襲撃(2)
ソフィア→カイルと視点が変わります。
気を失ったリリアと子供達を庇いながら、カイルの邪魔にならないように後ろに下がろうとしていたソフィアは、ダミアンの命令でこちらに迫ってきた神兵に焦燥感を募らせた。
私が自在に魔法をコントロール出来たら、魔法で応戦する事は可能だろう。でも、風魔法の制御のない私ではどんな大惨事を招くか分からない。そんな魔法を人に向けることが恐ろしかった。しかしーー
「グッ」
「カイル‼︎」
離れた場所から見えるカイルの腕から流れる血に、顔から血の気が引いていく。私達を庇おうとして、カイルはきっと目の前の敵に集中できない。私達のせいで、カイルまで傷ついてしまうかもしれない。
後ろにはいきなり現れた神兵達に怯えたミリー達がいるーーー私が、やらなくちゃ…‼︎
ソフィアは決意すると、震える手を祈る様にギュッと握りしめた。自身の魔力で魔法陣を紡ぐと、威力を落とすために膨大な魔力の奔流を必死で押さえつけた。
ーーお願い、当たらないで!これで警戒して近づいて来ないでーー!
「っ…火の…精霊よ…!」
額に汗を滲ませながら、ソフィアは極限まで威力を落とした火魔法を神兵との間の何もない空間に放つ。しかしそれは、ソフィアの制御を超えて大きな焔となって神兵に襲いかかった。
「ギャーー‼︎」
目前の神兵数人が焔に巻かれて地面を転げ回る。その凄惨な光景を、ソフィアは頭が真っ白になりながら見下ろした。指先が震え、歯がカチカチと音を鳴らす。
意識が飛びそうなソフィアを繋ぎ止めたのは、カイルの声だった。
「ソフィア、大丈夫か⁈遅くなってすまない。今のうちに逃げよう!」
「!うん…!」
火魔法を放ちダミアンを倒したカイルがソフィアの元へ走り寄ってきた。その言葉に辛うじて頷くと、ソフィアは子供達を促して走り出した。気を失った少女はカイルが抱え上げ、皆は体力の続く限り全速力で走った。
子供達の限界まで走り通し、風魔法で神兵を撒けたことが分かると全員は地面に腰を下ろして荒い息を鎮めた。
「疲れたー」
「もう、走れない…」
「みんな、よく頑張ったね」
ベッタリと地面に伸びるミリー達の頭を撫でた後、ソフィアはスクっと立ち上がった。
「…私、ちょっと薬草をとってくるから、先に寝ちゃっててね」
そう言ってソフィアは足早に森の中に一人で入っていった。
***
「ソフィア姉ちゃん、どうしたんだろ?」
「俺が見てくる。お前達はこの人を頼む。先に寝てていいぞ」
「はーい」
カイルは様子のおかしかったソフィアを追って森の中を移動した。それほど離れていなければ、何となくソフィアの位置はわかるようになっていた。勘を頼りに進んでいけば、暗がりのなか膝を抱えてうずくまるソフィアを見つけた。
「ソフィア?」
問いかけるが、返事がない。その様子に、カイルは焦りソフィアの前に膝をつく。
「どうした?具合が悪いのか?」
ソフィアの頬に手を当てて顔を上げさせると、いつもはキラキラと輝くラピスラズリの瞳が陰り、焦点の合わない様子にカイルは危機感を募らせた。顔は青白く血の気が引いて、カイルの手を縋る様に力なく掴んだ手は小さく震えている。
「カイル…、
わ、私、あの人達、殺しちゃった…?」
ソフィアの力ない問いかけに、カイルは原因を知りギリッと奥歯を噛み締めた。
「大丈夫だ、ソフィア。死んでない。近くに泉もあっただろ?すぐに火は消されたさ。
それに、あいつらは俺たちを殺すつもりで襲って来たんだ。自分がやられたって文句を言う方が間違っている」
「でも、私、魔法で人を、傷つけちゃった…!人を、助ける為の力なのに…!」
「ソフィア…」
ボタボタと涙を落としながら錯乱し震えるソフィアを、カイルは繋ぎ止めるようにギュッと強く抱きしめた。
「大丈夫だ。ソフィアは誰も殺してなんか無い。
次からは、ちゃんと俺が守るから。もう、ソフィアが戦う必要はない」
カイルの言葉に、しかしソフィアはピクッと肩を震わせると、涙に濡れる顔を上げてカイルを見つめた。
焦点を結んでいなかったラピスラズリの瞳に、しっかりとした意思が宿る様子をカイルは息を飲んで見つめた。
「それは、ちがうよ…!
私は、落ちこぼれで、カイルに迷惑ばっかりかけちゃうけど、でも、カイル一人を戦わせたりは絶対にしないから!この痛みをカイル一人に背負わせたりはしない!
今は、泣いちゃってまた、迷惑かけてるけど、もっと制御も頑張って、ちゃんと役に立てる様になるから、だから!ーーー」
星の雫の様な涙を流しながら、ラピスラズリの瞳が鳶色の瞳を貫く。
「ーー私も、一緒に戦わせて!」
ソフィアの深い青色の瞳の中に宿る金の煌めきが、意思の強さを表すかの様に強い光をおびた気がした。その光がとても綺麗だと、カイルは呆然と思った。
そして目の前の少女が、どうしようもなく愛おしいのだと、ドクリと大きく鼓動を刻む心臓に教えられた。
…今までは、ただ、誰よりも優しくて泣き虫の少女を守りたいと思っていた。ただ、自分が傷ついても人を守ろうとするソフィアが理不尽に傷つけられるのが許せなかった。その理由を、深く考えた事はなかったけれど、分かってしまえばこんなに簡単な答えはなかった。
ーーそうだ。俺は、ソフィアの事が好きなんだ。
キラキラと輝く青いラピスラズリの瞳も、無邪気な笑顔も、その優しさも、カイルを呼ぶ声も、遠慮がちに繋ぐ小さな手も、…その手を握り返した時、嬉しそうに頬を染める表情も、全部。
多分俺は、無意識に考えないようにしていたのだと思う。なぜならソフィアは、元の時代に帰るべき人だから。この時代にいては、人の悪意に傷ついて、傷ついて…最後にはボロボロになって潰れてしまう。彼女の幸せを願うのなら、…帰して、やるべきなのだ。
黙り込んだカイルを心配そうに見上げたソフィアは、次いでカイルの腕の怪我に気がつき顔を青くさせる。
「ごめんね!カイル、怪我してたよね!待ってね、直ぐに手当てするから!」
涙を拭うと、一生懸命カイルの手当てをしてくれるソフィアが愛おしくて仕方なかった。しかしカイルはソフィアに伸ばしかけていた手をギュッと握ると、その拳をそっと膝の上に下ろした。