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束の間の

「ひいい、カイル兄ちゃん、ちょっ、待って!」

「大丈夫だ。落ちても俺が拾ってやる」

「ギャー‼︎」


春風の丘に、トムの悲鳴が木霊する。


あの後、カイルは町で物資や食料を調達し、地魔法で簡素だが六人が暮らせる家を作り、これからの冬に備えて木を切り倒して薪を大量に作ったりとソフィア達がラピスラズリ島で暮らしていけるよう精力的に動いていた。そして現在取り組んでいるのはトムへの飛行訓練だ。流石に女子への虐待まがいの特訓は躊躇われたらしく、とにかくトムだけでも飛べる様にと集中指導が行われていた。


「いいか、一人でも飛べれば町に買い出しにも行けるし、もしもの時は一人一人でも連れて逃げられる。俺が王都に戻るまでに絶対に飛んでもらうぞ」

「ハイ…」


カイルからの『俺がいない間、お前がソフィアを死んでも守れ』とでも言わんばかりの圧力に、トムは死んだ目で返事をした。


その間、ソフィアはこれから危険に立ち向かうであろうカイルの為に出来るだけの魔法薬を用意していた。その一つ一つに、どんな症状に使うのかの丁寧な説明もつけていく。

ーー私は薬を作ることしか能がないから…。しかも、島の中で取れる薬草の種類には限りがある。でも、少しでもカイルの手助けになれればいい。

そしてソフィアは、今日も特訓から疲れて帰ってくるであろうカイルとトムの為に心を込めて夕飯を用意した。



「カイル、トム、お帰りなさい!」


帰ってきた二人に笑顔で声をかければ、カイルが小さく笑って「ただいま」と答えてくれる。このやり取りも、きっともうすぐ出来なくなると思えば愛おしさで胸が詰まった。


みんなで揃って夕飯を食べる。今日の献立は、ソフィアが作ったカイルの好きなスープと、ミリーとアリーがリリアから教わりながら作ったパンだ。ソフィアがカイルを窺うと、カイルは噛みしめるようにゆっくりとスープを味わっていた。最後の一滴まで食べ終わったところで、カイルはコトリと皿を置き、ソフィアを見つめる。


「ソフィア、トムが向こう岸まで飛べる様になった。…今夜、発とうと思う」

「…うん、分かった」


ソフィアも皿を置くと、真っ直ぐにカイルと向き合う。トムの特訓の進着状況から、そんな予感はしていたのだ。



カイルの見送りのため、皆は春風の丘にやって来た。人々に飛んでいるところを見咎められないよう、暗くなってからの出発だった。


「カイル兄ちゃん、気をつけてな」

「「カイルお兄ちゃん、怪我しないでね」」

「ああ、ありがとな」


トム、アリー、ミリーの頭を順に撫で、カイルは箒を持って立ち上がる。


「カイルさん、お気をつけて。ソフィアさんの為にも、無事に帰って来て下さいね。

ーーさあ、ではみんなはお家に入りましょう。最後はお二人でお話があるでしょうからね」

「え、リリア⁈」

「そうだな、カイル兄ちゃん、しっかりな!」

「トム、お前なぁ…」


穏やかな笑みを浮かべるリリアに促され、ニシシと笑いながら子供達は家に戻っていく。星空の下、春風の丘には苦い笑みを浮かべるカイルと顔を赤く染めたソフィアの二人が残された。ソフィアは慌てた様に手に持っていた袋をカイルに手渡した。


「あ、あのね、カイル、これを持って行って欲しいの!少し荷物になっちゃうかもしれないけど、怪我をした時とかの魔法薬を詰めてあるから!」


カイルが袋を受け取り中を見ると、いくつもの魔法薬が箱に詰められていた。


「ありがとな。こんなに沢山、大変だっただろ」

「ううん、私はこれくらいしか出来ないから…」

「そんな事ないさ。ソフィアの薬は、沢山の人を救って来た。俺も、とても心強い。大切に使うな」

「っ!…うん」


いつもソフィアの心を掬い上げてくれるカイルの言葉に、ソフィアは込み上げてくるものを抑える様に胸を押さえた。これからカイルは王子様を助ける為に敵だらけの王都に向かう。今回は一度の暗殺を防ぐのとは訳が違う。王弟を抑えるために、どれだけの危険を伴うのか、どれだけの時間がかかるのかソフィアには想像も出来ない。もしかしたら、今度こそずっと王都から帰ってこない可能性だってあるのだ。


「カイル…、気をつけて、ね。それで、もし、王子様も助かって、王都も落ち着いたら…一度だけでも良いの、ここに、戻って来て欲しい…。

我儘なのは分かってるんだけど、けど、ここに居ると、カイルがちゃんと無事なのか分からないから、だから…」


話しながらも、顔はどんどん俯いてしまう。こんな時なのに、我儘でカイルを困らせてしまう自分が情けなかった。しかし、そんなソフィアの両手をカイルが掬い上げるようにそっと握りしめた。


「当たり前だろ。終わったら、すぐにここに戻ってくるから。…戻ったら、ソフィアに伝えたい事があるんだ」

「私に…?」


カイルの言葉に顔をあげれば、熱のこもった鳶色の瞳がソフィアを射抜く。愛おしげに細められた眼差しに、ソフィアの頬に熱が集まる。


「ああ、だから、心配せずにここで待っていてくれ」

「うん…!待ってるね、ずっと、待ってる…」


繋がれた手が名残惜しげにそっと離される。ソフィアはその指先を抱きしめるように握りしめると、笑顔を浮かべてカイルを送り出した。


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