時の魔法
「ソフィア‼︎」
ソフィアの後ろで動いた影に最初に気付いたのはカイルだった。ソフィアを突き飛ばして狂信者の刃から庇う。その代わり、その刃はカイルの左腕に突き刺さった。
「愚民どもが、何を騙されおってェェェ!魔の者は殺さねばならんのだァァ!」
何故動けているのか分からない程の致命傷を受けている体で目を血走らせ、狂気を孕んだ瞳でソフィアを執拗に狙うダミアンに、カイルは覚悟を決めて片腕で剣を構えた。
左腕は使い物にならなく、片腕を庇いながらダミアンの攻撃を凌いでいく。しかしダミアンの攻撃を片腕だけで長く耐える事は出来なかった。肩に激痛が走る。突き刺された剣の先でダミアンの歪んだ笑みが見えた。
ーーこいつだけは、ここで倒さなければ、ソフィアに、俺の命より大切なものに刃を向ける。絶対にここで、…差し違えてでも、俺が倒す‼︎
カイルは肩を刺されながらも怯まず、それをさらに引き寄せてダミアンに切迫する。自身の防御を犠牲にして今度こそ正確に奴の心臓を貫くも、隠し持たれたナイフがカイルに迫った。
「カイル‼︎」
刃が届く一瞬、泣きそうなソフィアの声が聞こえる。伝えられなかった想いを心の中で呟いた。
ーー愛している。何よりも大切な俺の光。
ーーー泣かせてしまう。でも、絶対に守ってみせる。お前は自分の時代に戻って、幸せに笑っていてくれ…。
***
突然の襲撃を、ソフィアは庇われながら見ている事しか出来なかった。魔力の尽きた疲れ切った体で、さらに片腕は使えず私を守りながらの戦い。相手は元から死んでも良いと思っている狂信者。どちらが不利かなど比べるべくもない。でも、カイルからは絶対に倒れない、自分の背より後ろには絶対に刃を通さないといった気迫が感じられた。
…駄目…。
カイルが自分の肩に突き刺さる剣を避けもせずに血飛沫が舞う。しかしそれに怯む事なく、むしろその剣をさらに引き寄せ狂信者に切迫する。そして、カイルの剣が狂信者の心臓を今度こそ正確に突き刺した。
狂信者は口から血反吐を吐き出すが、目の狂気は死ぬ一瞬までも尽きる事はなかった。目の前のカイルの首へ、忍ばせていたナイフを振るう。カイルの剣は狂信者の胸へ突き刺されたままで引き抜いて防ぐ時間などなかった。
カイルの首に刃が吸い込まれていく瞬間が、ソフィアの目にはまるでコマ送りのようにゆっくりと見えた。
…ダメ…駄目‼︎
こちらを見たカイルがまるで最後にとでも言うように優しくソフィアを見つめて笑うのを見て、絶望が襲う。何よりも大切な人が…、さっきまで手を繋いでいてくれた温もりが無くなってしまうなんて、考えただけで目の前が真っ暗になる。
そんな事、絶対にさせない…!
世界から音が消え、身体中の血が沸騰したように熱くなる。そして、体は勝手に愛する人の下へ駆け出した。
時よ…時の精霊よ…。お願い、私の全てをかけるから…。今だけ、私に力を…!
体から全ての力が吸い上げられる感覚の中で、眩い青と金の光がペンダントのラピスラズリから溢れる。
その瞬間世界はーーー時を、止めた。
***
カイルが最後にソフィアを見つめて瞬きをした次の瞬間、チョコレート色の柔らかな髪が目の前で舞った。そして崩れるように胸にトンと飛び込んできた大切な温もりを、カイルは慌てて抱き留めた。
「ソフィア⁈」
ズズっと倒れ込むソフィアの体をそっと横抱きにすれば、カイルの手にべっとりと温かな液体が触れる。その手を見れば、鮮やかな赤色が目に飛び込んできた。
「なっ‼︎」
ソフィアの後ろには、力尽き事切れたダミアンが倒れ伏している。そしてソフィアの背には、ダミアンが最後に放ったナイフが深々と刺さっていた。そこから溢れる赤とは対照的に、ソフィアの顔色は青白く、まるで生気が抜け落ちていく様で…。
その時、微かにソフィアの瞳が開かれ、青の煌めきがカイルを捉えた。聞きこぼしそうな小さな声を、カイルは必死に拾い上げる。
「…カイル…、良かった、間に…あった…」
弱々しくも、本当に嬉しそうに小さな笑みをこぼして、ソフィアは力尽きた様に瞳を閉じた。
「ソフィアっ‼︎」
繋ぎ止める様に、カイルは必死でソフィアの名を呼んだ。しかし、いつもは嬉しそうに煌めくラピスラズリの瞳は固く閉じられたままだった。
カイルはソフィアを腕の中に強く抱きしめながら、拙い回復魔法で必死にソフィアの傷を癒やしていく。何故もっと必死に回復魔法を習っておかなかったのかと後悔するが、今はソフィアの教えてくれた知識を繋ぎ合わせ、出来るだけのことをするしかない。ソフィアや神の御子に医術の知識では数段劣るが、魔力の制御法も魔法陣もソフィアから学んでいるカイルが、今の世界で最も回復魔法を扱える人間なのだから。
やがて傷は塞がるも、ソフィアの鼓動は段々と小さくなっていく。
何故、何で、傷が治っても回復しない…⁈
「ソフィア、目を開けてくれ!頼む…‼︎」
ソフィアの頬に、ポツリポツリと水滴が落ちる。心が引きちぎられるような喪失の恐怖に体が震える。
「精霊よ、俺の命を対価にしても良い。どうか、ソフィアを助けてくれ…!」
縋り付くようなカイルの慟哭が広間に響く。
ーーその時、ソフィアと共に作り出した雨雲の晴れ間から、日の光が天からの階のように真っ直ぐにソフィアまで道を作った。そしてその道に戯れる様に、清浄なる青と眩い金の煌めきが天から降り注ぐ。
その情景に、全ての人間が驚愕に目を見開いた。
空気を一瞬で浄化するような神々しい輝き。この世に生きとし生けるもの全てが感じる神の息吹。体の奥底に眠る、原初からの畏怖と尊敬、そして感謝の感情。
そのあまりに神秘的な光景に、広場にいた数多の人間は口を閉ざした。皆が、この奇跡の光景の意味を理解していた。
教会の創始者が体験したという、それはまさにーー
「…神の、祝福だ…」
誰かの呟きが、静まり返った広場にこだました。
「神の祝福は、本当だった!私たちの世界を、今も見守って下さっているんだ!」
「神は、彼女を、魔女を祝福された!彼女の話は本当だったんだ!異端の力は、精霊の祝福なんだ!」
広間は爆発したような熱気に包まれた。皆が涙を流しながら天を仰ぎ、祈りを捧げる。
青と金の光はソフィアの体を包み込むと、すっと燐光を残して消えていく。抱きしめていたカイルには、再びトクリトクリと刻まれる小さな鼓動の音を感じることができた。
「…ソフィア…!」
カイルは涙を拭うこともせず、ギュッとソフィアの体をかき抱いた。




