王都へ
びゅうびゅうと風を切る音が絶えず耳元を過ぎ去って行く。ソフィアはリリアの背につかまりながら、箒でメイソン卿が司祭をしていた町を目指していた。朝日がのぼりだした頃、見覚えのある教会の尖塔が見えた。
「見えた!リリア、あそこ!」
「はい!」
箒を町の近くの森の中に下ろすと、二人は大地に降り立った。町の中に入り教会の前までやってくると、数人の修道士や修道女が教会の周りを掃き清めていた。朝早くの訪問者が珍しいのかソフィア達に顔を向けた修道士が目を見開いてソフィアを呼んだ。
「魔女のお嬢さんじゃないか!こんな時間にどうしたんだい?」
「お久しぶりです。あの、実は私達、司祭様にお会いしたくてやって来たんです」
ソフィアの言葉に難しそうな顔をした修道士は、近くの者にしばらく抜ける事を伝えるとソフィア達を教会内の一室に招いてくれた。
「どうぞ、寒かったでしょう」
「わあ、ありがとうございます。とても温まります」
温かな紅茶を口に含んでソフィアとリリアがホッとした表情を浮かべるのを見てから、彼も正面の席に座って話を切り出した。
「魔女のお嬢さん、実は司祭様は今この町にはいないんだ。私から詳しい話を伝えることはできないが、彼は今王都にいる」
「はい、それは聞いています。実は…」
ソフィアは今までの経緯を掻い摘んで伝えると、彼は納得したように頷いた。
「そうか、カイル殿も王都に…。正直王都は神兵達の拠点だから危険だと止めるべきなのだが…。
この町の恩人の頼みだ、司祭様の居場所を教えるよ」
「ありがとうございます!」
メイソン卿の王都での滞在場所を教えてもらったソフィアとリリアは、教会で仮眠をとらせて貰った後再び王都を目指して空を駆けた。
「ソフィアさん、あれが王都ですよ!」
「わあ、大きいね」
リリアの指す方向には、立派な王城と荘厳な大聖堂が遠くからでも確認できた。
ーーあそこにカイルがいるんだ。今、どうしてるのかな…。どうか、怪我していませんように…。
会いたいとはやる気持ちを抑え、ソフィアは近くの森の中に降り立った。
「後は城門を越えれば王都ですね。神兵に見つからないかドキドキします」
「うん、見つからないように出来るだけ高く飛ぼう。リリアはずっと飛んでて疲れてない?夜まで私が見張りをしてるから、少しでも休んでて」
「そうしますね」
夜の帳が下りる頃、二人は闇夜に紛れて音もなく箒で王都の城門を越えた。
眼下に複数の神兵を見つけた時は、誰も上を見上げませんようにと心臓が壊れるほどドキドキしながら息を殺して二人は上空を通り過ぎた。やっと教えられた特徴の屋敷を見つけて屋上に降り立った時には、二人して地べたに座り込んでしまった。
「無事について良かったですー。緊張で箒の操作を誤ったらどうしようかと思いました」
「リリア、ありがとう。リリアのお陰だよ」
二人で無事を喜び合っていると、不意に屋上の入り口のドアが鈍い音をして開いた。
「お前たち、何者だ!どうして屋上にいる⁈」
この屋敷の人だろう、警戒してソフィア達を睨みつける様子に、ソフィアは慌てて頭を下げた。
「勝手にお邪魔して申し訳ありません!私たち、司祭様にお会いしたくて来たんです!あの、怪しい者じゃ…」
どうやって信じて貰おうかと慌てているソフィアに近づいて来た人物は、ソフィアの顔を確認すると驚いたように声を上げた。
「君は…魔女のお嬢さん…ソフィアさんじゃないか!」
「え?あ、あの時の修道士さん!」
この人も、ソフィアと共に病人の看病にあたっていた修道士だった。メイソン卿の補佐をしていた方がここにいると言うことは、間違いなくメイソン卿もここにいる。ソフィアはホッと安堵の息を零した。
その後、案内された一室でソフィアはメイソン卿と再会した。彼はお忍びの為かいつもの青色の法衣は着ておらず、それだけで別人のような印象だ。しかし穏やかな雰囲気は初めて会った時と変わらない。
「司祭様、お久しぶりです」
「久しぶりだね、ソフィアさん。
カイル君を王都に呼び戻した事は、本当に申し訳なかったね。それに、君まで危険な王都に来ることになってしまって…」
申し訳ないと頭を下げるメイソン卿に、ソフィアは慌てて首を振る。
「そんな!むしろ、カイルの親友の危機を教えていただけた事、本当に感謝しています。私の旅に付き合わせたせいで、もしも王子様の危機に間に合わなければ、きっと私は自分が許せなかった」
「そうかい…。そう言って貰えるとありがたい」
「それに、今回私が王都に来たのは、私自身の我儘なのです」
「ソフィアさんは、カイル君に会いにきたのかな?」
「はい。そして、叶うのならば王の治療を」
ソフィアの言葉に、メイソン卿は目を見開いた。
「君は、王の病を治せるのかい⁈」
「診察をしなければ分かりませんが、この時代の医療で不可能な事でも、魔法薬なら救う事が出来るかもしれません。現状は、どのような様子なのですか?」
「私も実際に王にお会い出来てはいないが、ほぼベットから起き上がれないと聞いている」
考え込むように視線を下げたメイソン卿は、やがて顔を上げるとソフィアに向き直った。
「君のような少女に、こんな大きな責任を押し付けるような真似をすることは本当に情けない事だ。しかし、今王が亡くなられたら、恐らく王弟と教皇による独裁が始まるだろう。彼らは自分達の利益のために法を捻じ曲げ、下々の者を消耗品のように考えている。彼らの政で苦しむのは、無辜の民達だ。私はそれを、何とか阻止したい。
君の力を、再び貸してくれるかい」
メイソン卿の言葉に、ソフィアは力強く頷いた。
ちまちまと書き足していたストックが切れてしまいまして、これからは不定期の投稿となってしまいます。いつも読んで下さっている方には申し訳ありませんm(_ _)m




