王の治療(3)
オースティンが先頭で、ソフィアを真ん中に真っ暗な階段と狭い通路を進んでいく。最後は上りの階段があり、その階段を登り切ると天井の隙間から小さな灯りの筋が見えた。
「ここだ」
オースティンが手をかけようとするのを制し、カイルが先頭に来ると中の様子を風魔法で探った。
「大丈夫だ。陛下しかいない」
「お前、便利だなぁ」
感心したように瞳を輝かすオースティンに構わず、カイルは慎重に天井の扉を開けて王の寝室に侵入した。
「ソフィア」
「ありがとう、カイル」
差し出された手に引き上げられて、ソフィアも部屋の中に足をつけた。
薄暗い部屋の中、王は豪奢な寝台に静かに横たわっていた。病のせいか痩せているが、顔立ちは王子と似通っており血の繋がりを感じさせる。深く寝入っているようだったが、ソフィアたちが近づくと薄く目を開け視線をよこした。
「君は…」
「父上、伝染病の治療で民を救ってくれた魔女のソフィアさんだよ。今日は、父上の治療に来てくれたんだ」
オースティンの紹介に、ソフィアは頭を下げる。
「お初にお目にかかります。魔女のソフィアと申します」
王はソフィアに顔を向けると穏やかに微笑んだ。
「私はこの国の王のラーファルトだ。ソフィア殿、話は聞いているよ。民を救ってくれた事、誠に感謝している。礼を尽くしたい所だが、伏せったままですまないね」
「とんでもございません。私は特効薬の作り方を知っていただけ。カイルがいなければ、私は何もできなかったでしょう。
このような若輩者に不安はあるでしょうが、私に陛下の治療をさせていただけますか?」
「ああ。手間をかけさせてすまないね。起きているのも、ここの所辛くなってしまって」
王はオースティンに後を頼むとそのままぐったりと瞳を閉じた。ソフィアはオースティンの了解をとると枕元に近づきその腕をとり脈を確かめる。
脈をとりながらも、顔色が黒いのが気になった。恐らく肝臓か腎臓の疾患の可能性が高い。
その他にも王の体を注意深く観察した時、ソフィアは両腕の無数の引っ掻き傷に目をとめる。
「もしかして…ずっと皮膚の痒みを訴えていましたか?」
「ああ、それはずっと前から言っていたな。王宮医師が作った塗り薬をよく使っていたが、なかなか改善しなかったようだ」
やっぱり…。恐らく、肝臓の組織が破壊されて起こった痒みだわ。それなら…。
すっと視線をうつし、ソフィアは足の状態も確認する。
「浮腫もありますね。瞳の黄疸はありませんでしたか?そして、強い倦怠感もありましたね?」
「あ、ああ」
ソフィアの矢継ぎ早の指摘に、気圧されたようにオースティンは頷く。まさに指摘された症状に心当たりがあったのだ。ソフィアは水の精霊の助けを借りて体内の水の流れを感じ取りながら、詳しく王を診察した。
…やっぱり肝臓の流れが滞っている。もしかしたら合併症の可能性もあるかもしれない…。必要なのは、エレア草、ティーン草、それに動物性の生薬も必要だわ。でも、これなら助けられる…!
そして、おおよその診断が出たところでオースティンを振り返った。
「診断用の魔法薬での検査は必要ですが、恐らく完治は難しいご病気です」
「っ…そうか」
苦しげな表情のオースティンに、しかしソフィアは穏やかな顔で先を繋げる。
「ですが、定期的な薬の服用で日常生活を問題なく送れる様に回復させる事は可能です」
「本当かい⁈父は、また起き上がれるようになるだろうか?」
希望の糸が途切れるのを恐れるかのように震える声で聞き返すオースティンに、ソフィアはしっかりと頷いた。
「はい。今、必要な物を書き出しますので、手配をお願い出来ますか?手持ちの薬草では足りないものもあるので」
「あ、ああ!今すぐに手配しよう!」
行き詰まっていた現状で、やっと希望の光を目に宿したオースティンは輝く笑顔で頷いた。
幸か不幸か人の少ない王子宮はソフィアが誰にも見咎められないように調合をするのに適していた。すぐに用意された材料を前に、ソフィアは調合を開始した。ソフィアの護衛には、当然のようにカイルがついた。
特殊な乾燥方法で魔力を込めながら水分を飛ばし、用意した薬草それぞれの適切な条件下で成分の抽出を繰り返す。月明かりの元、魔力の光で照らされるソフィアの真剣な横顔を、カイルは静かに見守っていた。
それからニ週間かけてソフィアが調合した魔法薬を服用した王は、顔色も戻り起き上がれるまでに回復した。ベッド脇で王の体調を再び診察していたソフィアは、もう何度目か分からないオースティンからの感謝の言葉に苦笑を浮かべた。
「ソフィアさん、ありがとう!何と感謝すれば良いか」
「いいえ、魔女として病気の方を助けるのは当然です。それに、私はカイルの手助けがしたかっただけですから。
ですが、回復するまで無理は禁物ですよ。回復後も食事制限と禁酒は徹底して頂きます」
「ああ!父はワインを愛しているが、息子である私が責任を持って禁酒させよう!」
オースティンの言葉に、王であるラーファルトもベットの上で苦笑を浮かべる。王はオースティンと同じ翠の瞳を細め、穏やかな顔でソフィアに向き直った。
「ソフィア殿、命を救って頂いたこと、誠に感謝している」
「そんな、勿体ないお言葉です」
頭を下げた王に、ソフィアは慌てて首を振って顔を上げるように促す。
「君たちのこれまでの事はオースティンから聞いている。落ち着いたら、魔法使いと人が共存していける社会について共に話をしようじゃないか」
「は、はい!是非!」
王の言葉に、ソフィアは目を潤ませて晴れやかな笑顔を浮かべた。魔法使いを認めてくれる人が増えることが嬉しかった。魔法使いが迫害される事ない未来への道筋が、小さな光として目の前に現れた気がした。




