せるとなっていた。これも同時に試せて壊れないと許可がないと触れられないが一度に試せる。その前に…
「壊れないってなっているから壊れたら交換してくれるんだよね?」
「壊れないから大丈夫」
「それなら」
俺はPCの電源を落とし一度インベントリにしまう。それを再びある場所へと取り出した。上空約2000m。ここからでは見えないがインベントリから取り出した感覚とインベントリの中に入っていないことはわかっている。つまりちゃんと希望する場所へと出せたはずなのだ。しばらくするとそれは視認できるようになった。真上に出したが上空の風などの影響で多少落ちてきている位置がずれてきている。まあこれは仕方がない。
それは見たことがあるわけではないがまるで隕石が落ちてきているかのようだった。目に見えるようになったそれは、周囲に熱を帯びているのか気のせいでなければちらほらと火が付いているように見えた。小さかったそれもだんだんと大きく見え何やら音が耳に届く。そのころには周辺にいた生き物が騒ぎ出し、飛べるのもは飛んで逃げ出した。
「…なんであんなとこから?」
「いや、どうせならどのくらい耐えられるのか知りたかったし?」
「…あほなの?」
「ん、もしかして落ちた時の衝撃のことを言っているんだったらあれだぞ。ついでにこっちの耐久テストも兼ねてるからな」
そう言いながら俺は足元を指で示した。
そしてついにPCは俺たちから少し離れた場所へと落ちた。はっきり言っていいだろうか…音も拒否しておくべきだったと。轟音と衝撃がすごかった。PCの落ちた場所にはクレーターが出来ており、ここからでは深さが見えない。それに今は耳がキーンとしていてよく聞こえないのでそれどころではない。とりあえずPCが落ちた時の衝撃で飛び散った周りのものはこのマットの中には入ってきていない。というか周囲1mくらい不自然に木の破片や土の塊は避けられている。これだけの衝撃で無事なら防御面は完璧なんじゃないだろうか。これで魔物も怖くない。適当に小さいマウスでも持ち歩けば誰も俺に触れることが出来ないのだから。
耳が落ち着いてきたのでマウスを手に持ちクレーターの所へとやってきた。すり鉢状に穴が開いていて、降りられないことはないが降りたら上がってこれるかわからない深さをしている。だがPCを回収しないと困るわけで…壊れていないかの確認もそうしないとできない。
「えーと…もらったアイテムを手元に呼び出すようにしたいです」
「あほなことするから…」
そう言いながらも神はすべてのアイテムに同じ機能をつけてくれた。どうやらPCも本当に壊れていないみたいだし、これでますます防御面が上がったな! インベントリから好きな場所に出せて呼び戻せる…うん、今度こそ完璧だ。
「確認も終わったみたいだし私は帰るけど…あーそうだ、渡したアイテムは他の人にあげられないから安心して。あんたの力みたいなものになるからあげられないのよ。それと…その力で手に入れた物、今だとそのパンツね。それは人にあげられるけど、あんたの死後はすべて消えるから」
俺の死後に通販で買ったものは全部消える…か。まあ死後ならどうでもいいか。これらを直接売って商売するわけでもないし、売ったとしても俺が死んだ後のことなら関係ない。
「あ、そうだメール。PCにあんたからメール送れたりしない? というかこっちからも。何か聞きたいことがあった時の連絡手段が欲しい」
「メール…ふむ。この機能ね…追加したわ。確かにこのほうがこちらも都合がいいかも。一応連絡手段としては教会で祈れば私と話せたけど、こっちのが早いかもね。それじゃあ今度こそ私は帰るわ。まあ頑張って?」
そういうと神の人の姿が空気に溶けるように消えていった。