襲撃(1)
隠れ里のある森を後にし、ソフィア達は改めてラピスラズリ島を目指して進んでいた。季節は秋に差し掛かっていたが、夏の最後の足掻きのような暑さがここ数日続いていた。
「あぢぃー」
夜の野営で火の番をしながら、トムがぐったりと喘ぐ。
「だらしないわよトム!」
ソフィアと共に料理の準備を手伝うアリーがトムを嗜めるが、そのアリーも暑そうに額の汗を拭っている。
「そうだ、夕食の後にアリーとミリーで氷を作ってみよう。やり方を教えてあげる」
「え!氷ってお貴族様が食べれる高級品じゃん!水魔法で作れるの⁈」
ソフィアの言葉にトムがガバッと起き上がる。
「そうよ。氷は水の状態が変化した物だから」
「やったー!頼むぜアリー」
「しょうがないわね、トムにも作ってあげるわ」
「私は、ソフィアお姉ちゃんとカイルお兄ちゃんに作ってあげる」
「ありがとう、ミリー」
皆で食事を終えて水魔法の講義をしていた時、突然カイルがスッと立ち上がり険しい表情で森の奥を見つめた。
「カイル…?」
「…人の気配がする」
「こんな森の中で?…もしかして、神兵?」
皆が緊張する中、遠くで小さな足音とドサリと何かが倒れる音がした。その後、森は静寂に包まれる。
「…俺が様子を確認してくる。ソフィア達は、すぐに逃げられる様に準備していてくれ」
「う、うん。カイル、気をつけて」
すぐに逃げ出せる様、素早く荷物をまとめて皆でまとまっていると、カイルがソフィアと同い年くらいだろう、使用人の服装をした少女をおぶって戻ってきた。
「カイル、その人は⁈」
「森の中で倒れていた」
カイルが焚き火の近くに下ろしたところで、ソフィアは怪我などないか様子を確認する。何かから逃げてきたかの様に顔などにもかすり傷はあるが、大きな怪我はないようだ。熱を測るためそっと金髪をはらい額に手を当てると、少女は気が付いたのかうっすらと目を開けた。
「こ、こは…?」
「大丈夫ですか?森の中で倒れていたんですよ?どこか痛いところはないですか?」
「あ、私…神兵から逃げて…っ‼︎」
ボンヤリとつぶやいた一瞬後、少女はハッとした様に口を覆って恐る恐るこちらを見た。
「神兵…もしかして、貴女は魔の者として追われていたんですか?」
ソフィアの問いかけに、少女は絶望したかのように顔を青ざめさせる。その様子に、ソフィアは慌てて手を振った。
「心配しないで!私達も魔の者として追われているの!貴女を突き出したりしないわ」
ソフィアの言葉に少女は目を見開くと、次いで瞳を潤ませた。
「よ、良かったです。私、教会から逃げてきたのですが、もう、どこに行けば良いのか分からなくて…」
「教会にいたんですか?」
「は、はい。教皇の御子息であられるローガン様の側仕えをさせていただいておりました、リリアと申します。ですが、すこし前に…いきなり、酔った騎士様に襲われそうになった時、何もない所から火花が飛び散って…。魔の者として、教会の地下牢に捕まってしまったのです」
「よく逃げ出してこれましたね」
「ローガン様が、隙をみて私を逃してくださったのです。でも、追っ手がかけられて、逃げる場所もなくて、私…」
カタカタと震える肩を抱いてリリアと名乗った少女は小さくうずくまる。たった一人の逃亡生活で、とても辛い想いをしてきたのだろう。ソフィアはリリアの背を優しく撫でて、安心させる様に話しかけた。
「リリアさん、今はゆっくり休んで。ここには、貴女を傷つける人はいないですから」
リリアはソフィアの言葉に瞳を潤ませると、ソフィアに縋り付いてすすり泣いた。しばらくして動かなくなったので顔を見れば、安心した顔で気を失っていた。
「ソフィア、大丈夫か?」
「うん、きっと今まで逃げている間全然眠れていなかったのだと思うの」
「…連れて行くのか?」
「う…ん、このまま置いていったらこの人、きっと捕まっちゃう」
ソフィアの言葉に、カイルは眉を寄せて難しげな顔をする。カイルの表情に、ソフィアは苦しげに顔を歪めた。
「カイル…、その、また、カイルの負担を増やしちゃって、ごめんなさい」
ソフィアが自分を責めるように俯けば、カイルはハッとした様にソフィアの前に膝をつき目線を合わせる。
「ソフィアを責めてる訳じゃない。だからそんな顔するな。俺は、ただ、ソフィアが…ーー‼︎」
話の途中で、カイルはハッと険しい顔で後ろを振り返った。子供達とソフィアを後ろに庇うと厳しい顔で剣を構える。前方から、ガシャガシャという甲冑の音が聞こえて来た。
「ひっ!神兵…!」
ミリーの怯えきった声が溢れる。
「ソフィア、ここは俺が抑えるから、ミリー達を連れて出来るだけ下がってろ」
「うん…!」
私達がいては、むしろカイルの足手まといになってしまう事は分かりきっていたので、ソフィアはフラつく足で必死にリリアを背に抱え、子供達と共に後退していった。
***
ソフィア達が下がるのを確認して前を睨むと、甲冑に身を包んだ五人の神兵が森の中から姿を現した。青いマントをつけた神兵は、カイルの姿を見つけてその顔に笑みを浮かべる。
「ほお、教会から逃げ出した魔の者を追って来たが、ついでに手配中の者達も見つけられるとは…ハッ!」
ガキィィン‼︎
次の瞬間には、その神兵の大剣はカイルの目の前に迫っていた。その大剣を、カイルは自身の剣で受け止める。
ーーコイツ、強い‼︎
刃を交わした瞬間に理解した。コイツは、今までの神兵とは全く強さが異なっていた。白い甲冑の上から、金糸で刺繍された深い青色のマントを羽織る神兵。…噂には聞いた事があったが…
「教会の狂信者か…」
神兵総隊長ダミアンは教会の意に反する者を半殺しにする狂信者であり、何より異常な強さを持っていると近衛騎士時代に聞いた事があったが、こんな所で遭遇する事になるなんて。カイルは舌打ちをして剣の柄を握りしめた。
「ふはは、お前、カイル・ラスティーダだな⁈先の剣術大会で優勝したお前とは、一度手合わせしたいと思っていたんだ!魔の者のとして手配されていたが、ここで見つけられるとは運が良い!
神に仇なす魔の者は、私が全て殺滅する‼︎」
凄まじいスピードで迫ってきた剣筋を、ギリギリでかわし応戦する。弾くだけで手にビリビリとした痺れが走る。一瞬でも気を抜けば押し潰されそうな気迫だった。
「お前らは他の魔の者どもをやれ!」
ダミアンの命令に動き出す神兵に、カイルは焦り振り返った。神兵達の向かう先には、倒れた少女と子供達を庇いながら後退するソフィアがいる。
「他所見をする暇があると思うか⁈」
「グッ」
その隙を突くようにダミアンの大剣がカイルの腕をかする。しかしポタポタと落ちる血もそのままに、カイルはソフィアの元に向かおうとする。
ガキィン‼︎
「クッ!」
しかし振り下された大剣に、数歩も進む事ができなかった。
「まだ他を見る余裕があるのか?」
愉悦を浮かべたダミアンの顔を剣越しに睨みつけながら、カイルは焦燥感に駆られた。
「ハハハ、お前の仲間が無惨に殺されるのを眺めながら私たちもやり合おうじゃないか。なに、世界から害虫が数匹消えるだけのこと。お前もお荷物が無くなった方が闘いに集中できるだろ?」
その言葉に、カイルは怒りで目の前が真っ赤に染まった。
「ふざけるな…あいつらは、ソフィアは、絶対に死なせない‼︎」
怒りに呼応するかのように、火の魔法陣がカイルを中心に素早く展開され、手の中に灼熱の焔が生み出される。カイルはその焔を目の前の敵に躊躇いなく撃ち放った。
ーーそして同時刻、カイルの背後でも巨大な焔が立ち上がった。