王の治療(1)
カイル視点になります。
カイルは王都に戻ってから、オースティンと共に裏から王弟の情報を集めていた。王位を狙う動きは見られても、確実に捕らえるための証拠が足りない。王弟の権力が強まる中、決定的な証拠がなければ引き摺り下ろされるのはこちらだ。
王弟ラヴァル公爵と現教皇であるジャイナ卿の狙いも分かった。どうやら王弟側は、神兵の設置を後押しした見返りに、王位略奪の際の兵力として神兵を利用するつもりのようだった。しかも教会の権力も高まれば、魔の者の排除に否定的だった王やオースティンに批判の目を向けさせる事ができる。
教会側も自由に使える武力を持てる事で、自分たちに都合の良い魔力持ちを狩り、独占できる。二人はお互いの利益の為に手を組んでいるのだ。
恐らく奴らは現王ラーファルトが亡くなるのを待っている。そうすれば、まだ経験の浅いオースティンの支持基盤を食い尽くし、オースティン自身の殺害も容易だと思っているのだろう。
王の容態は日に日に悪化していく。王宮医師も、現状の回復は出来なかった。ソフィアから回復魔法の基礎は教わっているが、回復魔法は医療知識があり、その病の原因や治療方法を理解していなければ治すことなど出来ない。カイルに出来るのは、精々軽い怪我を直す事くらいだ。
ソフィアがいてくれれば…そう思ってしまう考えを頭を振って振り払う。こんな危険なところにソフィアを連れてこれる訳がない。それに、国の問題などにソフィアを関わらせたくなかった。優しい彼女は、きっと心を痛めてしまうだろうから。
ままならない現状に眉を寄せていたある日、メイソン卿の使者から面会を求められているとオースティンから連絡を受けた。現在カイルはジーア侯爵の屋敷や王城を人目を避けながら行き来しているため、カイルに伝言を伝えられるのはジーア侯爵かオースティンくらいだった。
告げられた時刻に城のオースティンの執務室に出向いたカイルは、そこに使者と共にいた人物に目を見開いた。
「ソフィア!何でここに⁈」
そこには、カイルが誰よりも安全な場所にいて欲しいと願うソフィアの姿があった。ソフィアはカイルの姿を見てパァッと顔を輝かせたが、カイルの険しい表情にしゅんとうなだれた。
「ご、ごめんね、カイル。私、王様の病の話を聞いてどうしてもカイルのことが心配で。何か力になれないかって、リリアに乗せてきてもらったの」
「ここは危険だ!すぐ近くに教会本部の大聖堂がある上、王城内にも教会と繋がっている者はたくさんいるんだぞ!今すぐリリアと帰るんだ」
「でも、王様の容態が悪いって聞いたわ!王様に万が一の事があれば、カイルの立場は、とても厳しいものになってしまうのでしょう?私、少しでもカイルの役に立ちたいの!」
「ソフィア…」
顔を上げたソフィアの決意を込めた青色の瞳に、カイルは言葉を飲み込んだ。その後ろから、オースティンがひょこりと顔を出した。
「へぇ、君がカイルの…。
初めまして、お嬢さん。私はオースティン・ランダン。カイルの親友だよ。君のことはカイルからいろいろ聞いてる」
人当たりの良いおどけた表情で挨拶をするオースティンに、ソフィアはスッと姿勢を正して王族への礼をする。
「初めまして、殿下。私はソフィアと申します。
王陛下の治療を、私にさせてはいただけませんか?」
ソフィアの言葉に、オースティンは笑みを消してソフィアと向き合う。
「君は王の治療をする意味を分かっている?もしそれで王が死ねば、君は責任を取れるのかな?」
「オースティン⁈」
オースティンの言葉に、カイルは驚いたような声を上げる。しかしソフィアの真剣な眼差しは揺らがなかった。
「理解しております。だからこそ王宮医師は代々貴族が担ってきたのでしょう。今の私では、差し出せる物は私の命一つしかございませんから」
「ソフィア⁈お前がそんな責任負わなくてもいい‼︎」
「カイル、王の治療をすると言うのは、国の命運を握ると言うこと。私、その覚悟を持ってきたわ」
強い意志をのせたラピスラズリの瞳に、カイルはグッと息を飲んだ。
「…ソフィアは俺を助ける為に来てくれたんだ。だったら、その責任は俺の命でとる」
「だ、駄目だよ!治療に絶対はないんだよ!カイルが死んじゃうなんて、絶対嫌だよ!」
「それは俺の台詞だ!ソフィア、頼むから命をかけるような事しないでくれ」
目の前でお互いを庇い合う二人の様子を、オースティンはポカンとした表情で眺める。しかし、堪えきれず…。
「プッ、アハハハハ!」
「オースティン?」
「殿下…?」
腹を抱えて笑い出したオースティンに、ソフィアとカイルは同時に首を傾げる。その姿もツボにハマってしまい、オースティンはなかなか笑い止む事が出来なかった。
「君達似てるなぁ。カイルのそんな必死な表情初めて見たよ」
何とか落ち着き、目尻の涙を拭いながらオースティンはソフィアに向き直った。
「ソフィアさん、脅すような事を言って済まなかったね。王の病状は、今まさに国の命運を握っていると言っていい。それを理解しているかだけ確認したかったのだけれど、君はすでに十分分かっているようだ」
オースティンはスッと頭を下げる。
「王宮医師も王の病を治せなかった。今は、君の知識に縋るしかない。どうか、父を治療してくれないだろうか」
「どうか頭を上げてください。元より、そのつもりで参りました。むしろこんな若輩者の私に治療をお任せくださいます事に感謝いたします」
頭を上げたソフィアの凛とした立ち姿に、カイルは拳を握りしめた。




