希望の喪失
襲撃の後、ソフィアは神兵に見つからないよう気を張り続け、眠れない日が続いていた。しかし、カイルと別れて十日後、やっと目前に東の果ての海の青さが見えてきた。
「見えた…!あれが、ラピスラズリ島だよ!」
旅の目的地に着いたことで、神兵から追われる緊張感から解放されソフィアはやっと息をつけた。
「ソフィアお姉ちゃん、どうやって島まで渡るの?私達みんな、まだちゃんと箒で飛べないよ?」
「大丈夫。考えてあるわ。みんな、危ないから離れていてね」
ソフィアは念のためみんなが離れた位置まで後退したのを確認すると、岸辺に立って両手を握った。そして瞳を閉じてすうっと息を吐くと、自身の魔力を動かしていく。ソフィアの体は仄かな光を帯び、光の束がクルクルとソフィアの周りを回り出す。そしてその光は、皆が見たこともないほど大きな魔法陣を紡いでいく。
「水の精霊よ…」
ピキピキ…ズッッ…ビキビキビキッ‼︎‼︎‼︎
ソフィアの足下から、海が白く凍りついてゆく。白い氷の帯は真っ直ぐに島まで伸びていき、ついに広大な白銀の道が完成した。
「で、できた…」
制御のための体力と魔力がごっそりと抜けたが、むしろ小さな魔法に押し込む辛さと比べれば軽いようで、何とか意識は失わずにすんだ。
ぜいぜいと膝をつき息を吐くソフィアに、リリアやアリー達が慌てて寄ってくる。
「ソフィアさん、大丈夫ですか?」
「お姉ちゃん、大丈夫?」
「う、うん…、何とか…」
リリアの肩を借りて立ち上がり、ソフィアは自身が作り上げた氷の橋へ向けて歩き出す。
「さあ、これでラピスラズリ島まで歩いて行けるよ!あとちょっと、頑張ろう!」
みんなで恐る恐る氷の橋を渡り切り、ソフィアはついにラピスラズリ島の土を踏んだ。アリー達も、物珍しげに辺りをキョロキョロと観察する。
「島の中心街まで行ってみよう」
ソフィアは記憶を頼りに進んで行くが、人の住む痕跡のないシンとした島の様子に、段々と顔から血の気が引いてくるのがわかった。
やがてたどり着いた中心街があったはずの場所は、まばらに木の生える荒れた草原が広がっていた。
「そんな…」
ソフィアは、一人でふらりと島の中心部まで駆け出した。ラピスラズリ島の名前の由来となった、あの湖を確かめずにいられなかった。
人の手の入っていない森の中は容赦なくソフィアの肌を傷つける。それでも止まらずに湖のある場所まで駆けた。そしてその場所には、キラキラと光を反射する水面が佇んでいた。
「そ、んな…」
湖は、あった。しかし、それはただの美しい水面をたたえた湖だった。あの、濃い青色の、金の光が煌めく光景とは似ても似つかない透明な水面に、ソフィアの青白く焦燥した顔が映る。
「これから、どうすれば…」
分かっていた。その可能性がゼロでは無いことに。だけど、それでも、希望に縋るしかなかった。
「始祖の魔女様は、いなかった…」
みんなに何て言えばいい…?島の様子に、きっとみんな気づいている。私達を助けてくれる存在はいなかったということに。待てばいつかは現れる?それは一体何年後?それとも、存在しない可能性もあるの?この、湖のように…。
「みんなに、何て言えば…」
怖かった。散々希望だけ膨らませておいて、その期待を裏切ってしまうことが。みんなに嘘つきと非難される事が。
ポロポロと、涙が頬を伝う。
はやく、置いて来てしまったみんなの所に戻らなければ。私が泣いてたら、アリーもミリーも不安がる。非難されても、それでも笑顔で希望をつなげ。きっと始祖の魔女様はもうすぐ現れるからって。
グイと目元を拭うも、涙が後から後から溢れ出る。一人で立っているのが、辛かった。
「う、うぅ」
嗚咽が漏れ、膝から力が抜けて座り込もうとした瞬間ーー、
ギュッと、温かな腕に後ろから抱きしめられた。
「え…」
覚えのある体温に、ソフィアは目を瞬かせた。何度も何度も助けてくれた手だ。今、一番欲しかった手。誰よりも安心出来る手。
でも、今ここにいてはいけない人なのに。
「ソフィア」
大好きな人の声に、再び瞳に涙の膜が盛り上がる。
「カイル…!」
振り向けば、赤髪を乱し息を切らせたカイルの真っ直ぐな瞳と目があった。
「カイル、どうして…?」
「ソフィアが、泣いている気がしたから」
「でも、でも、王子様は?」
「大丈夫だ、ちゃんと助けてから飛んできたんだ」
「カイル…」
くしゃりと顔を歪ませて大粒の涙を流すソフィアの頬を、カイルはそっと指で拭う。そして大切な宝物を包むように、ソフィアを正面から抱きしめた。
「…カイル、始祖の魔女様、いなかったのっ。どうしよ、みんなに、何て言えばっ」
「大丈夫だ、みんなその可能性は理解してる。ソフィアのせいじゃないことくらい分かってる」
「でも、きっとガッカリするよ。これから、どうすればいいのか、分からないの」
「大丈夫。みんなでここで住めばいい。もう一度王都へは行かなきゃいけないが、それまでソフィア達が困らないようにするから、心配するな。ここなら魔法も使い放題だろ?」
ソフィアを労るような優しい声と頭を撫でる手に、ソフィアは安堵からギュッとカイルに縋り付く。カイルがいてくれるだけで、何でも頑張れる気がした。
「カイル、おかえり、なさい…。帰ってきてくれて、ありが、と…!」
「ああ。ただいま、ソフィア」




