邂逅(3)
きっと説明はとても分かりにくかっただろうに、目の前の彼は最後までじっと聞いてくれた。
「そうか…。それで、帰る当てはあるのか?」
「私自身は、全く原因も分からなくて。でも、もしかしたら始祖の魔女様なら、この現象について何か知っているかもしれません」
「さっき言っていた魔法を伝えた魔女のことか…。この時代にいるんだな?」
「はい。ラーファルト王時代に実在していた方です。ラピスラズリ島にも、魔法使いの町を作り始めているはずです」
「ラピスラズリ島は東の果ての海だったか…。ここは国の西側だから、国を横断する必要があるな…」
「…あの、本当にご迷惑なのは分かっているのですが、…ここから近くの大きめの町まで、連れて行っていただけないでしょうか?」
考え込んでいる彼に、ソフィアは迷惑を承知でお願いをした。追われている彼にとって、ソフィアはお荷物でしかないのは分かっていた。しかし、お金もなく地理もこの時代の情勢も分からない自分では、とてもラピスラズリ島まで辿り着く事は出来ないだろう。彼しか、頼れる人はいないのだ。
町に着いたら、何とか仕事をみつけて資金と情報を得てラピスラズリ島を目指そう。始祖の魔女様に会えれば、きっと元の時代に帰る術を考えてくれるはず。魔女とは言え魔法の使えない私なら、それまで何とかバレずにヒトに混じっていけるはずだ。
彼はしばし考え込んでいたようだが、顔を上げると目線を合わせて頷いてくれた。
「分かった。まあ、流石にここにお前を一人で放り出すのは危険だからな。ここら辺で一番大きな町まで送っていく」
「あ、ありがとうございます!」
良かった!何故過去に飛ばされたのか全く分からないけれど、親切な魔法使いに出会えて本当に良かった。
「私はソフィアと言います。どうぞよろしくお願いします」
「俺は、カイルという。俺も追われている身だから、安全は保障できないぞ」
そう言ってフードをとった青年の姿に、ソフィアは目を見開いてハッと息を飲んだ。ソフィアよりいくつか年上の青年の顔立ちが整っているのは分かっていたが、何よりも目を惹いたのは、フードから現れた焔のように鮮やかな赤髪だった。
「きれい…」
「は?」
「あ、ご、ごめんなさい!あんまり綺麗な赤髪だったから、ビックリして!」
「何をそんなに慌ててるんだ?
そんな事より、早くこの場からも移動しよう」
足早に森の中へ足を進めていくカイルの後ろ姿を追いかけながら、ソフィアの目は美しい赤髪に釘付けになっていた。
「それにしても、よくこんな荒唐無稽な話を信じてくれましたね…」
足早に移動しながらも、ソフィアは改めて先程の自分の混乱した説明でよく信じてくれたものだと疑問を言葉にした。
「ただの勘だけど、お前は嘘をついてないと思ったから。昔から俺の勘はよく当たるんだ」
「ああ!うちのおばあちゃんもそうでした。風の愛し子は、とても勘が鋭いんです。世界を巡る風からの情報を無意識に汲み取っているとも言われています」
「風の愛し子?俺が?」
「風の愛し子とは、風魔法にとても強い適性のある人のことです。カイルさんはとても強い魔力を感じますし…何より、そんなに綺麗な赤髪ですし」
「は?髪色が何か関係あるのか?」
「赤は火の色、全ての魔法の源である風の精霊の愛する火の精霊の色ですから、全ての魔法に適性があると言われています」
「教会の精霊信仰の教えだな。魔女も精霊を信じるのか?」
ーーー神は自身の力を全て注ぎ込み、この世界を作った。力を失った神は、神の代わりに世界を見守る精霊を作り自身は眠りについたーーーこれが教会の説く創世神話だ。
「魔法は精霊の力を借りたものですから。教会の精霊信仰は、魔女もいっしょです」
「時の精霊と風の精霊は仲が悪いとかも?」
「ふふ、そういう逸話もありますね。残念ながら、時の魔法は存在しないんですけど」
時に関する魔法があったのならば、今回の現象にも説明がつくのだが、島の書物庫の全ての魔法書を読んだ私でもそんな魔法は見たことがなかった。もっとも、何百年か前に始祖の魔女様に関する詳しい資料は火事で消失されてしまっているため、知識が失われている可能性も無い訳ではないのだが。
「なにより赤は、精霊の愛する命の色。生命を育む太陽の色。昔から、赤髪の魔女はみんなの憧れなんですよ。始祖の魔女様から続く魔女長の家系は、代々みんな鮮やかな赤髪なんです。…私は…継げませんでしたけど…」
「ソフィア?」
一瞬暗くなった声音にカイルが首を傾げるが、ソフィアはパッと顔を上げると頬を染めて捲し立てる。
「あ、だ、たから、もしもカイルさんが女性だったら、絶対凄くモテたはずです!こんなに綺麗な赤髪、私初めて見ました!もしかしたら、始祖の魔女様くらい綺麗かもしれません!」
「女だったらと言われてもな…」
「あ、いえ!もちろん男性でもです!なんと言っても始祖の魔女様は全ての魔女と魔法使いの憧れですから!」