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新しい光

ソフィアと別れた後のカイル視点から始まります。


最後の町でソフィアと別れた後、カイルは一刻も早くソフィアの元に戻るために王都まで一直線に箒で飛んだ。そのまま王城に突入すれば捕まるのは目に見えていた為、まず向かったのはエイデン卿の使者から聞いていた協力者のジーア侯爵のところだ。ジーア侯爵は王妃の父、つまりはオースティンの祖父にあたる。オースティンと共に、何度も遊びに来たことのある屋敷だ。


「おお、カイル殿、久しいな。こんなに早く来てくれるとは思わなかったよ」

「お久しぶりです、ジーア侯爵。一年前は、ご迷惑をおかけしました」


オースティンの友として目をかけて貰っていたが、魔の者としてカイルが追われた事で、ジーア侯爵も少なからず迷惑を被ったはずだ。


「いいんだよ。正直私もはじめは魔の者に対して不気味さは持っていた。でも君がそうだと聞いても、君に対しての信頼は揺るがなかった。なんと言っても、君の小さい頃から知っているからね。君が王子の友として、ずっと力になってくれていた事は疑い様がない」


穏やかに笑うジーア侯爵に、カイルは深く頭を下げた。


「あまり時間がないと聞きました。状況を教えていただけますか?」

「ああ、こちらに」


書斎に案内され、広げられた地図を覗き込む。ジーア侯爵は一点を指さした。


「ここの離宮に王子は滞在予定だ。警備を担当する近衛隊長なら、警備の隙をついて暗殺者を潜り込ませる事は容易いだろう」

「近衛隊長のアスラ侯爵は、実直な方だったと記憶していますが…」

「まだ確実な情報ではないのだが、アスラ侯爵には病弱なご息女がいてな。そこを突かれた可能性がある」

「!…神の御子の治療と引き換えに…ですか」

「恐らくな」


王弟と教会の汚いやり口に怒りが溢れる。こんな事を聞いたら、きっとソフィアは悲しむだろう。


「王子に護衛を送り込みたくとも、何故近衛騎士の護衛がいるのに余計な人員をつける必要があるのかと却下された。私はすでに王弟から睨まれているからね」

「俺が離宮に忍び込み、暗殺を阻止します」

「単独で動け、君以上に腕の立つ者を私は知らない。どうか、王子を頼む」



オースティンの視察の日、カイルは自分の音や気配が外に漏れない様に風の魔法を使って離宮に侵入した。ソフィアが念のためにと教えてくれた魔法のうちの一つだ。

暗がりに潜んでいると、視察を終えたオースティンが離宮に入って来るのを確認した。久しぶりに見た友人は、疲れた表情を見せながら執務室で書類をめくり始めた。侍従もおらず、警備は扉の外に一人だけ。王子の側は、驚くほど人が少なかった。それは近衛隊長の采配なのか、王弟に権力を奪われ人が去っていったせいなのか…。

夜間、警備の者の交代があって暫くして、風魔法で拾った小さな物音にカイルは警戒を強める。数秒後には、いつの間にか開け放たれた窓から五人の暗殺者が雪崩れ込んできた。


「く、叔父上の手のものか⁈」


オースティンが剣を抜きながら扉を見るが、外から騎士が助けに来る様子はない。恐らく先程交代した騎士は近衛隊長の手のものだ。オースティンはにがり切った笑みを浮かべる。


「はあ、私の命もここまでか?」


それでも暗殺者を睨みつけながら剣を構えていると、暗殺者どもの更に後ろで剣の煌めきを見た気がして目を見開いた。その一瞬後には、バタリと音を立てて二人の暗殺者が倒れ伏した。


「何事だ⁈」


残りの暗殺者三人は、その場に突如現れたかに見えたフードの男に警戒し剣を向けた。しかし男は、風を纏ったかのような動きで確実に一人ずつ暗殺者を倒していった。そして最後の一人に手刀をおとして意識を刈り取ったところで、パッとフードを後ろに下ろした。フードから溢れる赤髪に、オースティンは驚きの表情を浮かべた。


「カイル⁈戻ってきたのか!」


オースティンは驚きながらも、嬉しそうに久しぶりに会えた親友の肩を叩く。カイルは剣を鞘に戻しながらオースティンに向き直った。


「ああ、お前のお陰で王都から無事逃げ延びた」

「無事で良かった!叔父上の刺客が何人か送り込まれたと聞いていたからな。お前の事だからそんな奴らにやられはしないと思っていたが、心配していた。

…もしかしたら、そろそろ大きな動きを見せるかもしれん。お前の力を再び貸してくれるか?」


真剣な表情で助力を乞うオースティンに、カイルもまたしっかりと頷いた。


「ああ。

ただし、俺は一度帰る。動きがある前にはまた戻る」


そう言って箒を手に取るカイルに、オースティンは驚いたように声をあげる。


「は?いやいや、どこに帰るって言うんだ?」


カイルはその間にも足を止めずに窓に向かい、窓枠に足をかけながらオースティンを振り返った。


「大切な人が泣いている気がするんだ」


そう言って躊躇いなく窓枠を蹴り夜空に飛んで行ったカイルの姿に、オースティンは口を開け、呆気にとられた顔をさらす。次いで襲ってきたのは、笑いの発作だった。


「ハ、ハハハッ!なんだカイル、お前そんな顔もできたのか!

これは次会った時はその大切な人を紹介して貰わないとな」


大概無表情で人との関わりを厭っていた親友の新たな一面に、オースティンはしばらく笑いを抑えることが出来ず、やっと駆けつけた警備の者達に怪訝な顔をされる事となる。




夜も休むことなく空を駆け、たどり着いたラピスラズリ島の湖の前で泣くソフィアを抱きしめながら、カイルは自分の思い違いを痛感していた。


ソフィアが笑っていてくれるのならば、そこに自分がいなくても良いと考えていた。この危険と隣り合わせの時代ではなく、元の平和な時代でソフィアが何よりも大切にしているおばあさんとの約束を継げるように、最後まで協力しようと。

…その筈だったが、一人で声を殺して泣くソフィアを抱きしめた時、その考えは簡単に吹き飛ばされた。俺の知らない所でソフィアが泣いているなんて、とても耐えられないと思った。ずっと、この腕の届く所にいて欲しい。いつまでもこの涙を拭うのは俺でありたいと、その思いが強く胸に湧き上がった。


愛する人の幸せを願おうと思っていたのに、俺は随分と欲深かったみたいだ。今ではもう、俺の手で幸せに出来ないだろうかと考えてしまう。この想いを伝えたら、優しい彼女はきっと元の時代に帰りにくくなってしまうだろうに、それを望んでしまう自分がいた。

始祖の魔女がいなかった事で、ソフィアが帰る可能性が遠のいた事を喜んでしまう自分を恥じながらも、カイルは腕の中の宝物をギュッと抱きしめた。



***


「あ!ソフィアお姉ちゃん!」


ソフィアを抱いて歩いてくるカイルに気がつき、アリー達が声をあげる。


「どうしたの?いきなり走っていくから心配したよ!てか、カイル兄ちゃんいつ帰ってきてたの⁈」

「うん、ごめんね。その…始祖の魔女様がいなかったから、焦っちゃって…」

「そっか、お姉ちゃん、元の時代に帰る方法聞けなくなっちゃったんだもんな」

「…みんな、怒ってないの?始祖の魔女様はいるって、きっと助けてくれるよって、私、嘘ついちゃって…」


みんなの非難を受け止める様、力なく俯くソフィアにアリーは声を上げる。


「お姉ちゃんを怒るわけないじゃん!それに、お姉ちゃんは嘘ついてた訳じゃないでしょ?きっとまだ時代が早かったんだよ」

「カイルお兄ちゃんから、そういう場合もあるかもしれないって、ちゃんと話はされてたよ?」

「そうなの…?」


みんなの様子に、ソフィアはへなへなと体から力が抜けた。その体を、カイルの力強い腕が支えた。


「ほら、言った通りだろ?心配ないって」


カイルの笑顔に、ソフィアはやっと安堵から瞳を潤ませる。


「私ね、むしろ嬉しいんだ。ソフィアお姉ちゃんがいなくなっちゃったらやだもん」


嬉しそうにソフィアのスカートを握るミリーに、「あ、こら!」とトムとアリーが焦ったようにミリーの口を塞ごうとする。しかし遅かった事を悟ると、恐々とカイルに目を向けた。

三人は、カイルからソフィアが元の時代に帰りにくくなるような事は絶対に言うなと言われていたのだ。ソフィアの事を何より大切にしているカイルに怒られてしまうと身をすくめた。しかし穏やかな顔でソフィアを見つめるカイルに、アリーとトムはアレっと首を傾げた。


「ミリー、ありがとう!」


ミリーの言葉に感激して、ぎゅっとミリーを抱きしめるソフィア。その姿に、ウズウズとしていたアリーとトムも飛びついた。


「私も、お姉ちゃんといれて嬉しい!」

「俺もだ!」

「ふふ、私もです」

「おい、そんな勢いよく飛びつくな、ソフィアが潰れる」


飛びつかれてたたらを踏んだソフィアをカイルが後ろから支える。最後はリリアもソフィアに抱きつき、六人はぎゅうぎゅうとおしくらまんじゅうの様に笑いながらくっついた。


始祖の魔女様という希望は潰え、迷子の様に真っ暗闇で進む道が分からなくなったソフィアだけれど、すぐそばにある温かな光に気が付けば、もう怖くはなくなったのだった。


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