隠れ里(1)
「ソフィアお姉ちゃん、魔法使いの村の場所分かったの?」
「まだ魔法使いの人達と確定している訳ではないけど、場所は司祭様に教えて貰ったわ。最近になって移動して来たみたいだけど、南の森の中に出入りする旅商人の集団があるって」
「そっか!そこはみんな魔法が使える人達なんでしょ?楽しみだね!」
「そうね。始祖の魔女様もいらっしゃるといいんだけど」
ソフィアの言葉に、ミリーは顔を輝かせる。
「ねえねえ、お姉ちゃんの大好きな始祖の魔女様のお話、また聞かせて?」
「ふふ、いいよ。次は何の話にしようかな…。そうだ!始祖の魔女様は『春風の魔女』とも呼ばれていたのよ。綺麗な赤髪をしていたからとも、空を飛ぶのがとても上手だったからとも言われているわ。それにね…」
ミリー以上に顔を輝かせて語るソフィアの話を、ミリーとアリーは嬉しそうに聞いている。盛り上がる女子三人の横ではトムが興味津々にカイルの剣を見つめていた。
「なあ、カイル兄ちゃん、俺にも剣を教えてくれよー」
「お前は、まず基礎体力をつけるとこからだ。ほら、今はちゃんとソフィアの話を聞け」
魔法使いの隠れ里の手がかりが掴めた一行の足取りは軽かった。ソフィアは魔法と知識を、カイルは身を守る術をトム達に教えながら、隠れ里を目指し進んでいた。
「ここが、司祭様に教えていただいた森よ」
やがてたどり着いた森は、霧が立ち込め鬱蒼とした木々が立ち並ぶ、人を寄せ付けない雰囲気をもった森だった。アリー達は期待に目を輝かせながら入っていったが、五人で森を探索してもなかなか人の痕跡を見つける事が出来ない。
「かなり慎重に隠れ住んでいるんだな」
「うん…。そうだ、カイルならあの魔法が使えるかもしれない!」
「何だ?」
「風の精霊の力を借りて、周囲の状況を把握する魔法よ。風の適性がかなり強い人でないと探索範囲はすごく狭くなっちゃうし、そもそも精霊からの情報を聞き取ることは出来ないけど、きっとカイルなら大丈夫だと思うの」
「それは分からないが…とにかくやってみよう」
ソフィアはカイルに魔法陣の構成を伝え、魔法を使って周囲を探って貰った。街中で特定の人を探す様な事は出来ないが、森の中で人の集落を探す事ほどこの魔法に向いている使い道はない。カイルの魔力が薄く広く、森の広範囲に広がっていくのが分かる。やはりカイルの風魔法への適性は凄まじく、随分と奥まった位置にある集落をすぐに見つけ出してしまった。
「やっぱりカイルすごい!」
「こっちの方角だ。行ってみよう」
カイルの指す方向へ進んで行くと、やがて一人の少年と出くわした。少年は、初め信じられない様に目を見開くと、警戒も顕にソフィア達を睨みつけた。
「…誰、あんたら」
ソフィアと同い年くらいの少年は、薪を背負った籠から鉈を取り出して今にも切りかかってきそうな気迫を感じた。
「あの、私たちも魔の者として追われていて…。異端の力を持った人たちが暮らしているという隠れ里を探してここまできたんです」
ソフィアがそう伝えると、彼は忌々しそうに眉を寄せ睨みつけてきた。
「帰れ!追われてるやつに押しかけられても迷惑なんだよ!」
そう吐き捨てると、少年は背を向け奥の村に走っていった。その反応に、ソフィアの胸には不安がつのる。
「…とりあえず、村に行ってみよう?事情を聞いてみないと何も分からないもの」
ソフィアは不安そうな表情のアリー達を励まし、村へ足を向けた。たどり着いた村は、村とは名ばかりの空き地のような場所に、大きめのテントがいくつも張られているだけだった。少年から知らせがいったのだろう、テントからゾロゾロと数人の男がソフィアたちの正面にやってきた。テントから顔を覗かせる人々も、目に警戒の色を浮かべている。その中には、先程の少年と一緒に幼い少女の姿もあった。
「あの、こんにちは。私達は…」
「挨拶は結構だ。エイデンからあんたらの事は聞いた。
さっさと立ち去ってくれ」
ソフィアの声を遮り、集団の代表であろう男が吐き捨てた。
「そ…れは、私たちが追われているからですか?ここにも教会の手が伸びる事を懸念してでしょうか?」
「分かってるならさっさと行ってくれ!」
とりつく島もない男の態度に、ソフィアは慌てて待ったをかける。
「待って下さい!確かに配慮が足りず申し訳ありませんでした。でも、追われているのは私とカイルだけなんです。この子達がここで暮らして行くことはできませんか?私達の旅では危険も多いので、安全な場所で暮らせる様にしてあげたいんです」
俯くトム達の肩を抱いてソフィアは必死に懇願した。しかし、代表の男が首を縦に振る事は無かった。
「悪いが、こっちも生活がカツカツなんだよ。教会の取り締まりがキツくなったせいでより慎重に行動しなきゃならないから商売もしにくくてな。ましてや子供じゃ異端の力を暴発させるかもだろ?今はそんな危険を犯せない。
見てわかる通り、村は何にもないんだよ。神兵に見つかりそうになって移ってきたばかりだからな」
「この子達は魔力を暴発なんてさせません!魔力の使い方と魔法の基礎は教えていますから」
ソフィアは、自分が留まることはできずとも、村の人達に魔力の扱いは伝えたかった。制御方法だけでも知っていれば、生活がとても楽になる筈だから。トム達が教えることが出来れば、村でも快く受け入れてくれるのではないかと。しかしーー
「はあ?魔法ってのはこの異端の力の事か?冗談だろう?余計そんな爆弾抱えられるかよ。俺たちは静かに生きたいんだよ。もう追われる日々にはウンザリなんだ。こんな力をもったばっかりに…」
「魔法は!」
気づけば男の言葉を遮るように、ソフィアは声をあげていた。
「魔法は、人を助ける為の、素敵な力なんです!それを、否定しないで…」
拳をギュッと握りながら、ソフィアは懇願するように言葉を絞り出した。
神兵から逃げ延び、生きていくにもカツカツの状態では、確かに子供一人引き取る事も大変だろう。村の代表として、今の村人を守るためには他を切り捨てなければならないのも分かる。それでも、ソフィアは心のどこかで魔法使い同士、助け合っていけるのではないかと思っていた。しかしそれは、どこまでも甘い考えだったのだ。
魔力そのものを嫌悪する様子に、ソフィアはそれだけ言葉にするのが精一杯だった。
ーー私は、ずっと迫害を受けてきた人たちの苦しみを知らない。それなのに、魔力を受け入れて欲しいなんて、なんて自分勝手で傲慢な言葉だろう。
それでも、アリー達や、こちらを伺っている隠れ里の子供たちに、…ううん、ここにいる全ての魔法使いに、自分の力は望まれない物なのだと思って欲しくなかった。
俯き震えるソフィアの肩をカイルがそっと抱き寄せ、戻ろうと促す。ソフィアは村の人達に深く頭を下げると、もと来た道を引き返した。
カイルに手を引かれトボトボと引き返すソフィアだが、落ち込むトム達をみて、パチンと自らの頬を両手で叩いた。
私まで落ち込んだ顔を見せちゃ駄目だ。ちゃんと希望を、繋がなくちゃ…。
ソフィアは何でもない事のように笑顔を浮かべると、トム達に向き直った。
「大丈夫よ、みんな。私達とラピスラズリ島を目指しましょう。きっと始祖の魔女様が助けてくれるわ。ラピスラズリ島では、魔法使いみんなが力を合わせて生活しているのよ」
そのソフィアの笑顔を、カイルは眉を寄せて見つめていた。