伝染病の特効薬(1)
やがて辿り着いた町は、何故か人々の活気がなく異様な雰囲気に包まれていた。
「カイル、なんだか町の様子が…」
「ああ…」
不安げに周りを見回していると、口元を厚く覆った面をつけた集団が奥の住宅街から荷車を押して出てきた。荷車の荷は、布で覆われていて見ることはできない。町の人々は、その集団から出来るだけ離れようと道を開け、その場から逃げるように去っていく。
「お母さん、お母さん!」
そこに、荷車を追いかけて小さな子供が飛び出してきた。
「おい、邪魔をするな!」
「きゃっ」
面をつけた男が子供を傍にどけると、その子はたたらを踏んで道端に転んでしまう。しかし手を差し伸べようとする人はおらず、それどころか後退りして離れようとさえしていた。見ていられずに、ソフィアはその子に駆け寄った。
「大丈夫?」
そう言って立たせて服の土をはたいてあげていると、面の男から声が上がる。
「おい、あんた!その子の親はこれから森に運ばれるんだぞ!あんたもうつされたくなかったらさっさと離れろ!」
「待て、その子供も連れて行くべきじゃないか?」
男の声に、子供はビクリと体を震わせソフィアに縋ってきた。
「や、やだ!助けて‼︎お母さんも返して!」
泣き出す子供。荷車の荷からは、ゴホゴホという咳の音が聞こえてくる。異様な光景にソフィアが硬直しているうちに、面の男がツカツカとやってきてソフィアの腕から子供を掴み上げる。
「ヤダ!助けて!」
「あ…!」
子供の手がすがる様に伸ばされるのを見て咄嗟に掴もうとするが、ソフィアの手はカイルに止められた。
子供が泣き叫ぶのもそのままに、集団は荷車を押して町の出口へと向かっていった。
「カ、カイル…一体、何が起きてるの…?」
ソフィアは一連の出来事にショックを受け、固まって動けなかった。
「可哀想にな、子供共々…」
「なあ、食事処の奥さんも倒れたって聞いたぞ」
「ああ、もう森の奥へ運ばれて行ったみたいだ」
「怖いね、家族ごと送られちまったんだろ…?」
「このままじゃ、この町は伝染病で終わっちまう」
小さな声で囁かれる町の人々の声に、カイルは顔を険しくさせた。
「ここでもか…」
「カイル?どういう事?伝染病って…」
「最近この国で流行り始めていたんだ。地方の農村と聞いていたが、こんな町まで流行っていたとは。
ソフィア、この町では物資だけ調達したらそのまま出よう」
ソフィアの腕を取って踵を返そうとするカイルに、ソフィアは縋り付くように待ったをかけた。
「ま、待って‼︎それは、どんな病気なの?」
「俺も詳しくは聞いてないが、高熱と咳が止まらなくなり、首筋から赤黒い斑点が身体中に徐々に広がっていくらしい。最後は血を吐いて動けなくなるとか」
それらの特徴的な症状にソフィアは覚えがあった。ブラウェス病だ。数百年前に根絶されていた伝染病だけど、まさかこの時代が最盛期だったなんて。でも、それなら。
「カイル、私、この病に効く魔法薬を作れるわ!」
ソフィアの言葉にハッと顔を強張らせたカイルは、周りで誰も聞いていない事を確かめるとソフィアの腕をとってその場から離れた。足早に進むカイルがやっと歩を緩めたのは、周りに誰もいない路地裏に着いてからだった。
「ソフィア、町中で危険な発言は控えてくれ」
「危険…?」
「魔の者として教会に通報されるぞ」
「で、でも、病気を治せるのに…」
「怪しい者、ましてや魔の者の薬なんて誰も飲まないさ。しかも教会は、この伝染病は魔の者が原因だと吹聴している。町の者達にも捕まればただでは済まないだろう」
「そんな…」
「ソフィア、俺達には何もできない。お前は自分が帰る事だけ考えていろ。もう少し先の安全な町まで送ってやるから」
「…カイル、さっき町の人達が言っていた、森の奥って…?」
「…病にかかった人、その家族を森の奥の廃村に隔離しているんだ。これ以上感染が広がらないように」
「やっぱり…!じゃあ、まともな治療も受けられていないのね…」
「ソフィア!」
カイルが真剣な表情でソフィアに向き合う。
「治療に行こうなんて、馬鹿な事考えてないよな?」
口をつぐんだソフィアに対して、カイルは強い口調で言い含めた。
「ソフィア、一人で何が出来る?ただでさえお前はこの時代の事を知らないんだ。この国全体の問題に、追われている俺たちが出来る事なんてない」
カイルの言葉に、ソフィアは俯くしかなかった。
「分かったらほら、早く買い出しを済ませよう」
カイルの背をトボトボと追いながら、ソフィアは自分の無力さに打ちひしがれていた。
ーー私一人じゃ、何もできない…
…その通りだ。せめて箒に乗れたなら、危険を承知で魔法薬を渡しに行くことも出来たかもしれない。危なくなれば箒で逃げれば良いのだから。しかし、落ちこぼれの私は自分の身さえ守れない。旅はカイルに頼りきり、一人になる事を恐れている。
そもそも、カイルの言う通りなのだ。病気の原因として恨まれている魔の者が渡す薬なんて、誰が飲んでくれると言うのだろう。私に出来ることなんて、最初からないのだ。それにもうすぐ、始祖の魔女様が表舞台に現れる。そうすれば、この病も終息するはずだ。




