もう少しだけ、このまま
この前までの暑さが嘘の様に、肌寒い風が夜の森を駆け抜ける。皆が寝静まった後、少し離れた場所でソフィアは魔法制御の練習をしていた。
カイルにばかり負担をかけたくない、一緒に戦える様になりたいと強く思った。しかし、今のままでは足手まといだ。
「地の精霊よ…!」
ソフィアの言霊と共に魔法陣が発動し、地面が陥没して大人が五人は余裕で埋まるであろう大穴が開いた。人を傷つける事なく神兵達から逃げるためにソフィアが考えたのは、追っ手の真下の地面に大穴を開けて追って来られないようにする事だった。火魔法は、とてもではないが冷静に制御できる自信はなかった。
「はあ、はあ、…あとは、何度も練習して素早く出来る様に…あれ?」
もう何度目かの魔法陣を生成しようとすると、精神力と疲労の限界がきたのか足の力が抜けてすとんと座り込んでしまう。
「こんなんじゃダメ…。もっと、強くならなきゃ…」
こんな魔法、ラピスラズリでは子供でも何度も使えるのに…。
ソフィアが歯を食いしばって立ち上がろうとしたところに、足音が響いてきた。この足音は…。
「カイル…?」
「お疲れ」
「ごめんね、もしかして起こしちゃった?」
「いや、ちょっと眠れなかっただけだ。ソフィアは、こんな時間まで魔法の練習をしていたのか?」
「うん、私はまだまだ制御が安定しないから、少しでもたくさん練習しないと…」
カイルは足に力の入らないソフィアを抱き上げると、柔らかな草の生えた草原にそっと下ろした。
「カイル⁈」
「本当は…あまり無理して欲しくはないんだがな…」
顔を赤くして突然の行為に抗議しようとしたが、カイルの静かな笑みを浮かべる表情にソフィアは口を閉ざした。カイルは、ソフィアを下ろすとその隣に腰を下ろした。
「少し、休憩しないか?」
「う、うん」
ソフィアとカイルは隣り合って広い夜空を見上げた。草原を抜ける冷たい風に小さく身を震わせると、カイルが自身の上着をソフィアの肩にかけた。
「だ、大丈夫だよ!カイルが風邪ひいちゃう!」
「俺は鍛えてるから平気だ。いいからソフィアが使ってくれ」
「う…ん、ありがとう…」
カイルの体温が移っているかのように、大きな上着はポカポカと暖かかった。静かな夜に、急に二人きりである事を意識してしまう。今ではアリーにミリー、トムにリリアと常に騒がしく、二人きりの静かな空間はあまりなかったから。
「…もうすぐ、東の海だね」
「ああ」
冬の終わりにこちらの時代にやってきて、東の果ての海を目指して長い旅をしてきた。東の地までたどり着いた今、季節はすでに秋に差し掛かろうとしていた。
「…私ね、訳も分からずこちらの時代に飛ばされちゃったけど、カイルに会えて、本当に良かった。カイルに会えなければ、きっとここまで辿り着けなかったもの」
「俺も、ソフィアに会えて良かったよ」
「たくさん迷惑かけちゃってるのに?」
「俺は、迷惑なんて思ってない。あの頃の俺は、死んだようにただ生きてた。ソフィアと会えて、やっと生きる意味を見つけられた」
「生きる意味?」
ソフィアが不思議そうに尋ねるが、カイルは愛おしそうにソフィアを見つめてその質問には答えてくれなかった。
「ああ…。だから、ソフィアが元の時代に帰れるまで、最後まで側にいるよ」
最後ーーその言葉に、ズキリと痛む心を隠してソフィアも笑った。
「うん、私も、カイルがまた王都に帰れるように、出来る事は何でも協力するから」
「とりあえずは、トム達が安心して暮らせる場所を確保しないとな」
「うん、それに、生活していくのに便利な最低限の魔法の知識を教え込まなくちゃ」
お互いが隣にいることのない未来を語る事が苦しくて、二人の間に一瞬の沈黙が落ちる。その時、雲間から明るい星の光が森の中を照らし出した。揃って空を見上げれば、風によって雲が流れ去った星空のキャンパスに、いくつもの流れ星が流れていく。
「わあ、流星群!素敵…」
「ああ…」
幻想的な景色に、二人は言葉もなくその光景を見つめた。お互いの腕が触れ合う近さで、同じ物を見て、同じ想いを抱けている事が、涙が出るほど幸せだと思った。
ーーどうか、もう少しだけこのままでーー
二人は心の中で、強く強く、そう願った。
 




