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王都からの使者

東の果ての海まで、あと少しでたどり着くという頃。ソフィア達は物資を調達するために最後の町に立ち寄った。


「ここからラピスラズリ島までもう町はないから、念のため多めの食料を購入しておこう」

「うん、…もうすぐ、なんだね」

「お姉ちゃん、ラピスラズリ島って何人くらい住んでるのかな?お買い物出来ないの?」

「うん、今どのくらいの規模なのか、全然分からなくて…」


不安げに話すソフィアに、カイルは何でもないことの様に答える。


「心配ない。もしも島で買い物が出来なくても、俺が町に飛んで買ってくればいいだろ?」

「そっか!いいなー、私も早く飛べる様になりたい!便利だよね。カイルお兄ちゃんだけすぐに乗れる様になっちゃうんだもの」

「カイルが凄すぎるだけよ。春一番で風に乗る体感を掴まないと、普通はとても難しいものなのよ」


アリーの言葉に笑いながらも、ソフィアは胸が温かくなる。カイルの言葉は、いつもソフィアの不安を拭ってくれる。何があっても大丈夫だと、言ってくれている気がした。


「それじゃあ、市場の方に行こう」


そう言って六人で町中を歩いていると、フードを被った人物が近づいてきた。その人物は、迷いなくカイルの正面にやって来て口を開く。


「カイル・ラスティーダ様ですね?」


その言葉に、カイルは警戒もあらわに五人を背後に庇う。しかしその人物は、無害を表す様にパッと手を挙げてフードをとった。


「いきなり申し訳ありません。私は、メイソン卿の使者です。王都での動きで至急カイル様にお伝えしなければならない事があり、ここを通ると見越して先回りしておりました」

「メイソン卿の?」


町からやや離れた森の中に場所を移して、その使者の話を聞く事となった。リリアに少し離れた場所で子供達を見ていてもらい、カイルとソフィアが使者と向き合う。



「実は、現在メイソン卿は教皇の暴挙を止めるため、王都にて情報を集めていらっしゃいます。そこで、王子の暗殺が計画されているとの情報を掴んだのです。カイル様には、その阻止に力を貸していただきたいのです」

「暗殺計画⁈まさか、王弟か?」


カイルの質問に、使者は無言で頷く。


「…しかし、近衛騎士が警護に当たっているはず。今までもそれで防げていただろう」

「…近衛隊長が離反した疑いがあります。それを狙ったかの様に、近日王子は視察で王城外の離宮に滞在予定なのです。警備は、近衛隊長が担当します」

「近衛隊長を糾弾する事は出来ないのか?」

「証拠がございません。また、現在王城は王弟殿下の力が強く、そちらにおもねる貴族が多い。下手な所に訴えれば、握り潰されるだけでなく逆臣扱いされてしまう事でしょう」

「くそッ」


予想以上の王弟の勢力拡大に、カイルは眉を寄せた。


「今、信のおける味方は本当に少ない状況です。王子の命を守るためにも、カイル様にはすぐにでも王都に戻っていただきたいのです」


「それは、」


カイルは、動揺に体を震わせた。


ーーどうする、今から箒で飛んで戻れば間に合うだろう。しかし、ソフィア達をこのまま置いていく訳にはーー


少しだけ考えさせて欲しいと告げたカイルに、使者は町で待っていると告げてこの場から離れていった。


***


別れの時はあまりにも突然で、ソフィアは頭の中が真っ白だった。だって、カイルが王都に戻るのは、始祖の魔女様が表舞台に現れてからだと思っていたから。

しかし、苦悩の表情をみせるカイルを見て、やるべき事はすぐに決まった。


カイルの為に、今私に出来ることーー


カイルが悩まず王都に帰れるように、何でもない事のように、お別れをーー



「…カイル、行って」


ソフィアの言葉に、カイルは弾かれた様に振り返った。


「なっ!ソフィア達を置いて行ける訳…!」

「置いて行く訳じゃないよ!ラピスラズリまでもう少しだもの。カイルがいなくても、そのぐらいちゃんと辿り着けるわ」

「…どうやって島まで渡るんだ。俺が箒で一人一人運ぶ予定だっただろ?」

「私の魔法は制御が難しいけど、魔力は無駄に多いでしょ?だから、むしろ大魔法は使いやすいんじゃないかと思うの。海を凍らせてしまえば、みんなで歩いていけるわ」

「しかし…」

「私の魔法の威力はカイルが一番良く知っているでしょう?

ね、カイル。私達なら大丈夫」


本当は、ずっと共にいてくれたカイルがいなくなってしまうなんて、不安で不安で仕方がなかった。それだけじゃなく、ただただ、少しでも長く側にいたかったから。もしも、このままカイルが王都にとどまる事になったら…もう、会えなくなってしまうかも知れない。そう考えただけで、喪失感で心臓が握りつぶされるように痛んだ。

それでも、そんな事おくびにも出さずにソフィアは笑った。


「私、今カイルが行かなかったら、きっと一生後悔する。だからお願い、カイル」


いまだに迷いを見せる様子に、ソフィアはカイルの鳶色の瞳を真っ直ぐに見つめた。その青い瞳は、昼間だというのに以前カイルの胸を打ったラピスラズリの輝きを放っているようだった。


「カイル、私、一緒に戦わせてって言ったでしょう?カイルが大事なものを守れる様に、ここからは私が他のみんなを守るの。そうやって、一緒に戦うの。

そりゃあ、私の魔法なんかじゃ不安かも知れないけど、でも、私もカイルの大切なものを守りたい。…カイルと一緒に、戦わせて欲しいの!」


真剣な表情でカイルを見つめれば、カイルは苦しそうな表情を浮かべてソフィアを見つめ返した。そしておもむろにソフィアの腕をとり引き寄せると、ソフィアの背に腕を回して抱きしめた。


「必ず、戻ってくるから!」


耳元で伝えられた言葉とカイルの熱い腕に泣きそうになりながらも、ソフィアは歯を食いしばって涙を耐えた。瞬きの間のような一瞬の抱擁が解かれると、カイルは決意を込めた瞳でソフィアを見つめる。深い青色の瞳と鳶色の瞳が交わる。ソフィアは涙の代わりに精一杯の笑顔を浮かべた。


「いってらっしゃい。気をつけて」

「ああ、ソフィアも」


箒を掴んで町へ向かうカイルの背を、ソフィアは滲む視界の中見えなくなるまで見送った。


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