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誘拐(1)

王の治療も終わり、後は月に一度の服薬で経過を見れば良い段階になり、ソフィアはカイルにメイソン卿の屋敷に戻ることを伝えた。


「リリアも心配しているだろうから、一度戻るね。私がいると、カイルのお仕事邪魔しちゃうし」


王の治療を行っている間、カイルはソフィアにずっと付き添ってくれていた。王弟派の人間に見つからないよう、守ってくれていたのだ。


「ソフィアのお陰で、本当に助かった。後は俺達が何とかするから、ソフィアは安全な所にいてくれ。

…やはり、メイソン卿の屋敷まで俺が送っていこうか?」


何度目かのカイルの提案にソフィアは苦笑をこぼす。今日は王弟とジャイナ卿の密談が交わされると見られる日なのだ。王の病からの回復が公表されてから、各地の神兵を王都に集結させる動きがあり、さらに明日は多くの国民の集まる教会の一大行事である大祭がある。いよいよ大きな動きがあると予見される中、気配を消して空から侵入出来るカイルは情報収集の上で大きな役割を担っていた。


「大丈夫だよ。これから大事なお仕事があるんでしょ?殿下が馬車の護衛の人もつけてくれるみたいだから心配しないで」

「…もっと、我儘を言ってくれても良いんだがな…」

「?カイル…?」


カイルの呟きが聞き取れず首を傾げるが、カイルは何でもないと笑うとソフィアを見つめた。


「ソフィア、きっともうすぐ全ての方が付く。そうしたら、すぐに飛んで戻るから。だからソフィアは、ラピスラズリで待っていてくれ」

「うん。カイル、気をつけてね」


カタゴトと揺れる馬車の中から、ソフィアは小さくなるカイルを見つめた。少しでも早く事態が解決しますように、カイルに怪我がないようにと祈りながら。カイルも、馬車が見えなくなるまでじっとその場に佇みソフィアを見送ってくれた。


ーーカイルは大きな動きがある前にソフィアを王都から避難させたかった。そのためソフィアを見送ったのだが、後にその選択を酷く後悔する事になる。



ソフィアを乗せた馬車が賑やかな中心街を抜けて静かな住宅街に差し掛かった最中、馬の悲鳴と共に馬車が大きく揺れて停車した。


「痛っ!」


ソフィアは体を支えきれずに壁に肩を打ちつけた。護衛の騎士の何者かと争う声、剣の交わる金属音に身をすくませる。

事故なんかじゃない。これは、この馬車を狙ったものなの⁈

一瞬の静寂の後、蹴破るようにこじ開けられた扉から侵入してきた黒ずくめの男を目に入れた瞬間、ソフィアは頭に衝撃を感じて意識は暗闇へと落ちていった。



***


カイルは早朝にソフィアを見送った後、すぐに王都周辺の神兵の動きを確認しに王都外へ出向いていた。しかし突如肌を何かが這うような、ひどく嫌な予感に襲われた。


「ソフィア…?」


バッと王都へ振り返ったカイルは、箒に乗っている姿を見咎められる危険を冒しながらも王城まで飛び、すぐさまオースティンの執務室に飛び込んだ。

ただの気のせいなら良い。だが、何かソフィアに危険が迫っているのでは…。そう思うと、確かめずにはいられなかった。


執務室に飛び込んできた息を切らすカイルに向けて、険しい顔をしたオースティンから無情な事実を告げられる。


「今、報告を受けた。ソフィアさんが誘拐された」

「…な、何故⁈護衛をつけていたんじゃないのか⁈」

「すまない、腕利きを数名つけていたのだが向こうのほうが数段上だったみたいだ。恐らく、どこからか王の治療をしたのが彼女だとバレたんだ。彼女を捕まえて利用するつもりなのか、…邪魔者として消そうとしているのか、今の段階では分からない」

「クソっ」


守ると誓っておいて、俺は何をやっていた⁈ソフィアは俺たちを助ける為にここまで来てくれたのに…‼︎

王の治療も終了し、王城内で何の襲撃も無かったことからソフィアの事は漏れていない筈だと油断していた。しかしそんなもの、言い訳にもならない。最後に見たソフィアの笑顔が思い出される。ソフィアに何かあれば、俺は…!


「カイル、殺気を抑えろ」

「オースティン、こんな状況の中悪いが俺はソフィアを探しに行く」

「分かっている。俺にとっても彼女は恩人だ。絶対に助けたいと思っているが、闇雲に探し回ってもしょうがないだろう?」

「一番可能性が高いのは教会だろう」

「お、おい、本気か⁈今は神兵達が教会本部に集まっているんだぞ」

「内部に忍び込めれば、近くまで行ければ俺ならソフィアを見つけることができる」

「その前にお前が捕まるぞ」

「ソフィアさえ助けられればそれで良い!」


今手をこまねいている間にもソフィアに何かあったらと思うと気が狂いそうだった。

カイルの剣幕に、オースティンは顔を覆って溜め息をつく。


「分かった。止めても無駄なことはよーく分かった。だが、せめて真正面から激突するのはやめろ。あくまで忍び込め。ソフィアさんを連れて逃げる時、追っ手が多ければ多いほどソフィアさんも怪我をする確率が高くなってしまうぞ」

「…分かった。行ってくる」

「もしもソフィアさんが教会で見つからなければ、一度ここへ戻ってこい。こちらでも情報を集めておく」

「頼む」


そう言ってカイルは箒を掴み、気配を消しながらすぐさま教会付近まで飛んだ。


高くそびえる鐘塔が特徴的な大聖堂は、大祭を控え金糸と青糸で編み込まれた飾りがそこかしこで飾られており、通常よりも多くの人々が参拝に訪れている。全ての国民が信仰する教会の総本山である教会本部は、属する人数も相当数のものだ。その人数を内包する本部は大聖堂の奥にも広大な敷地を有しており、さながら城のような外観だ。その中の一つの建物の屋根に降り立ったカイルは、周囲を警戒しつつ音もなく建物内に侵入した。


風魔法で気配を消しながら、神兵や修道士、使用人の動きを観察しながら怪しい部屋を探していく。広大な敷地内で目星が付けられず焦るカイルは、いくつ目かの建物で数人の神兵によって厳重に守られた部屋を見つけた。カイルは一度外へ出て窓からの侵入を試みた。

箒でベランダに降り立ち、風魔法の応用で鍵を開けると静かに室内に侵入する。風でカーテンが捲り上がり、室内にいた人物が振り返った。


「誰⁈」


室内にいたのは、二十代後半の白い法衣を纏った女性だった。神兵による軟禁状態にも関わらず、不便な事がないよう整えられた室内。そしてオースティンから聞いていた容姿から導き出された答えをカイルは口にする。


「あなたは、…神の御子ですか?」

「そ…うです。あなたは、どうやってここへ侵入してきたんですか?外には沢山の神兵がいるのに…」


怯えたように後ずさる神の御子だか、次のカイルの言葉に目を点にした。


「箒で飛んで外から侵入したんです」

「は?」


説明しても分からないだろうと、カイルは箒を浮かせて見せた。


「魔の者と呼ばれる者は、精霊の力を借りて自然の力を扱える者の事なのです。あなたの力も、その魔法と呼ばれる物です。教会は、その力を独占して利益を得ようとしている」


カイルの言葉に、女性はハッと息を飲む。カイルはソフィアの話を思い出していた。勘だか、恐らくこの女性は自分から教会に協力している訳では無いと思えた。


「魔法は人を助けるための力なのだと言って、たくさんの伝染病の患者を救ってきた少女が誘拐されたんです。恐らく王を治療したために王弟派と教会に危険視された為と考えられます。俺は、どうしても彼女を救いたい。何か心当たりはありませんか?なくとも、教会本部内で囚われた人を収容する場所を知りませんか?」


カイルの真剣な言葉に、当初は何もかも諦めたような表情をしていた女性は段々と瞳に強い意志を宿し始めた。恐らくとても頭の回る女性だ。


「今朝の神の御子としてのお勤めの場では、教皇に特に変わった様子はありませんでした。しかし、囚われた人の収監場所は知っています。交換条件を聞いて頂けたら、お教えしましょう」

「交換条件?」

「私の夫をそこから助け出すと約束して下さい」

「…人質として囚われているんですね」

「はい。

私は、ただの医者の娘でした。女なので実際の治療には携わらなかったけれど、手伝いで様々な治療を見て育ちました。その後、父の弟子であった今の夫と結婚したのですが、町で事故に巻き込まれて夫が怪我をした時に、光が溢れて夫の体に移り、怪我が治ったのです。その現場を目撃した教皇に、魔の者として処刑されたくなければ言う事を聞けと脅されて…。夫も、人質にされたのです」

「事情は分かりました。その場所はどこですか」

「隠された入り口があるのですが、普段は神兵が見張っており近付くことが出来ません。ですが、空からなら侵入出来るかも。一番西の茶色の塔です。露見すると不味いものは、教皇は全てそこに隠しているのです。

どうか、夫を、ジルを助けて!あなたは王に仕える人ですよね?夫を助けてくれたなら、いくらでもそちらに協力します」


カイルは頷くと部屋を後にした。

正直、ソフィアを助ける事以外に割く時間は無かったが、同じ場所に囚われている人を助けるくらいなら力を貸そうと思った。少なくとも、ソフィアなら必ずそうしただろうから。


西の塔にたどり着くと、周りに多くの神兵がいるのが確認できた。窓から侵入すると言っても、何とか人が一人通れそうなはめ殺しの窓しかない。魔法で破壊出来たとしても、確実に外の神兵に気づかれるだろう。だが、恐らくこの塔にいなければソフィアは教会にはいないだろうと予感がした。


「それなら、躊躇う時間が惜しい…!」


カイルは風の魔法陣を生成すると、はめ殺しの窓を目掛けて魔法を発動させた。破壊音と共に、カイルは窓に箒ごと突っ込み塔に侵入する。階下では神兵の怒鳴り声が聞こえてくる。すぐにここまでやってくるだろう。

踏み入った塔の中は牢屋になっており、何人かの人が囚われていた。しかしーー


「いない…」


ソフィアが教会にはいない事を悟ったカイルは、血が出るほどに拳を握りしめた。

俯いている時間はない。早く、別の場所を探さなければーー!

顔を上げたカイルは、パッと近くの牢の中の男性と目が合った。眼鏡をかけて痩せ細った男性は、しかし穏やかな雰囲気をしており、どこか先程の女性と同じ空気を感じさせる。


「貴方は…ジルさんですか?」

「あ、ああ。君は一体…?」


狼狽える男性の牢を魔法で粉砕すると、目を白黒させる彼を肩に抱え上げて箒を手にした。


「ちょっ、君、一体何を⁈」

「説明は後にさせて下さい。私は神の御子の女性に貴方を助け出すよう頼まれた者です」

「な、オリア!彼女は無事なのか⁈」

「だから後で説明します!もうすぐ神兵がやってくる!」


階段から複数の足音と甲冑の擦れる音が聞こえてくる。カイルは先程開けた窓から男性を放り投げると、直後にカイル自身も飛び出し悲鳴をあげる男性を空中でキャッチした。


「このまま城へ飛びますよ、しっかり捕まっててくださ…クッ‼︎」


カイルは左腕に焼けるような痛みを感じて一瞬体勢を崩す。しかし気合で持ち直し眼下を睨むと、破壊された窓の奥から怪しく笑う神兵と目があった。その神兵は顔に仮面をつけていたが、青いマントとその金髪には覚えがあった。


「教会の狂信者…!生きていたのか」


カイルは険しい表情で左腕に刺さった短剣を引き抜くと、どくどくと流れる血もそのままに王城まで飛び、オースティンの執務室に戻った。

血塗れのカイルに、オースティンは血相を変えて側にかけてくる。


「おい、どうしたんだ!」

「逃げる時に腕をやられた。毒が塗ってあったみたいだ」

「おい、不味いじゃないか⁈医者を読んでくる!」


赤黒く変色し熱をもつ傷口に焦るオースティンに、カイル苦しげに息を吐きながらは待ったをかける。


「大丈夫だ…。解毒薬はある…」


カイルは腰に下げた袋から薬を取り出すと、一気に中身を呷る。しばらくすると、身体中を苛む痛みが緩和されてきた。赤黒く変色していた傷口も、段々と回復してくる。


「凄い効果のある解毒薬だな。どうしたんだこんなの。それに、そこの男性は?」

「あの人は、人質にされていた神の御子の夫だ。薬は…、ソフィアが、持たせてくれたんだ…」


カイルは瓶を握りしめ、絞り出すような声で返した。カイルはよろりと立ち上がると、反対の拳で壁を殴りつけた。


「クソッ…‼︎」


結局ソフィアを見つける事は出来なかった。逆に、こうやってソフィアに助けられる始末だ。ソフィアの魔法は、いつだって俺を救ってくれる。そんなソフィアを、俺は守ると誓ったのに…‼︎


ソフィア、どこにいる…?頼む…、無事でいてくれ…!


カイルは苦渋の表情で赤く染まった拳を握りしめた。


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