表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。

短編 手の内明かさぬ

作者: 蒼月

懺悔

「行ってきます。」

誰も居ない家にそう一言告げると、まだ重たい瞼を擦りながら早足に学校へ向かう。

いつもの道。いつもの風景。いつもの日常。そんな何の変哲もない日常を、僕はただぼーっと、まるで走っている電車の中から外の景色を眺める様に過ごしていた。


「おはよう。」

「おはようございます。」

学校に着き、教室へ向かう道のりですれ違う先生に挨拶しながら階段を登っていく。賑やかな教室とは違い、自分の足音だけが聞こえるこの静かな空間は、僕の中では密かなお気に入りの場所だ。

階段を登り切り、開きっぱなしのドアから教室に入る。

チラリと、一瞬だけ僕の方へ視線が集まる。誰が来たのか確認するため、ほぼ静止した空間に大きく動く物があれば自然と見てしまう心理があるとはいえ、この半端無意識である1秒未満の出来事は僕は全く慣れなかった。


「おはよう山谷くん。その眠そうな顔から察するに、昨夜も遅くまで作業をしていたな?」

自分の席に座り、最初の授業で必要な物をまとめている僕の所に明るい声がやってくる。

声がする方を見ると、そこには僕と同じ創作仲間、言い換えれば絵描き仲間の高橋さんが居た。

「いやぁ、作業の息抜きにメンバーとゲームしてたら、つい...」

へへ、と注意された子供の様に苦笑する僕を見て、高橋さんは眉をひそめて軽く溜息をついた。

「全く。息抜きするなとは言わないけど、寝不足になるのはダメだぞ。免疫力の低下で風邪もひきやすくなる。それに君はSNSでもファンが沢山いるんだから、体調を崩して大勢の人を心配させる様な事になってしまうぞ」

「ウッ...気を付けます....」

高橋さんの言葉が刺さり、縮こまる様に肩を窄ませる。

SNS上とは言え、流石に大勢の人を心配させる様な事はしたくない。元々僕が大勢の人に認知されているのは、定期的につけていた“ハッシュタグ“のお陰だと思っていたけど。

そういえば、タグの力だからって実力が見出せなくて、筆を折ろうとした時に止めてくれたのも高橋さんだったな。

『今あるこの数字はタグのお陰じゃない。君の実力と人柄からだ。どんなに絵が良くても、攻撃的な人の作品は濁って見えるだろう?タグはあくまで見つけ易くする為の灯りさ。その灯りを辿って、見つけて貰って、その作品をどう捉えてもらうかは相手次第。見つけても良しと思わなければ、反応される事もない。私はそう思うけどね。』

当時彼女が僕に言ってくれた言葉。僕とは違い、タグを使わない高橋さんだからこそ、何処か納得してしまう自分がいた。別に高橋さんを下に見ていた訳じゃない。自虐が混じった、けれど納得がいってしまう、そんな高橋さんの言葉に罪悪感を抱えつつも、僕は今こうして絵を描き続けられている。

「どうした少年?もしかして朝食を抜いて空腹か?」

「違うよ!ちゃんと食べたよ!まだちょっと眠いだけだよ」

まだ納得いかないのか、高橋さんは不思議そうに僕の顔を覗き込む。気不味くなり、思わず目を逸らす。と同時に授業開始のチャイムが鳴り、僕は何とか高橋さんからの無言の圧から抜け出すことが出来た。


授業が終わり、放課になった。気付けば窓から差し込んでいた夕日の光を浴びながら、帰る準備をして教室を出ようとすると、高橋さんが廊下で待っていた。

「やぁ山谷君。ちょっと話したい事があってね。帰りながら話そうじゃないか」

柔らかく高橋さんが微笑む。夕日もあってか、その高橋さんの表情は何処か一段と輝いて見えた。

すぐに話すことはなく、静かに階段を降り、校底から出たところでようやく彼女は口を開いた。何か大事な話なのか、と身構えていたが、彼女の口から出たのはそんな物ではなかった。

「今日の夜、一緒に作業通話しないか少年?最近スランプ気味でね。何かいい刺激になるんじゃないかと思うんだ」

なんとも些細な内容に、思わず腑抜けた声が漏れる。高橋さんはそれを聞き逃す事はせず、ムッとした顔で僕に詰め寄った。

「なんだその期待はずれみたいな表情は!確かに流れ的には重大なイベントが発生しそうな雰囲気だったけど...。私にとっては、そもそも絵描きとしてはスランプは重大なダメージだろう!?」

「あぁ、うん、そうなんだけど。うん。何というか....はは、ごめんなさい...?」

彼女の気迫に押されて思わず謝ってしまう。そもそも僕が悪いんだったっけ....?

「あ、作業通話は全然大丈夫だよ。じゃあ今夜、21時頃でいいかな?」

僕からの提案に満足したのか、眉間にシワが寄っていた高橋さんの顔はパッと明るくなった。

「御意!では21時にまた会おう!」

そう言って高橋さんは嬉しそうに走って行く。

僕はその彼女の背中に、ただ静かに手を振った。


少し経って夜21時。丁度ぴったりの時間に高橋さんから確認の連絡が来た。事前に準備をしていた為、すぐに高橋さんと通話を繋げる。

「もしもし?音大丈夫かな?」

「うん、ちゃんと問題ない。時間通りなのは非常に感心するな」

大袈裟だな、と思っていると、イヤホン越しにカランと何か音が聴こえた。それはカップと何かが擦れる様な音だった。

「....何か飲んでるの?」

僕の質問に、世間話をしていた高橋さんはピタッと話すのをやめてしまった。数秒した後、高橋さんは話し始めた。

「いつも夜は、こうやって珈琲を飲むのが日課なんだ。珈琲は私の相棒みたいなものさ」

見えている訳じゃ無いけど、珈琲が入ったマグカップを見つめながら、微笑む彼女の様子が思い浮かんだ。

「夜に飲むって....寝れなくなるんじゃ?」

「逆だよ少年。私の場合はリラックス効果を得られて寧ろ快眠になるんだ」

何処か誇らしげな彼女の声が聴こえる。話し方もそうだが、高橋さんは本当に不思議な人だな。と改めて実感する。


そこから数時間経ち、日付が変わる手前で作業をしていた高橋さんがペンを置く音が聴こえた。

「さて、私はそろそろ寝るとしよう。珈琲がいい感じに効いてきたみたいだ」

高橋さんは眠くなると弱いのか、先程までとは違い弱々しい声に変わっていた。相当眠いんだろうと思い、僕は粘る事なく彼女に礼を告げることにした。

「うん、わかったよ。お休み。今日は凄い作業が捗ったよ。また明日、お互い都合がよかったらやろう」

「...うん、また明日。」

そう言って高橋さんとの通話が終了した音が聴こえ、僕も作業をやめて寝ることにした。







翌朝、彼女は起こしに来た母親に遺体として発見された。死因は洗剤を飲んだことによる致死的不整脈。彼女の部屋に残されたマグカップから、珈琲とは別に洗剤の界面活性剤が検出され、机の上に描きかけの絵と彼女が遺した遺書があった事から、自殺という結果が出た。

遺書の内容はこうだ。



「家族と親愛なる友人へ


勝手に行動を起こした自分を許して欲しい。別にイジメや虐待があったわけでは無い。誰のせいでも無い。これまでしてきた失態に対するケジメである。つまり私が勝手に決めた事だ。恐らく無いだろうが、悔やむ事も誰かを問い詰める様な真似はしないでほしい。私が君達に望むのは、いつも通りの平穏のみだ。

どうか君達の進む道に幸あらんことを。


高橋 夢華」



これが僕と高橋さんとの最後のやりとりである。

ただの思い付きで書き殴っただけなので、読みづらかったと思います。わからない部分は想像で埋めてくれると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ