はじめての理解者(1)
翌朝から、ソフィアは移動しながら様々な事をトム達に教えていった。一番は魔力が暴発しないための制御方法、適正魔法について、そして生活するのに便利な簡単な魔法が中心だ。
「トムには木魔法の適性があるのね。畑を豊作にする、みんなを笑顔にできる魔力よ」
「へへ、いつか、でっかい農場を作ってみせるぜ」
「楽しみね!
アリーとミリーは水の適正が強いみたい。どこに行っても水の心配をしなくていいから、とてもありがたがられるの。それに水の適性が強い子は、回復魔法も得意なのよ」
「それじゃ、トムの畑に水が必要になったら、私が水を出してあげるわ!」
「わ、私、回復魔法出来る様になりたいな…」
「どちらも教えてあげる。それでいつか、誰かを助けてあげてね。魔法は、人を助けるための力だから」
教えの最後に、ソフィアはいつもおばあちゃんから受け継いだその想いを子供達に伝えていた。魔力のせいで大変な思いをして来た子達だけれど、自分の力は素敵な物なのだと思って欲しかった。
次に辿り着いた町は、いつもの町とは様子が違った。他の町では伝染病の患者は不浄のものとして教会に近づく事は禁じられていたが、ここでは教会の一部を開放して患者たちの治療を行っていた。治療と言っても対症療法しかできず、回復して出て行く者は少なかったが。
「ソフィア、どうする?教会に乗り込むのは危険じゃないか?」
「うん…」
町から逃げ出す可能性も考え、子供達は念のため森の中に隠れている。二人で影から教会の中を覗いてみると、患者の家族はもちろん教会の修道士や修道女たちも必死になって看病を行っていた。感染の恐怖もあるだろうに…。
「…助けて、あげられないかな…」
ソフィアの呟きに、カイルは諦めた様に溜息をつくと呆れた様に笑いながらポンとソフィアの頭に手を置いた。
「追いかけられても俺が何とかするから、やりたい様にやってみろ」
「…ありがとう、カイル」
ソフィアは途中の森の中で採取したクラギス草を詰めたバックを持ち直すと、カイルの手を取って立ち上がった。
バタバタと人が行き交う教会の入り口に二人はやって来た。入り口に立つ二人に気付いた修道女が声をかける。
「旅の方とお見受けしますが、どうされました?今この教会は伝染病の治療のために一般の参拝はお断りしているのです」
「私達は、この病の治療に参りました」
「え?教会本部のお医者様ですか?」
「いいえ、…でも、この病の特効薬を作れます」
「それは…」
怪しい者と思われているのだろう。患者の命を預かるものが、怪しい薬をそう簡単に信じてくれる訳はない。いつもいつも、どうすれば信じてくれるのだろうと考える。いつだって手探りだ。
「おい、こいつら魔の者じゃないのか?」
修道士の一人が上げた声に、その場の空気が張り詰めた。
「最近、魔の者が怪しげな薬をばら撒いていると教会本部から伝令が来ていた」
その言葉に、敵意の矢がソフィア達に突き刺さる。ソフィアは教会本部から情報が回っているとの言葉にギュッと歯を食いしばった。これでは、さらに信じてくれる人は居なくなってしまう。
「私達は魔の者じゃありません!魔法使いです!
病の現場に来てくれない教会本部の方が何と言っているかは知りません。でも、私達は今までもいくつもの町でこの病を治療してきました!絶対に、皆さんを救ってみせます!どうか、私に治療をさせて下さい!」
「で、出て行け魔の者!ここは神聖な教会だぞ!」
患者の家族だろう男がソフィア達に向かって石を投げつけた。しかしその石は、ビクリと肩を震わせたソフィアを後ろに庇ったカイルに片手で止められた。
「お前らにソフィアを責める権利はない」
ギロリとカイルが男を睨めば、男は気圧された様に後ろに下がった。
ああ、ここでは治療は無理なのだろうか。
ソフィアが俯きそうになったところに、よく通る低い声が響いた。
「そこまでだよ」
そこには、青色の生地に金糸の刺繍が施された法衣を着た壮年の男が立っていた。
「司祭さま!」
ザワザワと揺れる人々の合間を縫って、司祭はソフィアたちの前までやって来た。カイルは、その人物にハッと息を飲む。
「あなたは、枢機卿の…」
「君は、ラスティーダ公爵家の近衛騎士だね。先の剣術大会で優勝した赤髪の近衛騎士の話は有名だったから私も知っているよ」
「…カイルと申します。あなたは、メイソン卿ですよね?なぜ、こんな地方にいらっしゃるのですか?」
「今はこの町の教会の一司祭だよ」
おっとりと笑顔を浮かべる司祭に、ソフィアは首を傾げた。教会本部の頂点である教皇に次ぐ地位である枢機卿ならば、王子の側近をしていたカイルが見知っている可能性はあるが、何故こんな地方で司祭をしているのだろう?
「先代教皇の弟子であった私を、現教皇のジャイナ卿は目の敵にしていたからね。神兵の所持に反対していた私は神の意に反するとして左遷されたんだよ。一年前だから、君が追放された直ぐ後ぐらいだね」
「そんなことが…」
司祭であるメイソン卿は、カイルの横にいるソフィアに目を向けた。
「噂は聞いています。魔女と名乗り、伝染病の治療を行っている者がいると」
「ソフィアと申します。…私が、その魔女です」
「教会は情報を隠していますが、君たちの治療した町では実際にこの伝染病は完治していた」
「司祭様、しかし、この者たちは魔の者ですよ!この病も魔の者がばら撒いたんじゃないですか⁈」
修道士の言葉に、メイソン卿はゆっくりと首を振る。
「渡された情報を鵜呑みにしてはいけないよ。それなら何故、彼等はここに立っているんだい?魔の者として捕まる恐れのある教会に」
「そ、それは、法外な要求をしてくるんじゃ」
「今までの町でも、彼等は何も要求なんてしなかった。感謝した町人がくれた少しの食料を貰ったくらいだ」
「じゃあ、何の為に…」
「簡単なことだろう?彼女が言っていたじゃないか。この病の患者を救いたいのだと」
メイソン卿の声は静かな教会内によく響いた。
「私はね、異端の力を持つ者が悪だとは思えないんだよ。確かに神兵に追い詰められ、力を暴走させて人を傷つけた魔の者は何人も見てきた。しかし、力は道具だ。その者の使い方次第によって、善にも悪にもなる。
私はね、皆からの敵意に怯えながらも必死にここに立っている彼女が悪だとは思えないんだよ。彼女を必死に守ろうとしている彼もね」
メイソン卿の言葉に、ソフィアは胸がつまった。このランダン王国で全ての国民が信仰する教会が悪と定める異端の力を、こんな風に受け入れてくれたヒトは初めてだった。ソフィアは溢れそうになる涙を堪えながら、キュッとカイルの手を握る。カイルも、その手を強く握り返してくれた。
メイソン卿はソフィアに真正面から向き直ると頭を下げた。
「先程は済まなかったね。それでも、私達のために治療を申し出てくれてありがとう。ここの者達は皆、必死に治療を行ってきたけれど、明確な治療法もなく希望を見出せずに疲れ切っていたんだ。
彼等を、救ってくれるかい?」
メイソン卿の言葉にソフィアは慌てて頷いた。
「あ、頭を上げて下さい!もちろんです!私達は魔法使いです。魔法は、人を助ける為の力ですから」
教会の炊事場を借りてソフィアは急いで薬の調合を始めた。その場には、数人の修道士とともにメイソン卿もやってきていた。
「君達の魔法にとても興味があってね。私は気にせず作業を進めて下さい」
「は、はい」
やや緊張しながらも、ソフィアはいつものようにクラギス草から抽出した成分の薬効増強を行っていく。
ポゥッとソフィアの体が仄かに光を帯び、それが薬に吸い込まれるのを、メイソン卿はじっと見つめていた。やがてスッと淡い燐光を放って光は消え、美しい青色の薬が出来上がった。
「出来ました。あの、ご心配でしょうから、私が一度飲んでみせますね」
「いいえ、ここの責任者として、私が飲ませて頂いても構わないかな?」
「あ、もちろんです。こちらをどうぞ」
メイソン卿は美しい青色をじっと見つめた後、ゆっくりと薬を飲み干した。
「うん、こんなに綺麗な色の薬を飲んだ事がなかったから、どんな味がするのかと思っていたけれど、意外と普通の薬の味なんだね」
「へ?あ、そ、そうですね」
緊張して様子を窺っていたソフィアは、その返答に気が抜けたような返事しか返せなかった。周りで固唾を呑んでいた修道士たちも、呆れた様な表情を浮かべる。
「司祭様、そういう事は私達がやりますから」
「では、重症の患者から服用して貰いましょう。魔女のお嬢さん、大変だろうが、人数分の薬をお願いできるだろうか?」
「信じて、頂けるんですか…?」
テキパキと動き出す修道士たちの様子にポカンとして呟けば、近くにいた一人がソフィアに向き直り頭を下げた。
「先程は怖い思いをさせて済まなかったね。私達は司祭様を心から信頼している。あの方はこんな片田舎の教会でも、病人達の為に率先して看病にもあたって下さっている。司祭様が信じるといった貴女達のことを、私たちも信じようと思う」
そういって穏やかに笑う修道士の顔にも、連日の看病で刻まれたであろう隈がついている。それでも、その顔は誇らしげに笑っていた。