誘拐(3)
少しでも声を出したり怪しい動きをすれば殺すと脅され、首に剣を当てられながら馬車に放り込まれたソフィアは、やがて馬車の停車と共に外に出される。馬車の中は窓も閉め切られてどこへ向かっているのか分からなかったけれど、外に出れば否が応にも自分がどこに連れてこられたのか分かってしまった。
広い敷地内に荘厳な鐘楼が見えるーーここは、ソフィアたち魔法使いにとって最も危険な場所である教会本部だ。
神兵に囲まれて移動した先は、大聖堂から離れた位置に立つ建物の一室だった。ダミアンによって長椅子にうつ伏せに抑え込まれ、後ろ手に腕を縛り上げられる。抗えない男の力で押さえつけられ、ソフィアは自分がこれからどうなってしまうのか恐怖に震えた。魔の者とはバレていないが、王の治療をした邪魔者として殺される可能性は十分にあるのだ。
「いいな、これから来られるお方に失礼のないように。本来お前の様な者は一生会うことなどできぬ高貴なお方だ」
そう言い置いて外に出たダミアンと入れ違いに部屋へ入ってきたのは、金糸の刺繍された重厚な青い法衣を着た中年の男だった。
「誰…?」
ソフィアの震えた言葉に気分を害した様に眉を寄せた男は、ソフィアを見下しながら吐き捨てるように言葉を発した。
「ふん、下々の者は教会の頂点たる教皇の顔も知らんのか」
男の言葉に、ソフィアは息を飲んだ。
「教…皇…‼︎」
ーーこの人が、魔法使いの迫害を指示する現教皇のジャイナ卿…!魔法使い達の命を、自分の権力のために奪う人…!
処刑された魔女や迫害に苦しんできた隠れ里のみんな、そして本来なら助けられるはずだった人々の姿が脳裏に浮かぶ。
ソフィアは怒りを抑えるために爪が食い込むほど拳をギュッと握りしめた。
「お前が王を治療したという女だな。忌々しい!もう少しで邪魔者がいなくなるところだったのに。
本当なら我らの計画を邪魔した者など嬲り殺したい所だが…、お前の医学知識の高さは利用価値がある。神の御子では治せん病気もあって困っていたところだ。
光栄に思え。そなたのような者が私の役に立てるのだから。これからは、この教皇である私の指示のもとでのみ治療を行うのだ。そうすれば、不自由のない生活を保証してやろう」
自らの言葉に異をとなえる者などいる訳が無いとでもいう態度に、ソフィアはキッとジャイナ卿を睨みつけた。
「私は、あなたの欲のための計画に協力などしません」
そう告げた直後、ソフィアは頬を打たれて床に倒れ伏す。頬を焼けるようなジンジンとした痛みが襲う。ジャイナ卿は怒りに顔を赤黒く染めてソフィアの髪を掴み上げた。
「下民が私に逆らうなど…‼︎その目が気に入らぬ!二度と逆らえぬようその体に叩き込んでやろう」
ニヤリと醜悪な笑みを浮かべたジャイナ卿は、暖炉から焼きごてを手にすると、倒れ伏すソフィアの上に覆い被さり、乱暴に胸元の服を引きちぎった。
「い、嫌‼︎」
ソフィアは頭の中を占める恐怖に体の震えを止めることが出来ない。何かしなくてはと思うのに、恐怖に体は引き攣り、全く言うことを聞いてくれなかった。赤々と燃える焼きごてが、ソフィアの眼前に晒される。
「このままこの焼きごてでお前の胸に奴隷の印を刻んでやろう」
今までも、この男は同じように沢山の人を脅し、支配してきたのだろう。この男が権力を持つ限り、きっと魔法使いだけでなく、多くのヒトが犠牲になる。こんな男に、絶対に屈したくは無かった。それなのに、迫り来る痛みと恐怖に震えるしかない自分が情けない。私は、魔女長なのに…!みんなを、守らなければいけないのに…!
ーー俺も、一緒に背負うよ
無力感に苛まれるソフィアの脳裏に、カイルの言葉が蘇った。
元の時代でラピスラズリを受け継いだ時、ソフィアはその大きな責任を一人で背負わなければならないと覚悟していた。きっと私のような出来損ないは誰も認めてくれないと分かっていたから。それでも魔女長を継承するのならば、一人で立たなければならないのだと…。
だから、初めてその荷を一緒に背負うと言ってくれたカイルの言葉には、とても驚いてーーとても、嬉しかった。カイルの重荷になりたくなくて断ったけれど、少しでもその未来を想像しなかったと言えば嘘になる。カイルと、ずっと一緒に生きてきけたら…。
カイルの事を想ったとたん、涙が溢れそうになった。
ジャイナ卿の持つ焼きごてがソフィアを痛ぶるようにゆっくりと近づき、ソフィアの肌に触れようととしたその時、部屋にコンコンとノックの音が響いた。ジャイナ卿は忌々しそうに返事をする。
「誰だ!ここには誰も近づくなと伝えていたはずだぞ!」
「申し訳ありません父上。火急の知らせがございます」
扉の外の声にジャイナ卿は舌打ちをしてソフィアの上から体を退かす。ソフィアは滲む視界の中、体を震わせながらうずくまった。心臓の悲鳴がドクドクと耳元で響き、喉が引き攣る。
ジャイナ卿は扉を開くと外の男と話し出した。
「どうでも良い内容なら分かっているだろうな、ローガン」
「実はその娘は魔の者だという情報が入りました。以前から西と南の地で伝染病の治療を行っていたという女が、その娘なのです」
「なんだと⁈」
「魔の者と直接関わるのはその者の能力を把握してからでなければ危険なため、お知らせに参りました」
「…ちっ、そうだな。火だるまになってはかなわん」
ジャイナ卿は舌打ちをしてソフィアを忌々しそうに横目で睨みつける。
「それから、王弟がお見えになっています」
「もうそんな時間か。
おい、お前がこいつの見張りをするんだ。伝染病の治療をした魔の者ということは、あの忌々しい赤髪の近衛騎士とも繋がりがあるだろう。私が戻るまでに口を割らせておけ。多少痛めつけても構わん。その方が素直に言う事を聞くようになるだろうからな。愚図なお前でも、そのくらい出来るだろ」
そう言ってジャイナ卿はドスドスと部屋を後にしていった。その気配が完全になくなると、廊下にいた男は部屋の中に入って来て扉を閉じた。ガチャリと響くその音に、ソフィアはビクリと肩を震わす。怯えながら視線を上げれば、線の細い気弱そうな男がベット傍に立った。そしておもむろに声を潜めてソフィアに問うてきた。
「…お前は、リリアと言う少女を知っているか?お前と同じ年頃の、金髪の少女だ。…魔の者として追われている」
男の言葉に、ソフィアは目を見開いた。そういえば、この人はさっきジャイナ卿を父上と呼んでいた。
「…貴方は、もしかしてリリアが話していた教皇の次男のローガンさんですか?」
「リリアを知っているのか⁈彼女は今無事なのか⁈」
ソフィアからリリアの名前が出た途端、ローガンは切羽詰まった勢いでソフィアに迫った。ソフィアは目元を拭うとしっかりと頷いた。
「は、はい。リリアが神兵に追われていた所を助けてから、私達と一緒に旅をしていたんです」
「そうか…、良かった…」
ドサリと力が抜けたように床に座り込んだローガンは、弱々しく笑みを浮かべた。そしてハッとしたようにソフィアに質問をかさねる。
「リリアは今どこにいる?まさか彼女も捕まっていないだろうな」
「私と一緒に王都に来て、今はメイソン卿の所にいます」
ソフィアの言葉を聞いて何かを決意する様に顔を上げると、ローガンはソフィアに告げる。
「お前を逃してやる。そのかわり、必ずリリアを王都から逃がすと約束しろ」
「そんな事して、あなたは大丈夫なんですか?」
「リリアが無事なら、それで良い。どうせ俺なんて教会の厄介者だ。追い出されるのが遅くなるか早くなるかの違いだからな」
ローガンは慣れない手つきで何とかソフィアの腕を縛るロープを解くと、恐る恐る廊下の様子を伺いソフィアに「行くぞ」と声をかけた。ソフィアは自由になった手で胸元を押さえると、意を決して教会内部へと足を踏み出した。




