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異端の子供達(2)

「ソフィア、大丈夫か?」

「うん。ごめんね、カイル。心配かけて…」


二人は早朝に町を発った。カイルの問いかけに、ちゃんとまともな声が出ている事を祈りながら、ソフィアはカイルがこれ以上心配しないように極力普段通りに振る舞った。目元の腫れは、水で冷やしても完璧にとれてはくれなかったが。


「!ソフィア、後ろへ」


会話の途中でハッと鋭い声をあげたカイルが庇うようにソフィアを自身の後ろへ隠した。「神兵だ」とのカイルの囁きに、ソフィアは体を強張らせてギュッとカイルの服の袖を握った。

道端に馬車が止まっており、持ち主であろう三人の神兵が話しているようだった。

脳裏にこびりつく昨日の映像を振り払うように目をギュッとつぶり、息を潜め横を通り過たとき、バキッと何かが破壊される音がしたかと思うと、次いで神兵の怒鳴り声が響いてきた。驚き後ろを振り返れば、馬車の扉が内側から破壊され、そこから子供三人が飛び出す所だった。


「待て‼︎」


子供達が走り出すが、少女が一人転んでしまい神兵に捕まってしまった。


「ミリー‼︎」

「この、魔の者が!我ら神兵に楯突こうってのか⁈」

「や、やめろよ!」


少女を助けようと戻った二人も神兵に取り押さえられ、激昂した神兵が剣を振り上げる。

その神兵の振り上げる剣を見て、昨日の光景が重なった。


「やめて‼︎」


ソフィアは無我夢中で子供達の元へ駆け出し、子供達を庇って覆い被さった。衝撃を予想してギュッと目を瞑るが、聞こえてきたのは剣と剣のぶつかる硬い響きだった。

顔を上げ振り返れば、カイルが間に入って神兵の剣を止めていた。


「カイル…!」

「ソフィアはその子達を連れて下がってろ!」


カイルは神兵の剣を受け止めた自身の剣の力をわざと抜き、ぐらついた隙を逃さず一人目の首に手刀を下ろした。


「クソっ、二人でかかるぞ!」


残りの二人がカイルを取り囲むが、カイルは冷静に突進してきた一人の剣を最小限の動きで逸らすと、その剣は後ろから斬りつけてきたもう一人の目前に迫った。驚き一瞬固まった神兵の後ろに舞う様に回り込んで意識を刈り取る。一対一となった後は早かった。瞬く間に仲間を倒された神兵が怖気付き、後退りをした瞬間にはカイルの剣が神兵のそれを弾き飛ばしていた。


「すっごーい…」


ソフィアの腕の中で、子供達は目を見開いてつぶやく。

キンッと剣を鞘に戻したカイルは、ソフィアと腕の中の子供達を見て諦めた様なため息を吐くとソフィアに呼びかけた。


「反対しても、連れて行くんだろ?人が集まる前にここから離れよう」

「う、うん!」


町からだいぶ離れた森の中までやってきて、ソフィア達は改めて向き合った。そっくりな容姿の少女二人と勝気そうな少年は、三人とも十歳くらいの年頃だった。


「あなた達も、魔力があるのね?神兵に捕まってしまったの?」


少女達の前に膝をついて問いかけたソフィアの言葉に、ギッとソフィアを睨んで後ろの少女二人を庇おうとした少年に、ソフィアは慌てて言葉を続ける。


「大丈夫よ!私達も魔の者として追われているの。あなた達を神兵に突き出したりしないわ」

「あんた達も…?そっか、そう言えば神兵を倒しちゃってたもんな。

…そうだよ、魔力ってのはよく分かんないけど、魔の者として捕まったんだ。俺はトムって言うんだ」


トムが振り返ると、後ろから紺色の髪を一つに結った気の強そうな少女と、同じく紺色の髪をおさげにしてこちらをおずおずと伺う少女が前に出た。


「私はアリー。こっちは双子の妹のミリーよ。私たち、三人とも異端の力のせいで捨てられたんだけど、花街で日雇いの仕事を貰いながら力を隠して生活してたの。でも、取り締まりが厳しくなってから捕まっちゃったの」

「あの、ミリーです。さっきは助けてくれてありがとう…」


彼女達は、はじめはどこか別の場所に捕まっていたと言う。


「はじめは大人も何人か捕まっている所に押し込められていたんだけど、子供の私たちだけ何処かに移送するって言ってたわ。その途中でやる気のない神兵達が休憩しだしたから、今しかないと思って逃げ出してやったの。まあ、失敗しちゃったけど…」


「お前達、これからどうするつもりだ」


カイルの言葉に、アリーはパッと顔を上げる。


「あのね、一緒に捕まっていた人から、異端の力で迫害されていた人達が取締りから隠れて暮らしている隠れ里があるって聞いたの!私たち、そこに行こうとしていたの」

「そんな場所があるの⁈

でも、そうよね。今までだって、魔力を持った人はいたはずだもの。教会の目を逃れて、集まって暮らしていてもおかしくない…。

どこら辺なのか、場所は聞いた?」

「それは、…分かんない…」

「そう…」


この広いランダン王国内で、隠れて暮らしている集落を子供達だけで見つけることは不可能に近いだろう。ソフィアが言いあぐねていた言葉を、カイルが子供達に突きつける。


「それはほぼ不可能だ。だいたい、何の物資の用意も無い状態で何日保つと思っている?」

「それは…」


アリーは悔しげに顔を歪める。反発する様に、トムが声を上げる。


「今までだって三人で何とかやってきたんだ!町まで行って紛れ込めば、何とかしてみせる!何とか…」


ギュッと手を握りしめ、トムは泣きそうな顔を俯かせた。トムも、そしてアリーもミリーも、子供たった三人で不安でたまらないのだろう。特にトムは二人の幼馴染を守ろうとずっと気を張っていたはずだ。


ソフィアは三人の前に膝をつき、痩せた頬とボロボロに荒れた手を悲しげに見つめた。そして、カイルを申し訳なさそうな表情で振り仰いだ。


「カイル…あの…」

「…分かってる」

「ごめんね…」

「いいさ」


視線を絡ませ言葉少なにお互いの意思を確認すると、ソフィアは子供達に向き直った。


「あのね、私達は東の果ての海に向かっているの。そこには魔法使いを導いてくれる始祖の魔女様がいるはずだから。でも、もしかしたらまだ島ではなくて大陸の方で魔法使いたちを保護しているのかもしれないものね。その隠れ里を探しつつ、東へ向かおうと思うの。

私たちも追われているから安全とは言えないけれど、その隠れ里が見つかるまで一緒に行く?」

「…いいの?」

「もちろんよ。同じ魔法使いの仲間だもの」


ソフィアの優しい笑顔に、子供達の瞳にじんわりと涙が滲み出す。三人を優しく抱きしめれば、ギュッと縋り付いてきた。


「三人とも、良く頑張ったね。トムは、二人を守って偉かったね。もう、大丈夫よ」


そう言って頭を撫でれば、三人の泣き声が森に響き渡った。



子供達を宥めた後、ソフィア達は再び町から離れるように移動した。歩きながら、ソフィアは子供達に食べられる植物を教えながら採取していった。町で買った食材も使い簡単な料理を振る舞えば、子供達は瞳を輝かせて料理を頬張った。美味しい、美味しいと涙を滲ませている三人に、ソフィアも滲む涙を隠しながらおかわりをよそった。




子供達が寝静まってから、ソフィアは火の番をするカイルの隣にそっと腰を落とした。


「…カイル、ごめんね。また迷惑をかけちゃうね…」

「ソフィアが謝る事じゃない。あの状況でソフィアがあの子達を見捨てる事なんて出来ないって分かっていた」

「うん…」

「あいつら、美味そうに食べてたな。ソフィアの料理は美味いから」

「…うん…、お腹いっぱい食べた事、なかったんだろうね…」


夜の帳が下りる森の中で、二人はチリチリと消えかけた焚き火を静かに眺める。


「ヒトも魔法使いも、みんな、仲良く暮らせればいいのにね…」


ソフィアがポツリと呟いた言葉は、カイルに伝えるというよりも独り言の様だった。


「知らない力を恐れるのは分かるの。でも、それは使い方さえ分かれば、人を助ける力になるのに…」


ソフィアの脳裏には、助けられなかった夫に縋る女性の姿が過ぎる。抱えた両膝に、ソフィアは顔を埋めた。


「そうだな…。少なくとも…」

「?少なくとも?」

「いや、何でもない」


ーー少なくとも、ソフィアが泣かなくてもいい世界になれば良いーー


カイルの言葉にしなかった返答は、夜の暗闇に消えていった。


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