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はじめての理解者(2)

その後、アリー、ミリー、トムにも薬草の採取を手伝って貰いながら、三日かけて薬は全ての人に行き渡った。徹夜で薬を作り続けようとするソフィアを、カイルがいつもの様に道具を取り上げて寝かす場面を見た子供達は意外そうに目を丸くして笑っていた。




「何をそんなに熱心に見てるんだ?」


ソフィアが調合の手を止めて窓の外を眩しそうに眺めていると、片付けを手伝ってくれていたカイルから声がかかった。ソフィアはパッと顔を明るくさせてカイルの手を引く。


「カイルも見てみて。アリー達が町の子達と遊んでいるの!」

「ああ」


視線の先では、アリー達を含め十人程の子供達が教会前の広場で追いかけっこをしていた。始めはぎこちなさそうにしていたアリー達も、今は満面の笑顔を浮かべて走り回っている。その笑顔が、ソフィアは嬉しくてたまらなかった。


「アリー達、遊びに誘われた時は遊び方を知らないからって断ろうとしてたんだけど、教えて貰ってからは夢中になって遊んでいるの。良かった、本当に…」


柔らかな笑顔を浮かべるソフィアの視線の先に、カイルも共に視線を向けた。魔の者として迫害をうけ、力を隠しながら子供だけで生活してきたトム達にとって、同年代の子供達と遊ぶのは初めての経験だっただろう。


「始祖の魔女様が現れれば、きっとこんな光景も日常になるわ。ヒトの子も魔法使いの子も、仲良く遊べる日はもうすぐ来るの」

「そうだな。

でも、今あいつらが一緒に遊べているのは、ソフィアがあの子たちやその家族の病を治したからだ。ソフィアが、トム達の笑顔を作ったんだよ」

「カイル…」


カイルの言葉に、ソフィアは胸から溢れそうな想いを押し止めるように唇をギュッとつぐんだ。カイルの言葉は、いつもソフィアの心をポカポカと温かく照らしてくれる。落ちこぼれの私なんかでも、誰かの力になれているのだと伝えてくれる。ソフィアは赤くなった頬を隠すように俯いた。


そこに、ノックの音が響いてメイソン卿が顔を出した。


「疲れている中すまないね。すこし、話がしたいと思って」

「あ、だ、大丈夫です」


ソフィアは慌ててテーブルの上を簡単に片付けると、メイソン卿と向き合った。


「改めて、ありがとう。全ての患者が快方に向かっている。君達が来てくれたおかげだ」

「いえ、司祭様がとりなして下さったお陰です。そうでなければ、ここでの治療は出来なかったでしょう」

「きっと今までの町でも、魔の者として大変な苦労をしてきたのだろうね…。

…今の教会のあり方はどうもおかしい。

私はね、いきなり魔の者を取り締まり出したジャイナ卿の意図が掴みきれなかった。しかし、ソフィアさんの魔法を見てひとつ分かったことがある」


メイソン卿はスッと目を細めると、重々しく口を開いた。


「カイル君は、『神の御業』をご存知ですか?」

「最近になって教会が宣伝し始めた、神の御子が行うものですよね?どんな病も立ちどころに治すとかいう…。教会の神秘性の為にただ大袈裟に言っているだけだと思っていましたが…」

「いいえ、『神の御業』は実在します。神の御子の管理は全て教皇が行っていますが、私も一度だけ見た事があるのです。御子の体が輝き、患者の体にその輝きが移り、熱に犯されていた患者が苦痛から解放され目を覚ましたのです。私はその光景に神の奇跡を見ました」

「え、それって…」


「ええ、今思えば…それはまるで、貴女の使う魔法のようだった」


メイソン卿の静かな言葉に、ソフィアはコクリと息を飲む。


「教会は、魔の者を取り締まりながらも、自分たちの権威のために異端の力を利用している可能性がある…という事ですか?」

「むしろ、奇跡の御業を独占したいがために他の異端の力を持つ者を排除している可能性もあるかもしれないね。『神の御業』は、教会に多額の寄付をする王侯貴族や商業界の重鎮などにしか行われていないから」

「そんな…、そんな事の為に?」

「理由はそれだけではないでしょう。しかし、確実にそれも一つの理由と思われます」


ソフィアは息が詰まるほどの悔しさにギュッとスカートを握りしめた。ただ、未知の力を恐れていた訳ではなかったの?回復魔法を独占するためだけに、魔法使いを殺しているというの…⁈


「アリー達も、子供だけどこかに移送されていたと言っていたな。回復魔法の適正のある子供を幼いうちから教育して、教会の使いやすい御子という駒に仕立て上げるつもりか」


カイルの言葉がノロノロと頭に浸透してくる。人を駒のように扱う思考が信じられなかった。どうして人の命をそんなに軽く扱えるのだろう。


「君達はこの後どこへ向かうのですか?」

「俺達は、異端の力で迫害されてきた人たちが隠れて暮らすという隠れ里を探しながら、東に向かうつもりです」


「隠れ里…。そう言えば、信者の方から聞いた事があります。行商を生業としながら隠れ暮らす方達がいるという噂ですが、もしかしたら異端の力を持つ方達のことかもしれません」

「それは、本当ですか⁈どの辺りなのか分かりますか⁈」


ソフィアが勢いこんで尋ねると、メイソン卿はスッと顔の前で二本の指を立てた。


「二日時間を下さい。情報を集めましょう」

「たった二日で分かるのですか…?」

「ふふ、情報は武器ですよ。君達を信じられたのも、詳細な情報を得ていたからこそ」


メイソン卿の穏やかな深い笑みに、ソフィアはピッと背筋を伸ばした。穏やかな笑みに忘れそうになるが、彼は教会本部で枢機卿を務めていたのだ。ただ優しいだけの人物ではない。


「あの、どうぞ宜しくお願いします」

「いえいえ、君達のしてくれた事に比べたら、このくらいは安い物です」


そう言って、笑いながらメイソン卿は立ち上がり部屋を出て行った。ソフィアはふっと息を吐き、カイルと目を合わせる。


「凄い人だったね」

「ああ、流石は次期教皇と言われていた人物だな。だが、彼は枢機卿の地位にいたときから公明正大な人物と言われていた。信頼できると思う」

「うん。…ねえカイル、教会のこと…」

「ああ、俺が城にいた頃から、現教皇のジャイナ卿は教会の権力の強化に執心していた。さっきの話を聞いても、正直驚きはしないな」

「そっか…。ホントに、そんな事の為に魔力を持った人達が殺されていたんだね…」


沈痛な面持ちで俯くソフィアの頬を、カイルがむにっと摘んだ。


「こら、そんな顔するな。

ソフィアはトム達を救ったじゃないか。全ての人を救うなんて不可能だ。ソフィアが背負う必要なんてない。ソフィアがこの時代の事で責任を感じる事なんて何もないんだ。分かってるな?」

「…うん、分かってる…」


小さく頷きながらも、ソフィアは頭の中で否定の言葉をあげた。アリー達を連れて行く事を決めた時、ソフィアはアリー達が安心して暮らせる場所を見つけるまでは元の時代に帰らないと決意した。途中で彼女達を放り出すような事をするつもりはなかった。少なくとも、それはソフィアが責任を持つべき事だから。

でも、そんな事を言うとまたカイルに心配な顔をさせてしまいそうで、ソフィアは言葉を飲み込んだ。



二日後には、メイソン卿から隠れ里の場所についての情報を伝えられた。ここから山三つ程離れた森の中に、それらしき人物達が出入りをしているらしい。ソフィアは患者達の病状の悪化がない事を確認し、その翌日には隠れ里へ向けて町を発つ事となった。

アリー達がこの町の子達と馴染んでいる様子を見て、もしかしたらここで暮らしていけるだろうかとも考えたが、やはりいつ教会本部の者が現れるかも分からない所で、ヒトの町の中で暮らしていくのは不安が大きすぎるだろう。それならば、同じ力をもった者達が集まる隠れ里の方が絶対に安心して暮らせる筈だ。


「情報をありがとうございました」

「こちらこそ、君たちには本当に感謝しています」


出立前、ソフィア達の見送りに集まった人々の中からメイソン卿が進み出る。


「教会本部から、ソフィアさんとカイル君の情報が出回り始めました。くれぐれもご注意を」

「ありがとうございます」


気を引き締めるようにソフィアが返事をすれば、メイソン卿は何かを決意したかのように頷きを返した。


「私も、この国のために出来ることをしようと思っています」

「え?それは…」

「ふふ、君達を見ていてね、私もやるべき事をしなければと思ったのだよ。

君達が無事に隠れ里を見つけられることを祈っているよ。君達の旅路に神のご加護があらん事を」


穏やかな笑顔に送り出され、ソフィア達は隠れ里を目指して町を後にするのだった。


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