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時の精霊


ソフィアはふと気がつくと、真っ白な空間の中でひとりポツンと立っていた。ただただ温かで居心地の良い空間に溶けていきそうになっていたその時、目の前に澄んだ青い光の塊が現れた。その光の中には金の燐光がクルクルと瞬いている。


「あなたは?」


問いかければ、静かな返答が頭に直接流れ込んできた。


「僕は、君たちには時の精霊と呼ばれている存在さ」


驚きに目を見開くと、ソフィアは段々と自分の現状を把握し始める。


「…そっか、私、死んでしまったのですね」


最後に見たカイルの必死な顔を思い浮かべる。きっと、とても悲しませてしまっただろう。でも、後悔はないのだ。カイルを助けられたのだから。私はきっと、カイルを失う事に耐えられなかった。


「大丈夫、死んではいないよ」

「え?」

「君は今も、ちゃんと生きているよ。体の回復のために深く眠らせているから、精神体だけこちらに呼んだんだ」

「助けて、下さったのですか?」

「あんな無茶は一度きりだよ。時の魔法は人が個人でどうこう出来るものじゃない。君の時の魔法への適正と膨大な魔力、命も賭ける覚悟があって奇跡的に成功したのであって、普通は発動もせずに死んでるよ。君には僕たち精霊のお願いを聞いてもらったから、少しだけ手助けもしたけどね」


たしかに、時の魔法を使った今なら分かる。生きている事自体奇跡だ。


「精霊のお願い、ですか?」

「そうだよ。君たち魔力を使う者たちは、この世界の魔力…自然のエネルギーとも言うかな…を滞りなく回す為に必要な、言わば精霊達の愛し子なのさ。でも、君という変換点が現れなければ、魔力を使う者は絶滅し、世界に澱みが蓄積していく事になった」

「澱みが蓄積されると、どうなるのですか?」

「もちろん、それは世界の崩壊さ。何百年もかけて、ゆっくりとだけどね」


何でもない事の様に齎された言葉に、ソフィアはゴクリと唾を飲み込んだ。


「どうして、私だったのですか?」

「時の魔法に適正のある魔女はね、一千年にひとり、いるかいないかというとても貴重な存在なんだよ。君のその瞳が、その証さ。

精霊は直接人々に関わる事は出来ない。でもね、世界の崩壊を防ぐ為に、運命を司る私だけは歴史の流れに一度だけ、介入する力が残っていた。世界に魔力を循環させる為の魔法をこの時代の魔力をもつ者達に教え、導く事の出来る存在を送り込むこと。それが君なんだよ」

「運命を司る…?それって、…」


…運命を司るのは、全てを作りたもうた神だけだ。


「そうだね、僕は太古の昔に神として存在していた。世界を作り、精霊を作り、世界の崩壊を防ぐために全ての力を出し尽くした出涸らしの体が消滅する直前、この世界を見守りたいと思った未練が一欠片だけ溢れ落ちた。それが時の精霊である僕となったんだ。

でも、君には申し訳ない事をしたと思った。時の魔力に適性があるせいで、君は風の魔法に抑制がかかっているんだ」

「風魔法への抑制ですか?」

「風の精霊は僕が一番初めに作り出した子でね、僕の親友でもある。この子と一緒に他の精霊達も作り出したんだ。僕が力を失う時も、何とか押し留めようとしてくれた。だから時の精霊となった僕が無茶をして、今度こそ消滅するのを防ぐために、彼は、彼だけは僕の魔力を抑えることができるんだ。僕がそれを許している。でもまさか、そのせいで時の愛し子である君が風魔法を使えなくなってしまうとは、その時は考えてもいなかったんだ」


なんとなく、申し訳なさそうな感情が伝わってきてソフィアはフルフルと首を振った。


「君は、元の時代に帰りたいかい?」


突然振られた問いかけに、ソフィアは息をのんだ。返答しなければと思うのに、開いた口からは言葉が出てこない。はじめはずっと、おばあちゃんとの約束を守るために元の時代に戻らなければと思っていた。でも、…私の、本当の望みは…ーー


「…ひとつ、教えて欲しいことがあります。

このラピスラズリのペンダントを継承するべき人物とは、…私、だったのですか?」

「そうだよ。それは君を過去に飛ばすための魔法陣の鍵となる役割を持つ。君こそが、そのラピスラズリの正統なる継承者だ。君の祖母は、きちんと継ぐべき者に継承した」


ソフィアは胸に熱いものが込み上げてきた。おばあちゃんは、一族の継承をやり遂げたのだ。おばあちゃんは、間違っていなかった。

目の前が、雨上がりの空のように明るく広がった気がした。私がこの時代に来たのは、運命だった。だからもう、言ってもいいんだ。私の、本当の望みを…!


「…私は、この時代に残ります!」

「うん、そうだね。…全ては、運命のままに」


時の精霊から、微かに笑った様な気配がした。


「最後にもう一つお願いなんだけど、ラピスラズリ島の湖の魔法陣の設置をお願いね。さっきも言ったように、僕ら精霊は人々に干渉できない。もちろん、魔法陣の設置もね」


「えっ?」


「さあ、君を呼んでいる者の所に帰りなさい」


疑問を呈する暇もなく、ソフィアの意識はその白い空間から急速に遠のいていった。



***



やがて意識が浮上し目を開けると、憔悴した顔のカイルが驚いたようにソフィアを見つめていた。起きてすぐに大好きな人の顔が見れたことに、ソフィアの胸は喜びで溢れた。


「ソフィア!よ、かった…!目が覚めたんだな…!」


泣きそうに表情を歪めたカイルが、壊れ物を扱うようにそっと優しくソフィアの頬に触れる。ソフィアはその手に嬉しそうに手を重ねると、綻ぶような笑顔を浮かべた。その笑顔を見て、カイルはようやく息の仕方を思い出したかのように泣き笑いを浮かべると、ソフィアを強くかき抱いた。カイルに体を預けながら、ソフィアはカイルの服をギュッと握る。


「一ヶ月だ…。一ヶ月も目を覚さなかったんだぞ。頼むからもう、俺を庇って剣の前に飛び出すなんて真似、絶対にしないでくれ…」

「心配かけて、ごめんね」

「いや、いいんだ。そもそも、俺が不甲斐なかったからなんだから。次はもう、絶対に遅れはとらない。俺が、守るから…」


震える肩に、どれだけ心配をかけてしまったのか分かる。カイルの胸に耳を当てて何より安心する鼓動を聞きながら、ソフィアは寝ている間の神様との会話を伝えようと思った。ずっと、この時代に残るのだと伝えたら、カイルは喜んでくれるだろうか…。


「カイル、私ね、眠っている間に神様にお会いしたの。そこでね、元の時代に帰りたいかって聞かれて…っ、カイル?」


突然カイルに腕を強く掴まれて、ソフィアは驚き目を見開く。いつもソフィアを気遣ってくれるカイルは、今はそんな余裕もないようで切羽詰まった表情でソフィアに問いかけた。


「帰る…のか⁈」


痛いほど強く握られた腕から、カイルの震えが伝わってくる。顔を強張らせるカイルの手を上から包み込むように握って、ソフィアは穏やかな顔で告げた。


「ううん、私ね、この時代に残りたいって、伝えたの」


ソフィアの言葉に、カイルは呆然と目を開く。握りしめていた拳の力が緩む。


「…本当に…?ソフィアは、それで良いのか?ずっと元の時代に帰りたがっていただろう?」

「私が帰らなきゃって思っていたのは、おばあちゃんとの約束を守るためだったの。でも、もうその約束は果たされていた事が分かったの」


だから、これからは自分の心に素直になりたい。


「カイル、きっとこれから、またたくさん迷惑かけちゃう事になると思う。けど、それでも……私と、ずっと一緒にいてくれる…?」


以前カイルは、私が元の時代に帰るまでは一緒にいてくれるという優しい約束をしてくれた。けど、これからずっとなんてやっぱり迷惑かな…。勢いで伝えた言葉に今更不安が募ってきたが、その不安は間髪入れずに告げられたカイルの言葉に霧散した。


「当たり前だ‼︎」


自分に自信のないソフィアが精一杯勇気を出して伸ばした手を、カイルは当然のように握り返してくれた。


「ずっと、伝えたかった…。ソフィアがこの時代に残ってくれるのならば、ずっと、俺のそばにいて欲しい」


二度と離さないというように手は強く握られ、熱い鳶色の瞳がソフィアを貫く。


「ソフィア、愛している」


カイルの伝えてくれた言葉は、まるで奇跡のようで。大好きな、何よりも大切な人に同じ想いを返してもらえる幸せに涙が溢れてくる。


「私も…!私も、愛してる…。大好き…!」


今まで伝えられなかった分を埋めるように、二人はギュッと抱きしめあった。これからの未来をカイルと歩いていける事が幸せで、後から後から涙が溢れてくる。


「そんなに泣くな」

「ごめ、泣くつもりは、なくて。でも、嬉しくて…」

「ソフィアは、本当に泣き虫だからな」


愛しくてたまらないという表情で、カイルは優しくソフィアの頬を拭う。ラピスラズリの瞳からポロポロと流れる雫が宝石のようで、カイルは勿体無いと唇を寄せた。途端に真っ赤に染まった頬が可愛くて、そっと手を伸ばす。濡れる朝露のようにキラキラとした青い瞳が見開かれ、鳶色の瞳と交わった。鳶色の瞳が愛おしげに細められると、二人の影が静かに重なった。




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