魔法の使い方(2)
ソフィアはカイルに魔法理論を教えながらも、自身の魔法について検証していった。もちろん、検証に使う魔法はとにかく威力の小さな魔法限定だ。それでも、森の木々がいくつか犠牲になっているが。
分かったのは、魔法陣の中の風魔法による制御が悉く発動していない事だ。ソフィアの莫大な魔力が流れ込んだ魔法陣はただコップ一杯の水を出すだけでも泉一杯の水を作り出し、焚き火のための小さな火種はあわや山火事を引き起こす所だった。そして風魔法については、魔法陣さえ生成出来ないままだった。
そしてもう一つ分かったのは、風魔法による制御なしで魔法を制御しようとすると、とんでもない精神力と体力を消耗するという事だ。ソフィアの魔力は想像以上に大きかったようで、まるで大河の水を全て針の穴に通さなければならないような絶望的な圧力を感じるのだ。
魔法の検証の為に、はじめのうちは何度も気絶してカイルに迷惑をかけてしまった。それでも、そのおかげである程度の大きさの威力まで落とす事は出来る様になってきた。
それまで何度も危ない場面はあったが、カイルの補助で何とか事なきを得ている。…そう、カイルの補助で。
…カイルの魔法の習得速度は異常だった。
「凄すぎるよ、カイル。百年に一人の天才だよ」
魔法理論の理解度はもとより、何よりも魔法制御の熟達ぶりが凄まじい。既におおよその基本魔法はマスターしてしまった。
「そうは言っても、魔法薬作りはからきしだがな。良くあんな複雑で細かな工程が出来ると関心するよ。そもそも覚える事が膨大すぎて心が折れた」
「私には、これしか出来なかったから…」
「これしか、じゃないだろ。これは凄い事だと思う。ソフィアが学んできた事が、この時代の人々を救ってるんだから」
カイルはソフィアを振り返ると、ほら、と手を差し伸べる。
「そろそろ行こう。次の町でも治療するんだろ?」
「うん!」
ソフィアはカイルの手につかまり、次の町へ歩き出した。
ソフィアとカイルは、教会本部のある王都を迂回する様に南へ向かっていった。南へ行くごとに伝染病で隔離される町が増えており、ソフィアはそれを治療しながら移動していた。
ソフィア達に対し、初めは訝しみながらも藁にも縋る思いで治療を受ける者もいたし、感謝を告げてくれる者、伝染病は魔の者のせいだと殺意を向けてくる者、様々な人々に会った。神兵にも何度か追われそうになったが、カイルがいつも側で守ってくれた。
間に合わなかった人もいた、怒鳴りつけてくる人もいた。それでも、カイルが側にいてくれたから立っていられた。
これほど迷惑をかけているのに、カイルはどうして側にいてくれるの?
ーー答えを聞くことが怖くて、その問いは言葉にする事はなかった。
落ち着ける町まで送っていくとはじめに言ってくれていたが、行く町行く町で治療を行っているせいで、毎回逃げるように町を去っているのだ。カイルはまだ魔法も習いたいから付き合うさ、と言ってくれたが、そんな事では返し切れないほどの迷惑をかけている。
今日も、治療を行った村から逃げてきた所だ。ソフィア達が着いた時には、もはや手遅れになっていた患者の家族が逆恨みして神兵に密告したせいだった。カイルに手を引かれながら、雨の中を必死で走り、森の中に逃げ込んだ。追っ手を振り切った頃、ソフィアの限界を感じたカイルが見つけてくれた大きな木の洞の中で、二人は静かに降り注ぐ絹糸の様な雨を眺めていた。
「雨宿り出来る場所をカイルが見つけてくれて良かった。こんなに大きな木の洞、はじめて見たわ」
「そう言えば、オースティンが探検と称して二人で忍び込んだ王家直轄の森の中には、このぐらいの樹齢の木がたくさんあったな」
「ふふ、王子さまと一緒に悪戯していたのね」
「あいつが無理矢理俺を引きずって行っただけだ」
この旅の中で、カイルはポツポツと自分の事を話してくれた。カイルはとても偉い公爵家の嫡男で、きっと魔力がなければこんな所で私と出会うことも、こんな面倒に巻き込まれることも無かっただろう。今だって、本当は親友の王子様を支えたいと思っているのだと思う。
これ以上私なんかの面倒を見なくても良いんだと、言わなければいけない事は分かっていだが、共にいられる時間を私から壊す事ができない。ましてや、カイルが魔法使いとして一緒にいられる事を嬉しいと思ってしまう自分の浅ましさに嫌気がした。カイルは優しいから、私なんかを見捨てられずに一緒に来てくれているだけなのに…。
きっともう少しすれば、始祖の魔女様が現れて魔法使いの地位は認められる。そうすれば、カイルは堂々と王子様の隣に立てるようになる。その時は、きっと笑顔でおめでとうと言うから。だからその時までは、一緒にいられたらと思ってしまうのだ。
それに、私はおばあちゃんと約束した。私は元の時代に戻って、ちゃんとこのラピスラズリを後世に継承しなければいけないもの…。
「あ!見て、カイル!あそこ、虹が出てるよ!」
心の中に芽生えた気持ちに蓋をしながら、ソフィアは笑顔で雨の止んだ眩しい空を指さした。