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誘拐(4)


ソフィアはローガンの後に続いて教会本部の廊下を歩き出口を目指していた。


「ほとんど人がいないんですね…」

「明日は…いや、もう今日か。今日は国中から人が集まる大祭の日だからな。父は王を蹴落とすための計画を王弟と計画中なんだろう。そのお陰でそっちに人がとられてるから逃げ出しやすいはずさ」

「王を蹴落とすって…、そんな事どうやって…」

「さあな。でも、王の病が回復してしまったからな。計画がパァになって、もうなりふり構っていられないんだろ。国中の神兵を集めて何を企んでいるのやら」


ソフィアが連れて行かれた部屋のある棟から抜け出すと、ローガンは木々の中を隠れながらある古い建物の裏口へと進む。後に続いて中に入ると、ソフィアは建物の内装に目を見開いた。静寂を纏う広い空間に、息をのむほど美しいステンドグラスから青い月明かりが差し込む。それはとても幻想的な光景だった。


「ここは、聖堂…?表の大聖堂とは違うのですか…?」

「ここは教会設立当初の聖堂だ。今は老朽化が進んでいるため新たに建設された今の大聖堂に移ったから、旧聖堂と呼ばれている。古い資料置き場になっていて、今はほとんど人が来ないんだ。出口のある東棟に続く廊下が繋がっているから、ここを抜けていくぞ」


ソフィアは旧聖堂のステンドグラスを見上げる。そこには、原初の祝福と言われる青と金の光が天から地上の人や動物達に降り注ぐ様が緻密に再現されていた。


「きれい…」


ソフィアの呟きに、ローガンが相槌をうつ。


「神話に出てくる、神の祝福だ。どの教会にも飾られているが、ここのステンドグラスほど荘厳に描かれた物はないだろう」


リリアが以前話していた通り、彼は神や精霊に関わる歴史や逸話が好きなのだろう。俯いていた顔を上げてステンドグラスを見上げる顔はとても嬉しそうだった。


「神は世界を創造された時に力を失ったとされているが、教会に保管されている古い文献には、世界の全ての生物が死に絶える様な大きな災害が起こった時、神が時間を巻き戻し世界を救ったとの逸話もあるんだ。そのせいで力を失ったのだと。

この神の祝福も、時が巻き戻ったときの光景だとする説もある」


その言葉に、ソフィアはハッと視線をローガンへうつす。


「時間を、巻き戻して…。

あの、他にも過去に戻ったりとか、時に関する神話はご存知ないですか?」

「時の?僕が知っているのは他には時の精霊の御伽噺みたいなものぐらいだが」

「そう、ですか…」


ソフィアは、なぜかステンドグラスの青と金の煌めきが頭から離れなかった。どこかで見たことがある気がしたのだが、よく考えたらどの教会にも飾られている有名な場面だ。ラピスラズリ島の教会や本で似た物を見ていたのだろうと疑問を頭の隅に追いやった。


「父上や兄上は、精霊の存在なんて信じちゃいない。頭にあるのは、それを利用してどれだけ権力を持てるのか、それだけさ。だけど…僕は、精霊はちゃんと意思のあるものとして存在すると思っているんだ。だからこそ、ここにある沢山の古い文献を研究してきた。

ま、こんな事言うと散々馬鹿にされるんだけどな。俺のことを馬鹿にせずに話を聞いてくれたのは、リリアくらいさ」


自嘲気味に笑うローガンに、ソフィアは口を開いた。


「いますよ」


静まり返った教会にこだまするソフィアの言葉に、ローガンはパッと振り返る。月明かりに浮かび上がる神の祝福を背景に立つソフィアは、まるで世界の理を話すように、静かに言葉を紡いだ。その深い青色の瞳には、金の光が煌めいている。


「精霊はいます。魔法理論を学び、魔法を行使する魔法使いは、皆その存在を信じています。いえ、信じる以前に、皆がその存在を感じとっているのです。なぜなら魔法は、精霊の力を借りるものだから」


ソフィアの言葉に、ローガンは瞳が落ちそうなほど大きく目を見開いた。ソフィアの肩を掴むと、震える声で問いかけた。


「魔法使いとは、魔の者のことか?ほ、ほんとうに?本当に君達は、精霊の存在を感じているのか?」


コクリと頷くソフィアに、ローガンは目を潤ませる。


「そうか、君たちは、魔の者とは、精霊の祝福を賜った者たちだったんだな。教会は精霊信仰を謳いながら、何と罰当たりな真似をしていたのか…」


ローガンが涙を隠すように俯いた。やがてグッと顔を上げると、力強く「行こう」と促し歩き出した。

そうして旧聖堂を出て出口に近づいた所で、前方から使用人と思われる人の声が聞こえてきた。ローガンとソフィアは慌てて廊下を戻り角に隠れる。


「くっ、鍵がかかっているか」


近くの部屋に隠れようとするも、鍵がかかっており中に入る事はできなかった。二人は使用人がこちらに曲がってこない事を祈りながら息を潜めた。しかし、そちらに気を取られるあまりに後方の気配に気付くのが遅れてしまう。


「貴様ら、何をしている⁈」


後方の廊下から、見回りであろう数人の神兵がソフィア達を見つけて声を上げた。近づいてくる甲冑の音にローガンとソフィアは顔を青くさせる。


「どどど、どうしよう」


狼狽えながらもローガンが神兵よりマシだろうと使用人達の方に逃げようとするも、先程の怒鳴り声を聞いたのか前方からも神兵が二人やってきてしまった。


ーーどうしよう。せめて、ローガンさんだけでも逃がせたら…!


ソフィアが周りを見回すも、すでに逃げ出せないよう神兵がこちらを囲っている。ローガンは足を震わせながらも拳を握って神兵達に啖呵をきった。


「おい、僕は教皇の次男、ローガンだ。道を開けろ!」


しかしローガンの言葉に、神兵達は馬鹿にしたような笑いを返した。


「ハハハ、ご長男の次期教皇さまならいくらでもご命令を聞くが、味噌っかすの次男が何を命令するって?しかもお前は以前魔の者を逃した前科もある。コソコソと隠れて…その女ももしかして魔の者じゃないのか?まさかまたこんな馬鹿な真似をするとは」


神兵の言葉に、ローガンは悔しげに歯を食いしばる。その間にも、神兵は包囲を狭めてきた。

捕まってしまったら、またあの部屋に連れ戻されるのだろうか。教皇の醜悪な顔と焼きごての熱を思い出し、ソフィアは体を震わせた。もう少しで教会から抜け出せたのに…。そうしたら、カイルに、会いに行けたのに…!


「カイル…」


ソフィアが誰よりも会いたい人の名を呟いた直後ーー。



ドッッッ‼︎‼︎ガッ…ガガ、ガラガラガラ‼︎‼︎‼︎



破壊音が響き、目の前の廊下の壁面が吹き飛んだ。「うわあっ」と横にいたローガンは尻餅をつくが、不思議とソフィアには欠片ひとつ飛んでは来なかった。ソフィアたちの前を囲んでいた神兵たちは、風圧で多くが吹き飛ばされている。

驚き瞑っていた目を開ければ、壁に開いた穴から灰色のフードをかぶった人物が入ってきて、真っ直ぐにソフィア目掛けて走ってくる。普通なら怯える場面なのだろうが、ソフィアはその姿に胸がいっぱいになるほどの安堵感しか生まれなかった。そちらに手を伸ばしてソフィアも走り出そうとするが、その前に大きな胸に抱きとめられた。フードから溢れる大好きな赤髪に、ソフィアは目を潤ませる。


「カイル!」

「ソフィア‼︎怪我はないか⁈」


カイルは心底安堵したようにソフィアを抱きしめる。苦しいほどの力に、しかし力加減を忘れるほど心配してくれていたのが分かりソフィアは胸が満たされた。

しかし怪我がないかとソフィアの状態を確認したカイルは何かに耐えるように歯を食いしばり、全てを焼き尽くす様な怒りの表情を浮かべた。


「ふざ…けるな…!お前ら、ソフィアに何をした⁈」


カイルの激怒に目を見張ったソフィアは、やっと自分の現在の状態に思い当たった。泣いたせいで目は赤く、髪は乱れ、頬も殴られたせいで赤く腫れている。何より引き裂かれた胸元を押さえていた手を離してしまってるため、その惨状がカイルの目に晒されていたのだ。急ぎ胸元を隠したソフィアに自身の上着をそっと羽織らせると、カイルは誰にも見られぬ様にするかの如くソフィアを抱き上げる。そして瞳に怒りの焔を宿して神兵達を睨みつけた。血が出るほどに歯を食いしばったカイルは、ソフィアを抱き上げる腕までも怒りで震えていた。


「カイル⁈」


様子のおかしいカイルに、ソフィアは声を上げた。カイルの魔力が膨れ上がる様に乱れているのを感じる。怒りで魔力が暴発しそうなのだ。すでに倒れ伏している神兵達にさらなる攻撃を加えそうな魔力の唸りに、ソフィアは焦った。魔力の暴発は魔法使い自身をも傷つける。だからソフィアはカイルを止めるため、必死で手を伸ばしてカイルの頭をギュッと抱きしめた。


「カイル、私は大丈夫!確かに乱暴されかけたけど、そこのローガンさんに助けてもらったの!だから何にもされてないわ!」


ソフィアは膨れ上がるカイルの魔力を包み込むように自身の魔力を放出した。ソフィアのために怒る炎のような魔力に、ありがとう、私は大丈夫だよと労るように触れる。

ソフィア自身に視界を遮られた事でソフィアの柔らかな魔力に気がつき、カイルはやっと頭が冷静に働き出した。壊れものを扱うようにそっとソフィアの頬に手を当てると、じっとその瞳を見つめた。


「本当か?無理してないか?」

「うん、私は大丈夫よ!カイルが来てくれたもの。

カイルこそ、怪我したって聞いたわ。ごめんね、私が誘拐なんてされたから…」


ハッとソフィアが心配そうにカイルの怪我を確認しようとすれば、その手をギュッと握られて再びカイルの大きな胸に抱きしめられた。ソフィアを二度と離すまいとするその腕は、かすかに震えていた。


「俺の怪我なんて、どうでもいい…!良かった、ソフィアが無事で…!」

「カイル…」


ソフィアもカイルの背にキュッと抱きつくと、もう大丈夫なんだと安堵感が胸を満たした。いつまでもカイルに頼りきってはいけない、迷惑をかけちゃ駄目だと分かっているのに、カイルといると心が温かくなり、強がっている心が溶かされてしまう。


「すぐに神兵が集まってくる。一緒にメイソン卿のところに行こう」

「うん!」


カイルがソフィアを抱きしめながら、瓦礫の上に放られた箒を風魔法で手元に引き寄せ片手で受け止める。すると、座り込んでいたローガンがメイソン卿という言葉を聞きつけてガバリと起き上がった。


「ま、待ってくれ!メイソン卿の所に行くのか⁈そこにはリリアもいるんだろう⁈僕も連れて行ってくれ!」

「ソフィア、この人は?」

「リリアが話してくれたローガンさんだよ。私を助けてくれたの。カイル、一緒に行けないかな?」


ソフィアだけがこっそりと逃げ出すならまだしも、こんな騒ぎになってしまえばローガンは酷い罰を受けることになるだろう。それに、リリアもローガンさんの事を心配していた。


「分かった。ただ、箒に三人乗るのは無理だから、あなたは箒の穂に掴まってくれ」

「はい?」


混乱した表情を浮かべるローガンにカイルは素早く風魔法をかけると、ソフィアを宝物の様に大切に抱き上げて箒に跨る。カイルとソフィアを乗せて宙に浮かぶ箒に、ローガンは素っ頓狂な声を上げる。


「んな、なんだこれ⁈」

「リリアの所に行きたいのならすぐに掴まってくれ。神兵がやって来たぞ」


ドタドタと響いて来る甲冑の音に、ローガンは後がないとばかりに決死の表情で穂に捕まった。それを確認したカイルは、すぐに箒を上昇させて王都の夜空へと駆け上がった。




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