邂逅(1)
強い光がおさまり、ソフィアがそっと目を開けると、そこに湖はなく、柔らかな光が木々の合間から降り注ぐ森の中だった。
「え…?どこ、ここ…。私、湖の前にいたのに…」
周りを見回しても、ラピスラズリ島とは植生の異なる木々ばかり。しばらく呆然としていたが、ソフィアは手に持っていたラピスラズリのペンダントをギュッと握りしめると、周りを警戒しながら立ち上がり、恐る恐る木々の開けた方向へと進んでみた。幸運な事に森の縁にいたようで、直ぐに森を抜ける事が出来たが、そこから見えた景色にソフィアはひゅっと息を飲んだ。
「ここ、ラピスラズリじゃない…ヒトの町だ…」
眼下に広がる広大な大地の一角には、赤い屋根の立ち並ぶ町が見渡せた。ラピスラズリの色鮮やかな街並みとは全く違う風景だ。
「な、何で…?私、知らないうちに箒で運ばれたの?」
混乱するも、ソフィアの周りには人の気配が一切なかった。原因はともかく、ラピスラズリに帰るには町に行って魔女を探すか、教会で近隣の魔女に連絡を取ってもらうしかない。
「回診の魔女達が来ている町だと良いんだけど」
ソフィアは丘の上からヒトの町までそっと歩き出した。
ーーまさかこんな形でヒトの町に来る事になるなんて。
町の入り口まで来ると、ギュッと手を握って緊張を紛らわすように息を吐き、町の中へ一歩踏み出した。
「すみません、こちらの町では魔女の回診は行われていますか?」
「は?」
ソフィアの問いかけに怪訝そうに振り返ったのは、町の入り口付近の店先で掃除をする中年の女性だった。
「回診?何のことだい?」
「あ、あの、回診がなければ、この近くに魔女が住んでいないかお聞きできれば…」
女性の反応に、ソフィアは段々と声が尻すぼみになっていく。
「さっきから言ってる魔女って何だい?魔の者みたいで気味が悪い」
ーーー何を…言ってるの?
それがソフィアの正直な感想だった。魔女を知らない人がいるなんて思ってもいなかった。何かが…おかしい。嫌な汗が背中を伝った。
「…ここは、ランダン王国ですよね?」
「当たり前だろ。揶揄ってるのかい?」
「魔女は、…魔法を使う者のことです。精霊の力を借りて…」
ソフィアは口をつぐんだ。悍ましい物を見る目でこちらを見つめる女性に、恐ろしさが這い上がってきた。
「あんた、まさか魔の者かい⁈」
女性の上げた大声に、周りの者たちから一斉に視線が集中した。怯え、忌避感、嫌悪、殺意…それらの感情が矢となってソフィアを貫いた。
「誰か、神兵を呼んできとくれ!」
神兵とは何かーー知らなくとも、自分に危害を加える物であろう事は聞かずともわかった。
「痛っ!」
突然頭に響いた痛みに目を開くと、頭に投げつけられた石が足元に転がるのが目に入った。
「!」
今まで、まだ夢の中にいるようだった意識が急激に現実のものとして恐怖を伴いソフィアを襲った。震える足を叱咤して何とか町を出ようとするが、体格の良い男性に腕を掴まれた。
「うっ…!」
骨を折っても構わないとでもいうような、容赦のない力で掴み上げられて腕が悲鳴をあげる。
何で?何でこんな事になってるの?
男が拳を振り上げ、殴られると悟ったソフィアはギュッと目を閉じた。歯を食いしばって耐えていた涙が落ちそうになった時、突然腕が解放され、温かな手に引き上げられた。
「えっ?」
目を開けると、男の腕を捻りあげる灰色のフードを被った人物の背中にいつの間にか庇われていた。
「ギャア!」
ソフィアを捕まえていた男が悲鳴をあげると、フードの人物はパッと手を離してソフィアの腕をとって走り出した。




