『学者』
前方に街が見える。あそこにリビアがいるのか?
これ以上はないだろうと思っていたスピードが更に増した。
もう絨毯に振り落とされそうだった。
まさか街に突っ込む気じゃ、と思ったが、少しずつスピードが下がってきたので安心した。
ある一つの家の庭に降り立った。
白い、平凡な家だった。
庭は緑の自然と花に彩られていた。
「降りろ」
言われた通り、俺は降りた。
イミカは待ち切れないといった様子でドアをノックした。
微かに足音が聞こえ、扉が開いた。
現れたのは紺色の髪を腰まで垂らした女性だった。
抜群のスタイルだ、と思った。
もはや見習うべき体型だ。ファッションモデルの様な。
「やぁ、イミカ君。それに、お客様もいるね?」
「!!リビア様!」
「ま、とにかく入ってくれ」
案内されて家にお邪魔すると、俺は息を飲んだ。
華やかなシャンデリアが一つ下がり、艷やかなテーブルにはよくわからない道具類がズラッと並んでいた。
壁には地図が掛かっていた。
綺麗な部屋だ。
「最近この辺りの地形を調べていてね。この地図は気にしないでくれ」
「すごい」
リビアは放心した表情だった。
「さて、イミカ君と…灯葉君、で合ってるね?」
俺はイミカを見た。
イミカは渋々といった調子で頷いた。
「そうです」
「成程。よし、先ずは灯葉君、君から話したい」
イミカは雷にでも打たれたかのような表情をした。
「フッ、心配するなイミカ君。後で沢山話をしてやろう」
イミカは安堵の表情を浮かべた。
「しかし最初に灯葉君だ。二人きりで話したいから、イミカ君は二階で待っていてくれないか」
イミカはこの世の終わりのような表情を浮かべた。
イミカの表情の変化が面白かったが、この面白さが後で痛みとして帰ってくるんじゃないかと俺は不安になった。
イミカが思い足取りで二階に向かったのを見届けて、リビアは、
「さ、この椅子に座ってくれ」
と椅子を指差した。
俺は言われるがままに座った。
「早速話そうか。君は転移者だね?転移者の話はいつもワクワクするよ。違う世界が見れるからね」
リビアはメモ帳を取り出した。
「私の名はリビア。学者だ。魔法について詳しく調べているんだが、まだまだ未熟でね」
そう言ってリビアは手を差し出した。
「よろしく」
俺はそれに応えた。
「こちらこそ、よろしくおねがいします」
握手をした。柔らかな肌触りだった。
「うん。聞きたいことがいくつもあるのだが、先ずはそうだな。君の世界にはどんな兵器があった?」
いきなりとんでもないことを聞いてくるな、と思った。
「えーっと、銃とか、爆弾とか…?」
「一番破壊力のあるものだ」
全く表情を変えずに、リビアは言った。
少し恐怖を感じた。
「…核兵器ですかね」
「核兵器!初めて聞くなぁ、それはどんなものなんだ?」
「爆弾です」
「仕組みは」
「確か、元素に中性子を衝突させるんです」
リビアは自分の腕を掻きむしった。
「何だそれは!もっと詳しく聞きたいな」
「いや、でも…俺は全然詳しくもないし」
「躊躇しないでくれよ。そんなに嫌ならしょうがない、中性子というのだけ、何なのか聞きたいな」
「中性子は…原子核の中に有るものです」
「原子核!何だそれは!」
こんな調子で、結局原子核とは何か、原子とは何かを伝えた。
俺がこういったものに関しては全く詳しくないというのは本当で、曖昧なことしか伝えられなかったが、それで良かったのかも知れない。
最後に、自分の世界にはこれらがあったが、この世界には存在しないかも知れないと付け加えて話を終えた。
リビアは満足そうな表情で笑った。
「あー…転移者というものは本当に便利だ」
「便利ね…」
「前に凄く発達した世界から転移者がやってきてね。その時はもう考えもつかないような世界の秘密を教えてくれたよ。気になるかい?」
「いやぁ…今はいいですよ。そういうのを聞くと、何だか不安な気持ちになるので」
「そうか。まぁ、普段住んでいるこの世界の空間が…いや、聞きたくないんだったな、失礼。さて、今度は私の番だ。何が聞きたい」
「そうですね。魔法って何なのですか?」
「魔法か。転移者はこれについていつも最初に聞いてくる。かなり珍しいものなのだろうな…嬉しくなるよ」
リビアは人差し指を突き出した。
「この世界は魔波というもので常に揺れていてね。我々はこの揺らぎをあえて崩すんだ。崩すと力が生まれる。その力が、魔法だ」
リビアの人差し指で、小さな炎が踊った。
「君の世界にはないかもな、魔波は」
「多分ないですね…」
「しかし無いとも言い切れないのが面白いところだ。で、これが魔法というものなのだが例外があるんだ」
「なんです」
「悪魔の使う魔法だ」
リビアは時計を見た。時計には五つ針があった。
「おや、そろそろ時間だ。交代だな。イミカ君を呼んできてくれ」
「はい」
俺はイミカを呼んだ。イミカは興奮した面持ちで階段を駆け下りて来た。
俺は入れ違いでニ階へと登った。
二階も一階と同じように綺麗だった。
しかし生活感が感じられない。二階には行っていないのだろうか?床にはほこりが積もっていた。
窓を見ると、もうすっかり暗かった。
疲れていたので寝そべっていると呼ぶ声がしたので、一階に戻った。
「そろそろ帰ろうか、灯葉君」
俺は頷いた。
「二人共、今日はありがとう」
「こちらこそ、ありがとうございました」
別れの挨拶を告げ、俺等は絨毯に乗った。
街灯の明かりが街を包んでいた。
地平線に被されるように、一つ巨大な星が見えた。
「凄い…」
「あの星か」
イミカは幸せそうな表情で言った。
「そうだ…というか、俺喋っても大丈夫なのか?」
「?私が喋ってはいけないなんて言ったか?」
大丈夫かこいつ、と思った。
「いや、なんでもないよ」
「そうか。一説によると、あの星から魔波が流れてきているらしいぞ。それが正しければ、正しくあの星は私達にとって神様みたいなものなのだ」
冷たい夜風が吹いた。風には寄り添ってくれるような安心感があった。
「昔の人達はあの星に祈りを込めるために、こんな図形を描いたんだ」
そう言ってイミカは夜空に五芒星を描いた。
要するにおまじないのようなものだ、とイミカは言った。
絨毯は緩やかに、星空を楽しんだ。
ようやく家につくと、風呂に入るかと聞かれた。勿論頷いた。
何処にあるんだと聞くと、外にあると言われた。
露天風呂とは贅沢だ。
外に出ると、石で作られた風呂があった。
俺は服を脱いで、義足をなんとか取り外すと、風呂に入った。
イミカが沸かしたのか、かなり熱かった。
俺は空を眺めた。
あの巨大な星は、青々と光っていた。
妖艶な光だった。
ツン、と眉間が痛んだ。
一瞬世界が紫色になった。
「何だ?」
直ぐに戻った。
「…?」
俺は眉間を抑えた。
傷も、何もなかった。




