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時渡り

枯葉が舞い、肌寒くなってきた冬の日ーーおばあちゃんが血を吐いて倒れた。


ソフィアは、病を抑える薬、体力を回復させる薬、考えうる限り様々な治療を寝る間も惜しんで研究した。もちろん、回復魔法の得意な魔女に頼んで治療もしてもらった。しかし、ソニアの体調は日に日に悪くなる一方だった。


「何のために私は魔法薬を研究してきたの⁈大切な人を救えないんじゃ、意味がないじゃない…!」


ソフィアは、机の上にうず高く積まれた魔法書の中に泣きそうな顔を埋めた。

分かっている。魔法には限度がある。魔法とは、精霊の力を借りて自然の力を増幅させるものだ。回復魔法だって、人のもつ回復力を増強させるものだし、魔法薬だってその薬草のもつ薬効以上のものは出せないのだ。


ーー魔法は、奇跡を起こせない。




その日は、とても静かな朝だった。それでも、必然の様に早くに目を覚ましたソフィアは導かれる様にソニアの寝室に向かった。

ソニアは、ずっと寝たきりとなっていた。いつもピンと背筋を伸ばして凛と立つおばあちゃんがベッドに静かに横たわる姿に、ソフィアはヒュッと恐怖に息を飲んだ。いつもよりもずっと静かな部屋の中に、自分の足音だけが響いていく。


「お、おばあちゃん…」

「…ソフィア、こちらに来なさい」


ソフィアの声に、静かに目を開いたソニアはゆっくりと片手を持ち上げる。


「お前に、これを」


そう言って手渡されたのは、魔女長の証であるラピスラズリのペンダントだった。純度の高い、深い深い青色の中に金色の粒子が煌めく、強い魔力を秘めた石。


「おばあちゃん、これ…」

「お前が、継ぎなさい」

「!…無理、だよ…。私は、魔法も使えないし、箒にだって乗れないよ…。そんな出来損ないが、魔女長になんてなれるわけ…」

「例え実技が出来なくとも、お前は誰よりも真摯に魔法を学んできた。出来ることが少なくとも、その中で精一杯に人を助けるために時間をさいてきた。お前の薬のお陰で助かった人は沢山いる。

魔法は人を助けるための力。その精神を、お前はしっかりと受け継いでいる」


ソニアの言葉に、ソフィアはギュッと手の中のラピスラズリを握りしめる。


「それにね、そのペンダントをしっかりと後世へ受け継いで欲しい。それはただの魔女長の証というだけではないの。いずれ現れる正当な持ち主に継承する為に、魔女長の家系が代々受け継いできたのよ。これはお前が継ぐべきだと、私の勘がそう言っているの」

「やだよ、おばあちゃん。そんな最後みたいな事言わないで…私なんかじゃ無理だよ…」


ソフィアの頭に、そっと優しい手が添えられた。


「…大丈夫よ、ソフィア…お前は、私の自慢の孫だから…」

「!おば、ちゃ…」


ボロボロと、頬を濡らす涙に構う事なく、ソフィアは胸を占める感情に溺れた。


嬉しいーーそして、寂しい、悲しいーー


ずっとずっと欲しかった言葉。そして、それをくれる唯一の家族が、もうすぐいなくなってしまう。いなく、なってしまうのだ。


全てを言い終えた瞬間に、おばあちゃんはホッとしたように息を吐き、目を閉じた。疲れて眠っているだけ。そう、思えたら良かった。けれど、ホロホロとおばあちゃんの命がゆっくり零れ落ちていく様子が感じられてしまった。


「おばあちゃん、もう、目を開けてくれないの?」


「おばあちゃん、もう一度、言って欲しいよ。自慢の孫って…」


「おばあちゃん、おばあちゃん…」


何人か知り合いが様子を見に来てくれたけれど、ソフィアの様子を見てそっとしておこうと思ったのだろう、最後の時は二人きりで静かに訪れた。


「…おばあちゃん、いままで育ててくれてありがとう。私、ちゃんとラピスラズリを継いでいくから。おばあちゃんの孫として、恥じない魔女になってみせるから。だから心配しないで。

おばあちゃん、大好きよ」


声が聞こえていたのだろうか、おばあちゃんの表情が少し緩んだような気がした。そして、穏やかな表情のまま永久の眠りについた。




ラピスラズリ島の中心に位置する場所には、深い青色を宿す湖が存在していた。深い水底に金色の光が瞬くその湖は、島の名前の由来となったと言われている。その湖のほとりで、ソニアの葬儀は行われた。

魔女の火葬は、魔法の炎で行われる。唯一の身内であるソフィアが魔法を使えないため、近所に住むソニアの友人が炎を作り出した。その炎はキラキラと輝きながら空へと魂を導き、幻の様に消えていった。ソニアの火葬には、沢山の人々が集まり、魔女長の人望が伺えた。神父の言葉が終わり葬儀が終了すると、その人々もひとりふたりと帰って行った。瞬く星々が顔を見せる頃には、その場にポツンと立ち尽くしたソフィアだけが残っていた。


葬儀の間、小声で囁かれていた言葉達が体を重くさせる。「魔女長は、あの魔法の使えない子が継ぐの?」

「大丈夫なのかしら…」

「もっと相応しい子は沢山いると思うが…」

ソフィアだって、自分なんかより相応しい人がなるべきだと思っている。しかし、おばあちゃんと約束したのだ。島のみんなに認められずとも、私が、魔女長を継がなければ。


でも、今だけは弱音を吐かせて欲しい。周りには誰もいないもの。いいでしょ、おばあちゃん…


「う、うぅぅ…」


胸を締めつける悲しみに、大粒の涙が頬を濡らす。ボロボロと溢れた涙が、ずっと握りしめていたラピスラズリのペンダントに吸い込まれるように消えた。


その瞬間、ドクンッと、ラピスラズリが拍動した気がして思わずソフィアはペンダントを取り落としてしまった。


「えっ?」


呆然としているうちに、何かに引っ張られるように湖に落ちていくラピスラズリに、ソフィアは正気に戻って慌てて追いかけた。


「待って、待って‼︎」


おばあちゃんから継いだラピスラズリを無くす訳にはいかない!ソフィアは躊躇なく湖の中に飛び込んだ。

やっと手に掴んだと思ったその瞬間ーー水底の金の光が強い輝きを放ちながら一斉に水面へと上がっていった。そしてクルクルと円を描くように回りながら、何かを形作っていく。


「これ…魔法陣⁈」


眩い光で完成された湖いっぱいに広がる広大な魔法陣は、膨大な魔力を内包しながらその魔法を起動させた。カッと真昼のような白い光が辺りを包み込み、次の瞬間には、何事もなかったかのように佇む湖だけが残された。


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