大祭(1)
澄んだ青空の下、王都の街中は青と金糸の飾りに彩られ、国中から集まった人々が道に溢れかえっている。誰もが感嘆の息をもらす荘厳な大聖堂の前の広場はこれから行われる大祭の為に立派な舞台が用意され、煌びやかに飾り立てられていた。
神と精霊に感謝を捧げる大祭は、信心深い者は勿論のこと、年に一度の祝祭を楽しむ為に多くの国民が遠方からもやって来る。この大祭の為に育てられる青い花弁の冬咲きのクレマチスが街を華やかに彩っていた。
伝染病の拡大で地方から王都への入門は禁止にされるとも言われていたが、伝染病の収束によって今年の大祭も例年通り執り行われることとなった。
「わあ、王都の大祭はこんなに賑やかなんだね」
華やかな街が見渡せる広場近くの建物の屋根から、カイルとソフィアは街の様子を見下ろしていた。
「ラピスラズリの教会でも飾り付けをしてお祭りはしていたけれど、こんなに沢山の人が集まったお祭りは初めて見たわ」
キラキラとした瞳で街を見下ろすソフィアを、カイルがフッと笑って愛おしげに見つめる。カイルの視線に気がついて、ソフィアはパッと頬を染めた。
「あ、ご、ごめんね、一人ではしゃいじゃって。今日は大切な日なのに」
慌てたように謝るソフィアの頭に、カイルは笑いながらポンと手を置いた。
「謝ることなんてない。…そうだな、来年は下にいる人達と同じように、一緒に祭りを見て回ろうか」
「…うん!」
カイルがくれる未来の約束が嬉しくて、ソフィアは綻ぶような笑顔を浮かべた。この先元の時代に戻る術が見つかるのかどうかも分からないけれど、カイルといられる今を大切にしていきたいと思った。小さな約束を積み重ねて、それを叶えていけたなら…。そのためにも、今日という日が無事に過ぎる事を祈りながら大祭の始まりを待った。
ゴーーン、ゴーーン…
やがて大聖堂の鐘楼の鐘の音が響き渡り、大祭の始まりを告げる。舞台には、国の代表としてラーファルト王と王子オースティン、そして王弟ラヴァル公爵の姿もあった。ラヴァル公爵は弟だけあって王と同じ金髪に加えて似た面差しをしているが、随分と恰幅が良く誰よりも装飾が多い煌びやかな服装をしていた。
大勢の民衆が見つめる中、教皇が中央の舞台に堂々と歩を進めた。教皇の姿に一瞬ビクリと震えたソフィアの肩を、カイルが守るように支える。そして険しい表情で教皇を睨みつけた。
「運命を司りし神はこの世界を作りたもうた際、全ての力を尽くしてくださいました。そして自らこの世界の行く末を見守ることが出来なくなる事を憂い、精霊を作り出された。精霊は私たちを常に見守ってくださっています」
誰もが知る創生神話の語りから式典は始まった。
私たちは地の精霊にによって安定した大地を与えられ、水の精霊によって潤いを与えられる。木の精霊によって恵みを与えられ、火の精霊によって暖かさを与えられる。そして風の精霊によって、世界は巡る。
ーー世界を作りたもうた神に至上の感謝を。
ーーー世界を見守る精霊に友愛と尊敬を。
ーーーー青きクレマチスの花を捧げましょう。私たちは世界朽ちるその時まで、永遠に感謝の祈りを捧げます。
式典は粛々と進み、神と精霊に感謝を捧げる際にはソフィアも深く頭を垂れて祈りを捧げた。
しかし、教皇の含みを持たせた言葉から式典の空気が変わる。
「…さて、長らく伏せっておられた王のご病気も回復し、この大祭にお招き出来たことは非常に喜ばしい事でございます。
しかし…、悲しい事に、皆様に残念なお知らせがあるのです」
さも悲しそうな表情で教皇は声をあげた。
「私たちは、邪悪な術で人を傷つけ、さらに伝染病を広め人々を死に追いやった魔の者共を捕らえるため、神兵を組織し国民の安全を守る為に努力して参りました。しかし、…国民の代表たる王が、その魔の者と通じている事を知ってしまったのです。王は魔の者を擁護する代わりに、自身の病を治療させていたのです」
教皇の言葉に、民衆は驚いた様にザワザワと騒ぎだした。ゆっくりと立ち上がったラヴァル公爵が教皇の横に立ち民衆に声を張り上げた。
「皆の動揺はもっともだ。私も敬愛する兄上がそのような事をするなど信じられない気持ちだった。我が国の民の命を脅かす魔の者と、己が身可愛さに通じるなど…。だが、事実だった…。きっと兄上は、病で気が弱っておいでだったのだ。その弱みに魔の者が付け込んだに違いないのだ」
兄を庇う弟を演じながらも、ラヴァル公爵は王への不信感を確実に煽ってゆく。
「その通りです。魔の者とは非常に狡猾な者。このままでは王の弱みを握り、何を企むものか…」
痛ましそうな表情を浮かべる教皇に対し、ラヴァル公爵は重々しく頷く。
「兄上、この国の王族として、民の前で…いや、精霊の前で罪を認めていただきたい。そして兄上の罪は、弟である私が責任をもって償いましょう」
役者の様に手を広げ声を上げるラヴァル公爵を見つめ、ラーファルト王はゆっくりと立ち上がった。
「ラヴァル公爵よ、それはお前が私に代わり王になるということか?」
「悲しいことです。しかし、王子であるオースティンも元側近であった魔の者を逃がし、最近はその者と通じていると報告を受けている。もはや、この国を正しき道に戻す為に王族として責をとれるのは私だけでしょう」
悲しげな表情を作りながらも、ラーファルト王にはラヴァル公爵の抑えきれない口元の醜悪な笑みが見えた。王はスッと目を細める。
「私とオースティンに王たる資格がないと言いたい様だが、それはお前にも言える事ではないか?
私も、お前のやってきた悪事についてこの場で問い質したい事がある。お前が教皇と組んでお前にとって邪魔な政敵を魔の者と偽って神兵に捕らえさせていたというのは本当か?」
「ふん、何の証拠があってそのような戯言を」
「確かに証拠はないな。その者たちは、お前たちに既に命を奪われているのだから。しかし少なくとも、お前が我が息子オースティンを暗殺しようとした証拠はある」
王が舞台袖に指示を出すと、やや半身を庇いながらも自らの足で歩くアスラ侯爵が舞台に上がる。「何故生きている…?」と掠れた声で呟くラヴァル公爵を横目に、アスラ侯爵は王に跪き深く頭を下げると民衆へ向き直り自らの罪を白日の下に晒した。
「私は近衛隊長の任に就いていたアスラ侯爵だ。私の娘はずっと病気で臥せっており、私は神の御業を希望していた。しかし神の御業はより高い金を出し、教会の権力に繋がる者でなければ受けられなかった。
しかし、ある日教皇から声をかけられ王弟と引き合わされたのだ。王子の暗殺に協力すれば、優先して神の御業を受けさせてやろうと。…娘の病状が悪化していた私は、悪の囁きに乗ってしまった。仕えるべき王を裏切り、王子の暗殺に手を貸した。それだけではなく、王の病状や王城の情報を求められるままに流した。
私にはもはや騎士たる資格はないが、一つ言える事がある。それは、教皇と王弟は自らの権力のために脅しや殺人を躊躇わぬ人物だということだ!」
アスラ侯爵の告白は大きな驚きをもって民衆に受け止められた。侯爵という高い地位にいる人物がこの様な反逆といえる罪を自ら認めてしまえば、その地位は剥奪され罰も与えられる事になる。こんな嘘偽りを話す事で得られるものなど何もないのだ。この話は本当なのではないか…。皆の心に不信が生まれる。つまりは、教皇と王弟の意に沿わぬ事をすれば、魔の者として処刑されてしまうという事だ。大きくなってくる不安と不信の声に、教皇は声を張り上げた。
「何をグダグダと出鱈目を並べよって…!見苦しいですぞ!何を言ったところでお前らが魔の者と通じていた事実は変わらん!
ラーファルト王、神に背く者として、貴方を教会より破門する!」
教皇の宣言に会場は大いに揺れた。教会が一国の王を破門するなど前代未聞の出来事だ。全ての国民が信仰する教会から破門されては、王でい続ける事は不可能だ。しかしその様なことが罷り通れば、教会が王の決定権をもち、政治を裏から操れてしまう。
「カイル…」
「大丈夫だ」
不安になりカイルを振り仰げば、心配ないと手を握ってくれて、舞台を見るように促された。見下ろせばそこには、王の警護をする近衛騎士に混じり会場に入っていたローガンが舞台に上がるところだった。
「父上、あなたこそ教皇を名乗る資格などない!」
ローガンの鋭い声が、騒つく広場に響き渡った。